ナザリックと同格のギルド放り込んでみた 作:ダイアジン粒剤5
————まるでこの世の終わりのような光景だな。
見慣れたはずの帝城の庭園であったが、ジルクニフはそう思った。
帝都の上空全体に滞空した千ものドラゴンの大群は日の光を覆い隠し、帝都全体を屋内の様な暗闇に包み込んでいたが、その中でも特に闇が濃い場所がこの帝城だ。
その原因は帝城上空に滞空した、あの巨船だ。
まさに規格外、という言葉でしか表せないほどの船だった。
全長は帝城にも等しいほど長く、横幅は帝都の大手門よりも大きい。下から見上げている関係上確かなことは分からないが、高さも帝都でも音も高い塔より更に高いだろう。
(爺曰く、太陽と見紛うほどの魔力の塊らしいが‥‥‥‥。 これほどの船を宙に浮かせているのだ、それも当然かもしれんな)
チラとフールーダの方を見ると、渇望するような表情で巨船を見上げていた。
タレントは何らかの魔法により抑えているらしくもう失明の心配はないが、いまにも飛行の魔法で飛び上がり、船に頬ずりしそうな顔だった。
(‥‥‥‥爺が魔法の深奥に至りたいと常々思っていたのは知っていたが、まさかこれほどとはな。 どうか会談の場で無礼な真似だけはしてくれるなよ)
フールーダの奇行に胃を痛めながら、しかし表情だけは平静に巨船を見上げていたジルクニフだったが、やがて船から一頭のフレイム・ドラゴンが舞い降りてきた。
先だってより帝城に居座っていた白き竜王オラサーダルク以上の巨体を誇っていたため、さてはこれが竜帝かと思ったジルクニフだったが、すぐにその考えは消え去った。
フレイム・ドラゴンの背に、若い女が立っていたからだ。
仮にも竜帝、千を超すドラゴンを従える王が、誰かをその背に乗せることなど有り得ないだろう。
黄金の髪飾りを身に着け長い黒髪を靡かせた、奇妙な民族衣装を着た美女だった。
(この辺の人間とは思えんな、南方の出か? とすれば、竜帝とやらも南から?)
帝国や王国、法国のある大陸北方とは異なり大陸の中央から南にかけては亜人の国があるが、そのあたりについてはよく分かっていない。
というのも亜人の国において人間は家畜であり、良くても奴隷だからだ。
故に亜人の国に人間が訪ねることは自殺行為に等しく、南の情勢については殆ど分かっていない。南からなら、何が来ても可笑しくないのだ。
(とはいえ、これは朗報だ。 あの明らかに竜王級のドラゴンの背に人間が乗っている。 これはつまり、竜帝とやらは人間を竜王以上に優遇することも有り得るという事だ。 我々の有用性を見せつければ、俺達を見下ろしているあのドラゴン共を従えることも可能! いや待て、人間の女が好みという可能性もあるか? 竜王国の若作り婆、アレの祖先の七彩の竜王も人間との間に子を作ったという。 それはそれで好都合だ。 その場合は、しかるべき帝国の子女を贈り‥‥‥‥)
笑顔の仮面の裏であれこれと思案を巡らせるジルクニフだったが、女がジルクニフに視線を送ってきたことで、いったん思考を切り替える。
今まで考えていたことは竜帝に仕えることになった後の事。
此処で何か失態を犯せば、その瞬間に帝国は滅びるのだ。余計なことを考えるのは後にして、今は全力で竜帝を迎えねばならない。
「‥‥竜帝陛下が、降臨されます」
いかなる魔法によるものか、女の声は決して大きくない静かなものだったが、不思議と中庭に集った全員の頭の中に響いた。
————いや、ジルクニフは知らないことだが、女の声は帝都にいる者全ての頭の中に響いた。
————それどころか、女がジルクニフに話しかけている光景すらもが帝都の人々の頭の中に映った。
竜帝と皇帝の会談は、帝都にいる全ての者の頭の中でリアルタイムに流されていたのだ。
「頭を垂れ、身を低くして迎えなさい」
帝都にいる全ての者に見られているとも知らず――――仮に知っていたとしてもそうするしか無かったろうが————ジルクニフは、跪いた。
中庭に集った帝国軍の精鋭たちも、それに続く。
そしてこの瞬間、その光景を見せられている全ての人間達が悟った。自分たちの上に君臨する絶対者、頂点に立つ者が、皇帝から竜帝に変わったのだと。
同時に理解した。自分たちが明日を生きられるか否かは、これから目の前で行われる皇帝の一挙一動にかかっていると。
故に帝都にいるすべてが祈った、明日を生きられるよう、皇帝が竜帝を怒らせることが無いように、と。
