ナザリックと同格のギルド放り込んでみた 作:ダイアジン粒剤5
ナザリック地下大墳墓の存在する平原地帯より北に位置する、アゼルリシア山脈。
麓にトブの大森林を要するこの雪深い山脈の奥地に、巨大な船が浮かんでいた。
全長は三百メートルを遥かに超え、横幅と高さも共に数十メートルはあろうかという超弩級の威容を誇り、山の峰々に巨大な影を落としていた。
巨船はゆっくりと南下しており、その後には何百、千ものフロスト・ドラゴンが付き従っていた。彼らの群れもまた、巨船以上の影を山に落としており、世界を闇に染めながら進むその行軍は山に住む知性ある者たち——フロスト・ジャイアントなど——に世界の終わりを実感させるには十分すぎるモノであり、絶望し自殺する者まで出る有様だった。
巨船≪フリングホルニ≫の内部は、その外観以上に広い。
魔法により空間を拡張されたその内部は、船というよりも神殿を思わせるモノであり、内装としてユグドラシル各地から収集・強奪された珍品・名品、草花や芸術品が飾られていた。
それらは全てギルドの全盛期にギルドメンバー達がこの船、そして自分たちの真の主である女神のために集め創り出したものであり、いわば彼らの信仰心の結晶であった。
船の内装が王侯たちの住まう宮殿というよりは神を祀る社のようになっているのは、その表れであった。
とはいえ、この船は女神を祀る神殿であると同時にギルドメンバー達の集う本拠地でもあった。
内部にはメンバー達が集い歓談するための談話室が各所に設けられており、その中の一つ、幹部用の談話室にて二人のプレイヤーが額を突き合わせ、真っ青な暗い顔で話し合っていた。
「やばい……やばいよ、女神様、本気でキレてたよ。 世界を焼き払ってでも、百段さんを見つけ出して助けるって言ってたよ。 あの人なら本気でやるよ、どうしてこんなことに…‥‥」
一人は黒髪黒目の短髪で筋骨逞しい、Tシャツに軍用ズボンを履いた青年。
本名は渡辺一、ハンドルネームはフナザカ。 人間種の100レベルプレイヤーであり、職業は≪銃士≫である。
「落ち着きましょう、とりあえずは落ち着きましょう、フナザカさん。 とにかく、百段さんを見つけないといけないのは確かなんです。 なのでここは安全を期して慎重に行動すべきだと、あの人に進言することで何とか穏便な方向で探すようもっていきましょう」
もう一人は僧侶の様な袈裟と立帽子を身に着けた骸骨。
本名は田所法然、ハンドルネームはTEN☁KAI。異業種≪オーバーロード≫の100レベルプレイヤーであり、職業は≪大僧正≫である。
「もっていきましょうって……。 無理だったじゃないですか、ソレ。 いや、確かに強くは言いませんでしたし、言えませんでしたけど。 でも無理でしょ、あの人に意見するなんて。 あの人の機嫌を損ねたら、僕たちなんて一撃で殺されるんですよ。 TEN☁KAIさん、出来るんです?」
「いや……まあ、私もちょっと、怖くて無理ですけど」
フナザカの言葉に、TEN☁KAIは言い淀む。
「でしょ? こんな訳の分からない状況になって、しかもあの人まで意思を以て動き出して、今でもいっぱいいっぱいなのに、今度は頼れる百段さんが何処かの誰かに洗脳されて裏切り。 どうしろってんですか……」
頭を抱えて蹲るフナザカの姿に、TEN☁KAIは道場の視線を送る。
ゲームのアバターの姿で、見知らぬ異世界にギルドごと転移した。頭が沸いたとしか思えないこの状況に、一番憔悴しているのがフナザカだ。
現実世界でそれなり以上の収入を得ていたらしい彼は、その現実と切り離されたことに深いストレスを感じているらしかった。
(ゲーム上の繋がりしかなかったけど、こういうのはフナザカさんらしくないなー。 いつも飄々として、楽天家で楽しい人だったのに……)
まあゲームだったものが現実になってしまった以上、ゲームをプレイしているような感覚ではいられないのは当然だろう。
対して、どういう訳か自分は結構落ち着いている。というより、感情が一定を超えると抑制されるのだ。
睡眠欲や食欲が無くなり、疲労も感じなくなって感性の類も変わった気がする。
なんというか、人間じゃなくなった感があるのだ。
(百段さんがゲームやってる時と雰囲気があまり変わってなかったのも、ドラゴンになって人間じゃなくなったからかな? もしくは年の功か……。 あの人、結構な年のはずだよね)
百段やフナザカとはもう十年以上、一緒にゲームをしている。
個人的な事情もあってリアルでは一度もあってないし、お互いにリアルの事は深く詮索しないようにしてはいたが、それでも十年一緒に遊んでいれば色々と分かることはあるものだ。
例えばフナザカは異常な金額の課金をしているが、その資金は株取引で稼いでいる。課金を家族に咎められている様子はないため、独り身。更にはかなりの上流企業の上役で、隠してはいるが、株取引での利益は職業柄仕入れた情報をもとにインサイダーをやってる感があった。
対して百段は、話す話題や趣味から高齢であることが伺えた。ただしゲームキャラの動きの良さなどから察するに決して体は弱くなく、むしろ武術か何かを嗜んでいるような雰囲気があった。そしてこれは悪魔でも噂だが、アーコロジー戦争に従軍したことがあるのではないかと、仲間内で有名だった。本人に聞いてもはぐらかすばかりなので事実は分からないが、この状況下でも比較的冷静だったため、ひょっとしたら噂は事実なのかもしれなかった。
