ナザリックと同格のギルド放り込んでみた 作:ダイアジン粒剤5
バハルス帝国の首都、アーウィンタール。
歴代最高と称される若き名君、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスの治世の下、高い治安と繁栄を謳歌するこの都市は、常に活気に満ちている。
帝都有数の大路である中央道路には、常に多くの物資を積んだ馬車と大勢の人々が往来しており、中央市場には驚くほど多くの様々な物品が売買されており、モノを売ろうとする商人の掛け声と町ゆく人々の喧騒で活気にあふれている。
だがそんな中央道路や中央市場も、今は閑散として人ひとりいない。
かといって、帝都から人が消えてしまったわけではない。レンガ造りの帝都の家々の中からは、押し殺したような多くの人々の息遣いが感じられる。
そしてそんな押し殺した人間の息遣いとは別に、常の喧騒とは異なる音が帝都には響いていた。
それは巨大で複数の皮膜から発せられる羽ばたきであったり、強大で恐ろしい獣の唸り声であったりといったものだ。なかには、その獣が何かの肉を咀嚼し骨を噛み砕く恐ろしい音も含まれている。
————帝都は、三日前に突如として飛来した百頭のフロスト・ドラゴンに占拠されてしまったのだ。
ドラゴン達は無用に暴れることも人を襲うことも無かったが、帝都から人が逃げ出すことは禁じた。それを示すように、今も帝都の外へと繋がる大路の先には、特に大柄なドラゴンが複数の部下を従えて陣取っている。
そしてドラゴン達は口々に告げたのだ、
『我らの帝がこの地に行幸される。 偉大なりし竜帝を、敬拝の念をもって迎えよ』と。
その三日後が、今日である。
大路は塞がれたが、それ以外にも帝都の外に出る道はある。ドラゴン達が見張ってはいるが、レンジャーや盗賊などの職を修めた者ならば往来は容易い。
そのため帝都の者たちは、ある程度は外の状況を知ることが出来た。
それによると、千を超そうかというほどのドラゴンの大群を引き連れた、信じられないほど巨大な空飛ぶ船が、この帝都に向かって来ているという。
――――この世の終わりが来たのだ。
多くの人々はそう諦め、神々に祈りを捧げた。
諦めきれない人々は、皇城にて対策を練っている皇帝に最後の望みを託した。
ドラゴン達は彼らの皇帝を迎えろと言った、ならば生き残る目は決して少なくないはず。史上最も英目とされる今代皇帝ならば、ドラゴン達の皇帝の不況を買うことなく帝国を存続させてくれるはずだと。
そしてそんな国民の希望を一身に託された皇帝ジルクニフは、皇城の執務室にて側近の者たちと共に、この危機にどう対応するべきか議論を重ねていた。
ジルクニフが腰かける椅子も含め、執務室内の調度品は大国の皇帝に相応しい美麗なものばかりだったが、その美しさに心を動かされるだけの余裕は、この場に集った誰の心にも無かった。
「
「そうか、ご苦労」
白銀近衛隊長の言葉に、ジルクニフは鷹揚に頷いた。
「帝都郊外の帝国軍はどうなっている、ロウネ」
「既に第一軍から第六軍まで揃い、帝都に入ってこの皇城まで向かって来ております、陛下。 ‥‥‥‥ただ、流石に三日では全軍勢ぞろいというわけにはいかず、即応できる精鋭のみではありますが」
「それでいい。 もともと不可能だと分かっていたし、ドラゴン共の出方を知りたかっただけだ。 ――――それで、大路を見張っていたドラゴンは何も言わずに軍を通したのか?」
「はい、事前に確認をとったところ、好きにするようにと言い、実際に行進中も何も言いませんでした」
「そうか、まあ強者故の傲慢という奴だろうな。 せいぜい、そこを突かせてもらうとしよう」
「そこを突いて奴らを倒そうってんですかい、陛下?」
薄く笑ったジルクニフに、帝国最強戦力である四騎士の一人、バジウッド・ベシュメルが尋ねる。平民から実力で今の地位まで這い上がって来た彼の口調は荒いが、その裏には、もし陛下が戦えと言うなら命を懸けてドラゴン達と戦うおうという、猛々しい忠誠心が燃え上がっていた。
「おいおい、無茶を言うなよバジウッド。 あんな数のドラゴン達に勝てるわけがない。 そうだろう、ニンブル?」
同じく四騎士の一人、ニンブル・アーク・ディル・アノックは貴族出身に相応しい丁寧な物腰で答えた。
「はい、口惜しい話ですが、帝国の総力を挙げても今帝都にいるドラゴン達だけでも倒すのは難しいでしょう。 それだけでなく我等四騎士も、例え全員で戦ったとしても今皇城の中庭にいる白き竜王オラサーダルクを名乗るドラゴンには勝てません。 更にあの竜王さえ従える竜帝を名乗るドラゴンと、それが率いる千を超えるドラゴンとなると‥‥‥‥」
「まあ、絶望的だな。 仮に敵対すれば、我が帝国は滅びるだろう」
余裕すら感じさせる態度であっさりと答えるジルクニフに、四騎士の紅一点レイナース・ロックブルズは訝し気に尋ねる。
「随分と余裕ですが‥‥何か勝算がおありで?」
「もちろん、あるとも」
レイナースの問いに、ジルクニフは快活ともいえるほど明るい笑顔で答える。
