ナザリックと同格のギルド放り込んでみた   作:ダイアジン粒剤5

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スレイン法国

 移動型巨船ギルド≪フリングホルニ≫の奥の院——大会議場は、四層構造になっていた。

 まず第一層、最下層には無数のシモベ達——傭兵モンスターが詰めていた。彼らも全て神職に位置するモンスター達であり、戦闘などの用が無いときは、ここで女神への祈りを捧げているよう設定されている。

 だが、今はその場に部外者の人間が7人立っていた。

 姿形こそ周りにいる者たちと同じような法衣であるが、他の者たちとは身に刻んでいる装飾、具体的には信仰する神を表すエンブレムが全く異なっていた。

 シモベ達は襲い掛かりこそしないものの、この部外者7人に強い憤りと殺意に満ちた視線を送っており、女神の親衛隊でもある彼ら高位モンスターの悪意は、レベルにして半分以下の7人に対して物理的な圧力と化して濁流の如く押し寄せているが、7人は顔を青くしながらも毅然として屹立していた。

 それは、彼らの信仰心の域にまで高められた使命感の賜物に他ならない。

 彼ら彼女ら7人は、精神力だけでこの状況に耐えているのだ。

 そして、そんな7人とシモベ達を見下ろす第二階層は、ギルドに所属するプレイヤー達の集う場所だった。

 全盛期には数百人のプレイヤーが集い賑わったその場所は、しかし今は僅か3人しか座っていない。

 一人は、Tシャツと軍用ズボンを履いたフナザカ。

 眼下に並ぶ7人を見下ろしながら顔色を悪くする彼は、この状況に最もストレスを感じていた。

 もう一人は、ある意味全ての元凶ともいえる黄金の巨竜、百段。

 ドラゴンであるため表情の変化は分かりずらいが、居心地悪そうに蜷局を巻いて座っている。

 そして最後の一人は、左右で綺麗に漆黒と白銀に分かれた長髪を持つ、美しいオッドアイの少女であった。

 少女は百段にもたれ掛かり、眼下に居並ぶモンスター達や横に座るフナザカを面白そうに見回している。その表情は年相応に無邪気で、しかし苛烈な戦闘意欲に満ちたものだった。

 そんな3人すら見下ろす更なる上段には二十三人分の席があり、今はTEN☁KAIだけが座っていた。

 そこはかつて千人を超えるほどの所属プレイヤーを有していたこの複合ギルド——≪ブラックオーダー≫の幹部であったそれぞれのギルドマスター、あるいはクランマスター達が座っていた席であり、今は総合ギルドマスターであったTEN☁KAIだけが座っていた。

 骸骨であるTEN☁KAIの表情は全くうかがえないが、内実としては既に精神安定化が複数回行われている程度には混乱していた。

 そしてそんなギルドの代表たちが座る席より更に上、最上段には、7つ首の竜と7種類の獣の像が掘られた壮麗な玉座が安置されている。

 玉座の左右には特別な装備を与えられた最高位の天使と悪魔が屹立しており、全員が揃ったことを確認した悪魔が頷くと、天使が一歩前に出て、滔々たる声音で宣告した。

 

 「皆々様方、傾聴されよ。————我らが女神が、ご降臨されます」

 

 その言葉を聞いたシモベ達は、即座に人間たちに殺意の視線を送ることを辞め拝跪し、その様を見た7人も無礼にならぬように跪いた。

 3人のプレイヤー達も玉座に向けて頭を下げ、少女もそれに倣った。

 そして全員が女神を迎えるに相応しい態度をとった時————玉座の前に、紅みを帯びた黄金の粒子が集まり始めた。

 粒子は輝きを放ちながらやがて人の形に纏まっていき、光が治まった時、そこには数多の宝石で彩られた緋色のドレスを纏う、黄金の長髪を靡かせた女性が立っていた。

 

 

 逆座の前に現れた女性——ギルド≪ブラックオーダー≫の女神アイラムは、穏やかな目で議場を見渡すと、まずは百段に対して、花がこぼれるような笑顔を向けた。

 

 「百段よ、まずは其之方の無事の帰還を、予は何よりも嬉しく思うぞ」

 

 女神アイラムの優しさと思いやりに満ちた喜色に溢れた声に、百段は頭を下げて答える。

 

 「はい——この度は、心配と迷惑をおかけして、本当に申し訳なく思います」

 