そんな祈りを国民から向けられているなど知らないジルクニフは、跪きながらも全力で頭を働かせていた。
(予想通り、対等な関係を結ぶ気など無いか。 まあ当然だ、ここまでの戦力差がある以上、従属を迫るのが当然だ。 こちらも反抗するという選択肢はない以上、後はいかにして独立性と国民の安全を守るか、だな)
とはいえ基本的には相手の言う通りにするしかない。
例えば生贄として毎年女や子供を用意しろと言われても、黙って従うしかない。帝国ごと滅ぼされ、皆殺しにされるより遥かにマシだからだ。
(そんな相手ではないことを祈るばかりだが、仮に言われたらどうするか‥‥‥‥)
あれこれと思案を巡らせるジルクニフだったが、やがて頭を垂れながらもなお感じるほどの光が、ジルクニフの全身を浸した。
光は眩く明るく、ドラゴンの群れと巨船の作り出す影によって夜の様な暗闇に覆われた帝城を、昼間以上に明るく照らし出した。
「――――面を上げなさい、竜帝陛下への拝謁を許します」
女の言葉に顔を挙げたジルクニフの目に映ったのは、黄金に光り輝く巨大なドラゴンだった。
巨体、である。最初に現れたフロスト・ドラゴンや女を乗せるフレイム・ドラゴンも、竜王という格に見合った雄大な体躯を持っていたが、この黄金のドラゴンはそれ以上に大きい。
他のドラゴン達とは異なり翼を持たず蛇の様な体躯をしているが、その差異は劣等性ではなく神秘性を高めていた。
竜王を超える存在、ドラゴン達の皇帝。
ジルクニフの中の生物としての本能が言っていた。目の前の存在こそ、この世における最強の生物であると。
「偉大なるドラゴンの皇帝たる竜帝が、人間の皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスに、その意志を伝えます」
竜帝は言葉を発さず、女が言葉を続ける。
王が直接言葉をかけるほどの価値は無いと思われている、とジルクニフは理解した。
そのことに屈辱はない。これほど圧倒的な生物にとって人間の皇帝などその程度の存在なのだろうと、むしろ納得した。
そしてその評価を覆し、自分の、自分たち人間の価値を改めさせてやるという強い意志の炎が、ジルクニフの胸に灯った。
「遥かなる彼方よりこの地に御降臨なされた陛下は、全地を征し統べるという大望を抱かれました。 そしてそのための尖兵として、この地に住まう同族と、そして貴方がた人間を選ばれました。 これより陛下はここより南方、亜人たちの統べる大陸中央へと大遠征を開始されます。 バハルス皇帝ジルクニフよ、其方達に竜帝陛下の旗の下で戦う栄誉を与えます」
「‥‥‥‥!」
女の言葉は半分は予想通りであったが、もう半分は予想外だった。
従属を要求してくることは分かっていた、故にその後にとるべき手段は複数用意していた。
だが戦争への参加、それも亜人たちの統べる南方へと攻めかかる先兵となれとい言われるとは予想していなかった。
(亜人たちの国に攻めかかるだと?! 馬鹿な、正気ではない! 南方の亜人たちの国、なかでも五大国と呼ばれるものは一つでも人類の総力を上回る。 そんなものと戦って勝てるわけが‥‥‥‥いや、勝つ。 勝つだろう、この竜帝とかいう怪物なら、単騎で五大国全てを滅ぼせてもおかしくない)
ジルクニフは戦士ではないが、それでも生物としての本能が言っている。亜人たちの大国など、この怪物の前では塵芥のようなものだと。
ならば大遠征とやらを成す戦力に問題はない。
正気でないと思ったのは、単にジルクニフの世界が狭いだけだ。
(となると問題は、俺達をどう使うつもりなのかとう点だ。 南方の支配を任せてくれると言うなら有難いが、ボロ雑巾のように使い潰されるという可能性もある。 我々に支配を任せた方が利になる、人は黄金の卵を産む鶏だと思わせることが出来れば、帝国そして人類に黄金期が‥‥‥‥)
グルルルル‥‥‥‥
竜帝の喉から漏れた唸り声に、ジルクニフの思考は遮られた。
それと同時に背筋に冷たいものが走り、全身に震えが走る。
ガチャガチャという金属鎧が擦れる音が庭園に響いたあたり、この場に集った帝国兵全員に震えが走ったのだろう。
帝都上空に陣取ったドラゴン達もまた恐怖のあまりヒュッと息を飲み、その音が帝都に響く。
圧倒的上位生物の唸り声は、それだけで下位生物たちを恐れ怯えさせるのだ。
(いかん、思考に時間を割き過ぎたか!? そもそも判断の余地など無い、即座に答えなくては!)
