ナザリックと同格のギルド放り込んでみた   作:ダイアジン粒剤5

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青の薔薇

 モモンとユリの二人が旅立った後、後に残った青の薔薇の五人の話題は、自然と旅立った二人の冒険者のものとなった。

 

 「しっかし、相も変わらず忙しねぇなぁ。 飯も食わずに次の依頼に行っちまったぜ。 ああいうのを仕事中毒っていうのかね?」

 

 「口が悪いわよ、ガガーラン。 確かに働き過ぎだとは思うけど、彼らのおかげで王国の多くの国民が助かっているのよ。 今ではモモンさんの二つ名である≪漆黒の英雄≫は、王国では知らぬ者のいない救世主の名前なんだから」

 

 漆黒の英雄、モモン。

 竜帝による大遠征に端を発する、王国全体での冒険者不足とモンスター被害の拡大。

 王国貴族の怠慢により対策も取られず多くの民衆が犠牲になる暗黒の時代に現れた、一筋の光。

 どれほど遠隔の地で起きた事件でも、アダマンタイト級冒険者に支払われる額としては少なすぎる報酬でも、決して断らずに引き受け駆け付け、瞬く間に恐ろしいモンスターを倒し去っていくという御伽噺のような存在。

 旅の途中でモンスターに襲われる村があれば無報酬でも助けるというのだから、暗黒の時代に苦しむ民衆が生み出した幻想だと思う者も他国にはいるらしい。

 しかし、その御伽噺は確かに存在している。

 冒険者組合にアダマンタイト級として確かに登録されており、その力で従えた伝説の魔獣と美しい美女を引き連れて、今日も英雄は王国中を駆け巡っているのだ。

 

 「……まあな。 俺らも最近は目につく依頼は片っ端から受けちゃいるが、アイツ等には敵わねぇ。 身を粉にし、自分を犠牲にして人々に尽くす本当の英雄ってのは御伽噺の中にしかいないと思ってたが、まさかお目にかかれる日が来るとはな」

 

 そう言いながら、ガガーランはどこか遠い目をした。

 この五人の中で最も冒険者としての経歴が長いのがガガーランであり、彼女の言う御伽噺の様な英雄に最も近い行動理念を持っているのもガガーランである。

 そして彼女がそんな行動理念を持つようになったのも、元を辿れば幼い頃に聞いた御伽噺の英雄譚に憧れた事が根っこにある。

 憧れの英雄そのものの様な存在に出会えた感動は、とても言葉には出来ないものだった。

 同じように御伽噺の英雄譚に憧れて冒険者になったラキュースも気持ちはわかるのか、同意するように深く頷いていた。

 

 「……御伽噺、というのは言い得て妙だな。 恐らくだが、あのモモンとユリは純正の人間ではあるまい。 ぷれいやの血を引き、血を覚醒させた神人だろう。 神の血を引く英雄など、なるほど物語めいている」

 

 イビルアイの言葉に、ティアが反応する。

 

 「神人?」

 

 「ああ、お前たちには以前話しただろう? ぷれいや、すなわち神の血を継ぎ、その力を覚醒させた者たちの事だ」

 

 そこまで言うとイビルアイは周囲を軽く見まわし、自分たちの話を聞いている者が誰もいないことを確認してから話を続けた。

 

 「この国で信仰されている火風水土の四大神、法国では闇と光を足して六大神。 それらの神は全てぷれいやと呼ばれる、この世界とは異なる次元からやって来た超越者達の事だ」

 

 周囲に声を漏らさぬようにする魔道具は使わない。

 無暗に吹聴する話題ではないが、周りに人がいない状況で更に隠匿する必要がある程の話でもないからだ。

 

 「とはいえ正確には神人とはその六大神の血を引く者たちの事で、それらは全員法国で厳重に管理されているからモモンがそうという訳ではないだろう。 かの八欲王もぷれいやであると言われているし、他にもぷれいやではないかと考えられている伝説の存在は複数いる。 遠方の王族ではそういったぷれいやから連なる血筋を今の守っているというし、モモンもそういった出で、血を覚醒させた者なのだろう。 恐らく、あのユリという女もな。 そうでなければいくらあの魔獣がいるとはいえ、戦士と武闘家という前衛職しかいないチームでアダマンタイト級に成れるはずがない」