 「よいよい、其之方が負い目に感じることは何もない。 無事に帰ってこられたなら、それで良い。 ————だが」

 

 そこで言葉を切ると、アイラムは一転して冷酷で無慈悲な目を、最下層で跪く7人に対して向けた。

 

 

 「何故、不快な下手人共がここにおる?」

 

 

 ゴウッ!! という風と共に、ズシッ!! という音を立てて会議場の空気が重くなったのは、決して勘違いなどではないだろう。

 ワールドエネミー、単騎で世界を滅ぼしうる怪物の発する感情は、何のスキルや魔法の助けを借りずとも、空間を歪めるに足るものだ。

 その圧は、感情を直接向けられたわけでもないプレイヤー達と少女にも影響を与える。

 フナザカは余りの恐ろしさに失神し、百段は失神こそ免れたが恐怖のあまり硬直し、少女は涙目になって百段に縋りついている。

 いわんや、直接感情を向けられている7人にかかる圧は彼らの比ではない。

 跪く姿を維持することも出来ず、潰れた蛙のように地面に押しつぶされ、中枢神経にも異常が起きたのか正常な呼吸が出来ていない。

 最早思考すらまともに紡げない状態だが、その状況でも尚気を失わないのは、彼らの精神力というよりはアイラムの稚気だった。百段を浚い自分を心配させた者たちを苦しめたいという、子供が虫の足を戯れで千切るかのごとき些細な残酷さ。

 とはいえ、絶対者の行うそれに異議を指し挟めるものなどそうはいない。

 そしてこの場でそれが出来る者は、種族的な特性によりアイラムに対する恐怖が常に抑制されるTEN☁KAIだけだった。

 

 「アイラム様、どうかそのへんで。 百段さんも何か理由があるんでしょうし、何よりフナザカさんが気絶しちゃってます」

 

 「……む? フム、これはすまぬな。 では百段よ、理由を述べるがよい。 あと、だれかフナザカにポーションを頼む」

 

 TEN☁KAIの言葉にアイラムが頷くと同時に圧は消え、それを確認したシモベの一人が気付けのポーションをかけて、フナザカを覚醒させる。

 そしてフナザカが覚醒したことを事を確認した百段は、ホッと一息つくと、今までの経緯を語り始めた。

 

 「彼ら7人、そして私の傍らにいるこの少女は、私を捕らえていたスレイン法国という国の最高責任者たちです。 私と彼らは不幸な行き違いにより敵対しましたが、今は和解しております。 そして彼らスレイン法国は、我らのギルドの一員、傘下に入りたいと言ってきております」

 

 百段の言葉にアイラムは目を細め、今だ立ち上がれず最下層で這い蹲っている、スレイン方向の最高責任者たち——最高神官長と六神官長達——を見下ろす。

 

 「アイラム様、どうか彼らの加入をお許しください」

 

 「‥‥‥‥」

 

 百段の嘆願に暫し思考を巡らせていたアイラムだったが、やがて答えを告げた。

 

 「‥‥加入の是非については予の管轄ではない。 其之方等が良いと言うならば、良い」

 

 かつて千人を超える所属メンバーが居ただけあって、ギルド≪ブラックオーダー≫への加入は難しくない。入りたいという者がいれば、よほど素行不良で有名などでなければ、ほぼ歓迎される。ギルド内に推薦人がいた場合などは確実だ。

 後はアイラムの前で加入の儀式を行い、何処かにギルドのマークを入れれば即ギルドメンバーに成れる。

 ギルドごと傘下に入る場合などにはもう少し話し合いが行われるが、反対意見が出なければ問題ない。

 

 「それは良かった! 実はTEN☁KAIとフナザカの二人には、もう内諾を得ていまして————」

 

 「――――だが」

 

 弾んだ声で話を続けようとした百段を遮り、アイラムは続けた。

 

 「そこにいる7人には、その資格がない。 あるのは――――」

 

 百段の隣に座る少女に視線を移し、アイラムは告げる。

 

 「その少女のみだ。 その少女の所有物としてならば、そこの7人を含めたスレイン法国とやらの、ギルドへの加入を許す」

 