実際の所ジルクニフの思考は数秒にも満たない時間だったのだが、竜帝に不快を抱かれたくないジルクニフは、声を張り上げて答えたのだった。
「拝命、承りました! 我ら帝国、全力を以て陛下の大望を成すべく粉骨砕身いたします!!」
ジルクニフの答えに女は頷き、それを見た帝国兵の間から安堵のため息が広がっていった。
竜帝という怪物、そしてそれに率いられたドラゴンの群れという絶望相手に戦う必要が無くなったのだ。高度な訓練を受けた彼らといえど、安堵のため息が漏れる程度は仕方がないだろう。
「ではジルクニフよ、其方にはまず共に戦う者たちと顔合わせをしてもらおう」
だが女の幼児はまだ終わっていなかったらしい。
女が手を掲げると、巨船の下から背に人を乗せたドラゴンが二頭、中庭へと降りて来た。
片方の背には7人の男女が、もう片方の背にはグラマラスな美女が乗っており、ドラゴンの背から降りた彼女らはジルクニフの前まで歩いてきた。
「法国の神官長と六神官、そして竜王国の女王ドラウディロン・オーリウクルスだ。 共に竜帝陛下の尖兵として働く同士、見知っておくがよい」
女の言葉に、ジルクニフは衝撃を受けた。
(すでに法国と竜王国を傘下に加えていたのか! そんな報告はなかったぞ、クソッ!!)
帝国の情報網は人類最高の魔法詠唱者であるフールーダが一手に担っている。
故にお前は何をしていたのだとフールーダを叱りかけたジルクニフだったが、グッと堪える。
(‥‥考えてみれば、フールーダがあらゆる情報を得られていたのは、奴以上の魔法の使い手がいなかったからだ。 あの船がフールーダの言うように奴の理解を超えるモノなら、竜帝もフールーダ以上の魔法の使い手である可能性は高い。 魔法の技量で劣っていれば、情報を得ることは出来んだろう。 クソッ、フールーダ頼りで情報局の育成を怠っていたツケがきたか)
マズイ状況だった。
竜帝という上位者に仕えることになった以上、仕えた順番というものが重要になってくる。
何らかの方法で存在感を示さねば、今後帝国は法国と竜王国の後塵を常に拝し続けることになるだろう。
(もしや南方への大遠征とやらも、法国と竜王国の差し金か? ‥‥可能性は高いな。 竜王国にとって南方のビーストマン国は最大の脅威、人類守護を国是とする法国にとっても南方の亜人国家群は潜在的脅威だ。 竜帝とドラゴン共の力を借りて、その力を削ぎたいと思ってもおかしくはない)
だとすればいよいよマズイ。
法国が竜帝に対しそこまでの影響力を持ち、大遠征とやらが法国主導で進んでいったとすれば、帝国は法国の属国と化したも同然になってしまう。
国力的には下の竜王国にすら、亜人との戦闘経験の差と法国との繋がりで後れを取るかもしれない。
何としてもここで今、二国につけられた差を少しでも埋めなければならなかった。
「竜帝陛下に奏上いたします!」
そのためにジルクニフは、巨船に戻ろうとする竜帝に向けて叫んだ。
「‥‥‥‥」
ジルクニフの叫びに、竜帝が踵を返し視線を向ける。
ドラゴンである竜帝の表情は読めないが、困惑しているという事だけは分かった。
(こんな怪物でも困惑するのだな‥‥)
ついそんなことを思い恐ろしい怪物である竜帝に親近感を抱きそうになるが、グッと気を引き締め直してジルクニフは言葉を続けた。
「我が帝国を、大遠征のための前線基地としてお使いください! 陛下の御同族の方々の滞陣費用も、全て我らが持ちます! 決して不自由はありません!」
竜帝の視線が、代弁者の女へと向く。
やはり竜帝に最も信頼されているのは、あの女らしい。覚えが目出度くなるよう行動する必要があるだろう。
「そして今だ陛下の御威光を知らぬ我が同族を説得する役目を、私のお与えください! 都市国家連合、飛竜の部族、そして暗殺集団イジャニーヤ! 必ずや陛下の旗下に参じさせて御覧にいれます!!」
口先だけでは無い。
帝国の力だけでは不可能だったが、竜帝という規格外の力をバックに迫れば説得は可能だろう。
(いや、実現させて見せる! その成果を以て、誰が最も優秀で信頼に値するか、この怪物に分からせてみせる!)
ジルクニフの言葉に竜帝は沈黙を貫くが、やがて従者の女に向かって頷き、それに答えるように女が告げた。
「竜帝陛下の意思を告げる。 陛下は其方の献身に期待しておられる、励むが良い」
(直接言葉はかけない、か。 言葉とは裏腹に、たいして俺を重要視していないという事か。 上等だ、その認識を改めさせてやる)
竜帝と女に対し深々と頭を下げ礼を述べたジルクニフは、毅然とした態度で法国と竜王国の代表たちに向き合った。
競争者である彼らに頭など下げない。
竜帝という絶対者に自分の価値を認めさせ人類を守り、帝国の評価を上げる事で競合国の上に立つ。
やるべきことは今までと変わらない。 それどころか南方への大遠征とやらが成功すれば、帝国は夢想だにしなかったほどに飛躍する。
怪物の機嫌を常に窺わなければならない綱渡りな、しかしやりがいと栄誉に満ちた仕事が目の前にあった。
ジルクニフは決意した。
必ず成し遂げてみせると、そして帝国に黄金期を到来させてみせると。
バハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスの新たな覇道が、ここに始まったのだった。