 

 「モモン王族説って奴か。 割と色んなところで信じられてるやつだな、そりゃ」

 

 漆黒の戦士モモンは、謎の多い冒険者である。

 ある日突然王都に現れ、圧倒的な強さで最高位のアダマンタイト級まで昇り詰めた。

 竜帝の件もあり冒険者が少なくなり、組合が人を留めるべく昇級を簡易にしたことがあるにしても、それは異常な速度だった。

 しかしながらその華々しい功績と実力に反して前歴は全くの不明で、礼儀正しい態度と知性を感じさせる応答からそれなり以上の教育を受けた高貴な身なのだろうとは想像できるたが、誰もモモンという貴族など知らなかった。

 数多の依頼をこなし常に各地を転々としているのもあって、親しくなった者も少なく謎は深まるばかり。

 故に、様々な噂が飛び交った。

 曰く、遠方の王国の落胤である。

 曰く、伝説の十二英雄の血を引くものである。

 曰く、神により苦しむ人々を救うため地上に遣わされた使徒である。

 ————その他に無数。どれも好意的なモノばかりなのは、彼の功績と人柄ゆえだろう。

 恐らく本人も知らぬ間に、モモンという存在は王国の人々の間で途轍もなく大きな存在と化していた。

 

 「まあ王族かどうかはわからいけど、それなり以上の生まれなのは確かだと思うわよ。 だってあのユリさんの立ち振る舞いとか、どう見ても高度な教育を受けた従者のそれだもの。 あれだけの人を連れることが出来るのなんて、それこそ大貴族くらいよ」

 

 貴族出身であるラキュースが、貴族らしい視点で語る。

 従者の品格は、主の品格をも決める。

 主が多少奔放でも従者の品性が確かならば主も粗野とは思われず、逆に主の品格が良くても従者が駄目なら主もその程度の人間と思われてしまうのである。

 その点から言ってあのユリという美女の醸し出す品格は、大貴族や王に仕える者の、貴族としてのそれだった。 

 「ふーん、ラキュースの目から見てもそうなのかよ。 じゃあ高貴な生まれってのは、そう間違った話でもねぇってことか。 でもよ、だったら何でこんな王国で冒険者なんてやってんだ? おかしいだろ」

 

 ラキュースや彼女の叔父のように貴族に産まれながら冒険者となった例外もいるが、基本的に冒険者というのは根無し草の無頼漢がなる職業であり、決して社会的立場が良いわけではない。

 単なる冒険譚への憧れからなるものも存在はするが、それでも異常なことではあった。

 

 「……そこはやっぱり、竜帝が関係してるんじゃ?」

 

 「そう。 でなければ私たちに高い報酬を払ってまで、竜帝の情報を手に入れようとする理由が分からない」 

 

 双子忍者の言葉に、イビルアイも頷く。

 

 「私も同じ考えだな。 恐らくはあの竜帝もぷれいや、もしくはその血を継ぐものだろう。 八欲王の中にはドラゴンのようだったと伝わる者もいる、決して有り得ない話ではない。 ぷれいやに連なる者同士、何かしら因縁があってもおかしくは…………む?」

 

 そこでイビルアイは話を切った。

 冒険者組合の扉が開くのを見たからだ。

 あまり吹聴すべきでない話を魔道具も使わず行っていたこともあり少しばかり緊張するイビルアイだったが、その緊張はすぐに解かれた。

 扉を開けて入って来た者が、よく見知った相手だったためだ。

 太い眉に意志の強そうな三白眼、金髪を短く刈り揃え純白の全身鎧を纏った少年臭さを残した青年、ラキュースの友人であるラナー王女の従者、クライムだった。

 

 クライムは青の薔薇の五人の姿を見とめると訓練された確固とした歩みで近寄り、頭を下げた。

 

 「お久しぶりです、青の薔薇の皆さん」

 

 「おう、久しぶりだな、童貞坊主」

 

 ガガーランは快活に笑いながら立ち上がりクライムの背を叩いて席を勧め、席に座ったクライムに双子忍者とイビルアイ、そしてラキュースが挨拶する。

 フランクな仲であり堅苦しい場でもないため、互いの態度は割合気楽なものである。

 