 静かな声で告げられたアイラムの言葉に、少女は視線を彷徨わせる。

 当初はどこか超然とした、好奇と傲慢に満ちた表情をしていた少女だったが、空間を歪ませるアイラムの圧を感じた後あたりから、年相応の少女のように怯え始めていた。

 生まれてから一度も感じたことの無い、自分より圧倒的に上位に位置する生物の威圧感。それが少女の持っていた、自分は力強きものであるという優越感と余裕を奪い取ってしまったのだ。

 故に少女は自信なく、親に縋る子のように視線を百段や眼下の七人に送る。自分ではできない決断を、彼らに委ねるために。

 

 「ヌゥ‥‥‥‥」

 

 委ねられた百段は困ったように唸り、7人に伝言≪メッセージ≫で意思を尋ねる。

 そして今だ息も絶え絶えな彼らの意思を確認した百段は、自身に縋る少女にそれを伝えた。

 

 「彼らは、それで良いと言っている。 女神に頷くといい」

 

 百段の言葉を聞いた少女は眼下の7人を見下ろし、次に傍らに座る百段を見上げ、最後に意を決したようにアイラムを拝顔すると、大きく頷いた。

 

 「————愛い。 歓迎するぞ少女よ、我が新たな愛し子よ。 後に入団の儀を執り行い、幹部としてTEN☁KAIの隣に新たなる席を設けよう。 そして、この船に我らと共に住むがよい」

 

 アイラムの裁断により、少女とスレイン法国の今後の身の振り方は決まった。

 圧倒的強者たる女神の言葉は常に絶対、異見を述べることなど有り得ない事だった。

 

 「さて、これでこの件は片が付いた。 ゆえに、次は今後の我らの行動について話そう。 ひとまずは、この船の進路についてだ」

 

 アイラムの言葉に、TEN☁KAIが意見を述べるべく挙手した。

 

 「良いぞ、言葉を紡ぐことを許す、TEN☁KAI」 

 

 「はい、ありがとうございます。 では早速ですが、百段さんも帰ってきたことですし、全世界相手への戦争は止めるべきだと考えます。 今すぐ、行軍は中止すべきかと」

 

 「ふふ」

 

 TEN☁KAIの言葉に、アイラムは愉快そうに笑って答えた。

 

 「安心するがよい、其之方等が世界相手の戦争に恐怖を感じておったのは知っておる。 百段が無事に帰ってきた以上、もはや世界を焼き払うつもりは無い。 ————が、進軍は続ける。 進路はここより東方の国、バハルス帝国だ。 まずは、そこを手に入れる」

 

 アイラムの言葉に、その場にいる者たちは二の句が継げなかった。

 国を手に入れるという言葉に驚いたというのもあるが、それ以上に、その力強い宣言に異論をさし挟む意思を挫かれたからだ。

 

 「百段よ、帰ったばかりで悪いが、其之方にも働いてもらうぞ。 なに、そう難しいことは言わぬ。 ただ堂々と在ればそれだけで良い、名誉挽回の機会と思って気楽にこなせ」

 

 そう告げたアイラムは百段の答えも聞かずに立ち上がり、奥の院に集うもの全てを見渡し語り始めた。

 

 「皆心して傾聴せよ、バハルス帝国を手に入れることは始まりに過ぎぬ。 我らは、この世界の全てを手に入れる。 国を、人を、知識を、宝を、資源を、何もかも、全てを。 これより我らはそう動く、皆にはそのために働いてもらう。 皆、奮起せよ」

 

 ————それは、世界征服を成すという宣言だった。

 

 そんなこと出来るはずがない、とTEN☁KAI達3人は思った。

 彼女がそういうのなら出来るのだろう、と少女はぼんやりと確信した。

 そんなことになれば人はどうなるのだ、と7人は戦慄した。

 下層に侍るシモベ達は必ず成すと雄叫びを上げ、その熱気と大音量は奥の院を震わせた。

 

 そしてアイラムは、そんな奥の院に集った者達全ての感情を理解し飲み込み、ギルドメンバーである4人を見て朗らかに笑った。

 混乱と恐怖の感情に狼狽える3人と、自分に憧憬に近い感情を抱きつつある少女の事が愛おしくてたまらなかったからだ。

 ギルドを支配する女神、アイラム。

 彼女の目的と喜びは常に、彼らギルドメンバー達の幸福だ。そのように、彼女は創られた。

 故に彼らを幸せにするためならば、アイラムはどんなことでも必ずやるのだ。

 

 


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