「まず前提として、奴らは我々を支配しようとしている。 それも恐怖だけによらない形で、だ。 その証拠に帝都にいるドラゴン共は食い物を商人から買う際、金貨を払っているというじゃないか。 そうだろう、ロウネ?」
「はい、ドラゴン達は何か必要なものがあれば必ず、通常よりも多くの金貨を払って帝国の商人から物資を購入しております。 またドラゴンに殺された者もおらず、立ち向かった者も重傷こそ負わされたものの、回復魔法で十分治癒する範疇でした」
「という訳だ、奴らは帝国民の人心を可能な限り傷つけないように行動している。 金貨を多めに払う事から、人心を買おうとすらしているのかもしれん。 そういう相手なら、やりようも付け入る隙も幾らでもあるというというものだ」
ジルクニフの自信に満ちた言葉に、執務室にいる側近たちにホッっと一息つくような弛緩した空気が生まれた。
千を超えるドラゴンの群れに、それを支配する竜帝という驚異の存在。
立場上、勝ち目が欠片も見えない恐るべき相手とでも戦わなければならない彼らは、ドラゴンが現れた三日前から常に極度の緊張状態にあり、ジルクニフの言葉にようやく一安心できたのだ。
そんな一息ついた側近たちを自身に満ちた笑顔で眺めるジルクニフだが、その心は一片も緩んでいなかった。
なぜなら部下たちに語ったことは嘘ではないが、同時に全てでもないからだ。
たしかに竜帝なる存在は自分たちを恐怖だけで支配するつもりは今のところないのかもしれないが、それも相手の心持ち次第。自分たちとは別種の高次生命体であるドラゴンの、ほんの気まぐれで一つで帝国の全てが、あるいは人間(亜人も含む)という種族そのものが滅ぼされるかもしれないのだ。
現状、人類という種の存続そのものがジルクニフの両肩に圧し掛かっていると言っていい。一欠けらたりとも緊張を緩められるわけがない。
とはいえ、その緊張を部下にまで押し付けてはいけない。
人間というものは極度の緊張状態にさらされ続けていては万全の能力が発揮が出来ないものであり、適度に緩めてやる必要がある。
部下のコンディションを万全に保つことも上司の仕事。
ここで一度安心させることで次に来る最大の山場、未知なる竜帝との面会では毅然としていて貰わなければ困る。
とはいえ、緩め過ぎても問題だ。
緊張を取り戻すよう声を掛けようとしたところで————執務室の扉がノックされた。
「失礼します、フールーダ様をお連れしました」
「よい、入れ」
ジルクニフの許可と共に扉が開かれ、弟子たちに体を支えられた帝国魔法省最高責任者である人類最高の魔法使い、英雄を超えた「逸脱者」、フールーダ・パラダインが入室して来た。
「このような姿で申し訳ありません、陛下」
「よい、気にするな爺。 ‥‥‥‥加減が悪いところ早速ですまぬが、火急の折なのだ、教えてくれ。 何故、この帝都に向かってくる巨船を魔法で眺めたことにより眼を焼かれ、昏倒したのだ?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
気遣うようなジルクニフの問いに、フールーダは沈黙で返す。
この急場に皇帝よりの問いを沈黙で返すなど不敬極まりないが、そのことを問い詰める者は誰もいない。
ジルクニフの祖父より以前から帝国に仕えた人類最高の魔法詠唱者であるフールーダの権威は、ある点ではジルクニフをも凌ぐからであり、更にはジルクニフもフールーダを実の家族より慕っているからである。
だが、やがてフールーダもポツリと答えを返した。
「‥‥‥‥太陽を、直視いたしました」
「太陽?」
フールーダの答えに、ジルクニフが訝し気に首を捻る。
「はい、太陽です。 そうとしか形容できません。 神という言葉ですら陳腐に思えるほどの、圧倒的な魔力の奔流。 知っての通り、私には相手の魔力量を見ることが出来るという
「‥‥‥‥そうか」
フールーダの話に緩んでいた部下たちの心に再び緊張が戻ってくるが、ジルクニフの心に変化はない。
元より賭けられているのは種の命運。敵の力は絶大であり抗しうる余地はなく、服従以外の道はない。ただ予想より更に相手の力が上だったというだけの話だ。
状況もやるべきことも、何一つとして変わりはない。
そう結論付けたジルクニフの覚悟を試すかのように執務室の扉が勢いよく開かれ、近衛である白銀騎士の一人が錯乱した様子で駆け込んできた。
「は、報告いたします! くだんの巨船と、千を超すドラゴンの群れが帝都に到着! 巨船は想像をはるかに超えるほどの巨体で、ドラゴンの群れが作り出す影によって帝都に夜が訪れたようです! こ、この世の光景とは思えません!!」
早口で報告を終えた騎士に、ノックもせずに皇帝の執務室に乗り込んできた無礼を咎めることはやめておいた。
報告を聞いただけでも戦慄が抑えられないのだ、直接その光景を見てしまっては正気も保てないだろう。きちんと報告できただけ、褒めてやるべきだった。
「そうか、ご苦労だった。 ————ではお前たち、行くぞ」
毅然とした態度で立ち上がったジルクニフは劉貞との会談の場所に指定されていた中庭へと移動すべく歩き出し、部下たちもその後に続いた。
人間という種の存続をかけた会談が、始まるのだ。