 「……それで、何の用でここに来たの、クライム? 多分だけど、ラナーの使いじゃない?」

 

 クライムの飲み物を注文するガガーランを尻目に、ラキュースが尋ねる。

 口調は穏やかだが、その目は真剣で強い光を放っている。

 実のところここ数か月、とある問題を解決するためラキュースを含む青の薔薇の面々はラナーの指揮の下で秘密裏に動いていた。

 その極秘任務の成果と結実が、そろそろ出る頃なのだ。

 

 「はい、ラナー様からは、この手紙を皆様に渡すようにと言付かっています」

 

 クライムは厳重に封の押された手紙を懐から差し出し、手紙を受け取ったラキュースは慎重に封を切ると、美しい筆跡で書かれた手紙の内容を咀嚼した。

 

 「…………」

 

 手紙を読み切ったラキュースは息を吐き、やがて強い光を宿した目をすると、強い意志の籠った声で双子の忍者姉妹に告げた。

 

 「ティア、ティナ。 悪いんだけど、今すぐモモンさんを追いかけてくれる? まだ出発してからそれほど時間が経ってないし、貴方たちなら追いつけると思うの」

 

 「了解、リーダー」

 

 「了解、ボス」

 

 ラキュースの言葉を聞いた双子の姉妹は、まさに忍者の様な早業で、風のように冒険者組合の外へと走り去って行ってしまった。

 あの速さなら仮に馬を駆って出て行ったしても間に合う。双子忍者の動きを見たクライムは、そんな感想を抱いたのだった。

 

 「モモンを呼びに走らせるってことは……例の、八本指の件か?」

 

 ガガーランの問いに、ラキュースが頷く。

 

 「ええ、彼にとっても因縁のある相手よ。 ————王国を裏から操り蝕む犯罪結社、八本指。 遂に、奴らに鉄槌を下す時が来たのよ」

 

 王国の闇を支配する巨大犯罪組織、八本指。

 麻薬の販売から人身売買、暗殺までありとあらゆる犯罪行為に手を染め、貴族や王族とも深いつながりを持つため誰も手出しが出来ない、王国に巣食う巨悪。

 モモンもかつて知り合いの商家の執事が拾った少女が八本指の関係者であり、その執事と少女をを救うため色々と骨を折ったことがあった。

 それ以来モモンは八本指を嫌い、八本指、特に警備部門のトップであるゼロもモモンに敵意を持っているという。

 今回ラナーが進めようとしている計画――八本指の壊滅——に加わる資格は十分にあるだろう。

 

 「ゼロを筆頭とする八本指最高戦力≪六腕≫。 奴らに対抗できるのは私達アダマンタイト級か王国戦士長のガゼフ・ストロノーフくらいよ。 戦士長殿も今回の作戦には協力してくれるみたいだし、後はモモンさんが手を貸してくれれば成功は間違いないわ」

 

 ラキュースの言葉に、ガガーランとイビルアイも力強く頷く。

 社会に害を巻き散らす八本指を許せないという気持ちは皆同じなのだ。

 何としてもこの作戦を成功させ、奴らを王国から排除しなくてはならない。

 

 (竜帝の出現によって、世界は大きく動き出している。 王国だけがこの動きから取り残されているわけにはいかない、傘下に下るにせよ対抗するにせよ、動き出さなければいけない。 そのためにはまず、王国が他国から嫌悪され敵視される原因である八本指を排除することから始めなければならない)

 

 ラキュースはラナーが言っていたことを思い出す。

 八本指は王国で生産している麻薬を帝国や法国にも流しており、その件は既に外交問題にまで発展している。

 竜帝が未だに王国に接触を図らないのも、法国や帝国が意図的とも思えるほどにモンスターを王国に追い立てているのも、結局はそれが遠因にあるのだろう。

 家で同然で実家を飛び出してきた身とはいえ、貴族の家に産まれた者の責務として王国とその民のために力を尽くさなければならない。

 良い意味で貴族らしいラキュースはそう決意し、作戦の成功を願って神に祈りを捧げるのであった。

 


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