そんな冷静で頼れる年配者だった百段が、謎の敵の攻撃を受けて洗脳され失踪してしまった。
やはりストレスは色々と溜め込んでいたらしく、ストレス発散のため夜な夜な一人で空中散歩を楽しんでいたらしいのだが、その隙を狙われたらしい。
その事実に打ちのめされたフナザカとTEN☁KAIの二人だったが、もっと危険な反応を示したのが彼らの女神様だった。
女神は酷く取り乱し、怒り、嘆き、悲しみ暴れ、山をいくつか吹っ飛ばし、アゼルリシア山脈の奥地に巨大なクレーターを作ってしまった。
そして百段を救い出すべく、ギルドに溜め込んでおいた金貨を使い大量の傭兵モンスターを呼び出し、またこの世界に来てから支配下に加えたフロスト・ドラゴン達に動員令を下して、ローラー作戦を行うと言い出したのだ。
目に映る国、勢力、組織を片っ端から潰していき、何処かに捕らえられている百段を救い出すつもりなのだ。
正直、狂気の沙汰としか思えない。
そんな目立つマネをすれば、必ず大同盟なりなんなりを組まれて袋叩きになってお終いだ。
そんな無謀な真似はやめてほしいのだが、単騎でも恐ろしい力を持つワールドエネミーであり、ギルドの女神として設定したがために、ギルドの全戦力を実質的に支配下に置いている彼女に逆らえるわけがない。意見をすることだって怖い。
ゆえに彼らは、破滅への道と分かっていても従うしかないのだ。
「ハァ……」
深い溜息を吐き、TEN☁KAIは天を仰ぐ。
幹部用の談話室らしく、頭上には煌びやかなシャンデリアが吊られ、天を仰いだことによる重心の移動によって体が柔らかいソファーに沈み込む。
現実ではとても味わえない高価な調度品の数々だが、所詮はゲームで集めたものと思うと心は沈み、癒されない。
感情が抑制されるならこの鬱症状も消えないかと思うが、強い感情ではないため消えないらしい。
コンコン。
ままならないなぁ、などと考えていると、談話室の扉がノックされた。
「ご歓談中の所、申し訳ございません。 緊急の事態が発生したため、ご報告にあがりました」
「……そうか、入れ」
失礼いたします、という声と共に、黒い長髪を靡かせた巫女風の女性が入って来た。
――完全に人間の姿であり、事実として人間種だが、彼女は傭兵モンスターである。傭兵NPCというのが、より正確かもしれない。
城にも負けない巨体とはいえ、≪フリングホルニ≫は船である。NPCを自作することは出来ない。
とはいえ女神を祀る神殿にいるのが自分たちプレイヤーだけでは寂しいという事で、船内には大量の傭兵モンスター、それも神職や僧職を始めとした神に仕える者たちが配備されていた。
プレイヤーが自作したわけではないため、彼ら彼女らは基本的に量産型で見た目の違いなどもほとんどないのだが、実は個性があるらしく——
「あー……君は確か、キサラギさん、だったっけ?」
「はい、フルーツ フルーツ 様から名と、この首飾りを賜りました」
どうやらヒマなメンバーの何人かが名前と識別のための装飾品を与えていたらしく、割と個性があるようだった。
「そうか……そうだったんだ、アイツが。 ……まあいいや、それで、報告というのは?」
「はい、何者かに拉致されていた百段様が、戻られました」
ガタッ、と音を立てて立ち上がったのは二人同時だった。
「本当か!? 本当に、百段さんが帰ったのか?!」
喜色を隠せない様子で尋ねるフナザカの横で、TEN☁KAIは小さくグッとガッツポーズをしている。
実際のところ、喜びの感情は立ち上がった時点で抑制されたのだが、それでも弱い感情は続くのだ。現在の自分たちの苦境は全て、百段が拉致されたことに始まっている。その百段が帰って来たのなら、自分たちを悩ませている目下の問題は解決したも同然だった。
—―とフナザカもTEN☁KAIも思ったのだが、世の中そうは甘くなかった。
「はい、ご帰還されました。 ですが、問題が一つ」
「――――問題?」
とたんに暗くなるフナザカに、キサラギは告げる。
「百段様は、下手人である国の代表8人を連れてご帰還されました。 ――つきましては、その者ら及び当該国の処分を決めるべく会合を開きたいとの、主のご意向です。 どうか、奥の院へ」
それだけ告げると、キサラギは談話室を出て言った。
彼女たちシモベ達は、女神の事を名で呼ばない。プレイヤーではない自分たちが名を呼ぶのは不敬であると、もっぱら主、もしくは神と呼ぶ。
つまりこの場合、奥の院への参上は女神様の御意向ということである。
「……行きます?」
「行くしかないでしょ」
TEN☁KAIの問いに、フナザカが憔悴した声で答える。絶対的存在である女神様のお言葉に、逆らうことなど出来るハズがないのだ。
「なんで百段さんはこう、面倒ばかり起こすかな……」
「ですね、出来れば一人で帰って来てほしかったですよ……」
愚痴り合いながら、二人は奥の院——女神≪アイラム≫が見守る下で、ギルドメンバー達が話し合うための大会議場——へと、テレポートしたのだった。