ナザリックと同格のギルド放り込んでみた 作:ダイアジン粒剤5
王都中央の屋敷内の大広間。
浅黒い肌を持つスキンヘッドの修行僧と二本の大剣を振り回す漆黒の戦士が、互いに拳と剣を唸らせ激しい戦いを繰り広げていた。
攻勢をかけるのは、漆黒の戦士モモン。
二振りの大剣を縦横無尽に振り回し、スキンヘッドの男——八本指警備部門の長、≪闘鬼≫ゼロ――を追い詰める。
足捌きはほぼ素人のそれであり、体幹のバランスも滅茶苦茶。
得物の長さすら正確には把握しきれていないのか大剣は壁や天井に何度もぶつかるのだが、圧倒的な膂力によりスピードも破壊力も一切落ちず、周囲に亀裂を刻みながら刃をゼロに叩き付けてくる。
対するゼロは、基本的には防戦の構え。
モモンの攻撃前の予備動作は分かりやすいため、行動を事前に察知し最適な体捌きで素早く躱す。
膂力によって強引に攻撃の軌道を変えてくるときもあるが、そういう時も事前に視線の移動などの兆候が表れるため躱すのは容易い。
そして躱す瞬間にタイミングよく、手技足技により衝撃波を発生させモモンに確実にクリティカルヒットを決める。
2メートルを超える大柄な体躯に人の身長程はあろうかという大剣を獲物として扱うモモンのリーチは、大柄とはいえ徒手空拳なゼロのリーチを圧倒的に上回っているように見える。
だがゼロほどの域に達したモンクにとって、手足の先から衝撃波を飛ばすことなど朝飯前だ。
その有効射程、おおよそ十メートル以上。
仮に全身鎧を纏っていたとしても常人ならば致命に到る程の衝撃波を飛ばせるゼロにとって、大剣程度のリーチの差など有って無きが如きものだった。
————だが漆黒のモモンにとっても、衝撃波など有って無きが如きものに過ぎなかった。
既に何発も、モモンの体には衝撃波が叩き付けられている。
どれほど頑丈でも関係ない、当たれば脳が揺れ昏倒する顎先にも何発も当てた。
だが、全く効果がない。
モモン自身が持つ圧倒的な筋力と骨の頑丈さ、そして強固な全身鎧の賜物なのだろう。
どれほど衝撃波を当てても、モモンにダメージを与えることはおろか、動きを鈍らせることも出来なかった。
(クソッ!! コイツ、本当に人間か?! まるで、ドラゴンとでも戦っているようだ……!)
舌打ちし、ついそんなことをゼロは考えてしまう。
漆黒のモモンとは因縁があった。
かつて八本指奴隷部門が、とある商家の執事を相手に大金を強請ろうとしたことがある。
その執事の老人はかなりの使い手と見られたため、ゼロの部下である八本指最高戦力≪六腕≫の一人が付き添い万全の態勢で挑んだ。
失敗など有り得ず、大金をせしめ商家の娘すら手籠めに出来ると考えていた奴隷部門だったが——モモンが商家を救うべく現れて、全てが狂った。
モモンは金貨の詰まった袋を差し出し言った——これで満足しないなら、自分はあらゆる法を無視して立ち向かう、と。
モモンとの全面対決を恐れた八本指指導部はこの提案を受け入れ、当初期待したよりも遥かに少ない金額で満足することになってしまった。
(アレで俺のメンツは傷つけられた! 指導部は俺と六腕ではモモンに勝てぬと、勝てるとしても深刻な被害を受けると考えた!)
そんなわけがない。
六腕全員で戦えば大した被害も無く勝てる、否、自分一人でも勝って見せる。
そう考えていたゼロにとって、今回の王女主導で行われた八本指壊滅作戦は渡りに船だった。
モモンガ襲撃してくるだろう拠点で待ち構え、従者の女と魔獣は部下たちに相手させ、モモンとの一騎打ちに持ち込んだ。
他の六腕は別の拠点に派遣しているためいないが、冒険者で言えばミスリル級の者を十数人にオリハルコン級を数人集めた。まさか遅れを取りはしないだろう。
あとは自分がモモンを倒せば片が付く。
そう思っていたのだが。
(とんだ誤算だ! コイツ戦士としては未熟だが、強さという点ではガゼフに匹敵するやもしれん……!)
周辺国家最強、いつかは超えたいと願う頂きに匹敵する強さと目の前の敵への認識を改めたゼロは、安全策を捨て命を賭けることにした。
暴風の如く吹き荒れるモモンの剣戟からバックステップで距離を取り、呼吸を整え構えをとる。
そんなゼロにモモンは一切の躊躇なく大剣を振りかぶり、追撃を加えるべく襲い掛かる。罠や駆け引きを警戒することも無く動物的本能に任せて追撃を加えようと追いすがるあたり、今まで碌にダメージを負う機会が無かったのだろう。
圧倒的強者故のその傲慢が隙だった。
大上段から振り下ろされるモモンの大剣の速度は、ゼロの反射神経を大きく超えるモノだ。
だが今まで先読みにより攻撃を躱してきたゼロの体は、モモンの攻撃速度を覚えている。
武技により強化されたゼロの裏拳がモモンの大剣の腹に当たり、モモンにより大上段からの切り下げは大きく横に逸れた。
「…………!」
それと同時に、モモンの体制が大きく逸れる。
今までの戦いでこのような事態に陥ったことが無かったのだろう。絶大な筋力により転倒は防いだが、上体が無防備に晒された態勢でモモンは停止した。
(もらった!)
そしてそれが、ゼロの望んでいたものだった。
ゼロの体に刻まれたスペルタトゥー≪呪文印≫、動物の力を得られる特殊な刺青が光り輝きゼロに力を与える。
足に刻まれたパンサーの刺青の力により強化された脚力で一瞬の内に自らの拳が届く射程距離までモモンとの距離を詰め、その勢いを殺さぬまま腕のライナサラスの力も発動し、強化された腕力でオリハルコン並みの硬度を誇る正拳をモモンの胸に叩きこんだ。
————金属のひしゃげる心地良い感触と衝撃が、ゼロの体を駆け抜けた。
ゼロの正拳は過たずモモンの鎧に突き刺さり、アダマンタイト並みの硬度を持つだろうモモンの鎧を陥没させていた。
これだけの攻撃を喰らえば、例えモモンがドラゴン並みの肉体強度を持っていたとしてもタダでは済まないだろう。心臓への衝撃から絶命していてもおかしくない。
数多の殺人経験からそう確信したゼロだったが、次の瞬間、背筋を冷たいものが走った。
――――このままでは、死ぬ。
そう直感したゼロは体を沈め、再び発動させた足のパンサーの力により地面を踏み砕くほどに強く蹴り、一気にモモンとの距離をとった。
そしてゼロが距離をとるのとほぼ同時に、3つの金属音が響いた。
2つは、モモンの持っていた大剣が地面に落ちた音だった。モモンは剣士にあるまじきことに、戦闘中に剣を両手から手放したのだ。
そして3つ目の音は、モモンが大剣を手放した両腕を胸の前でクワガタのようにクロスさせた時に鎧同士がぶつかり合って鳴った音だった。
モモンは自身の胸に正拳を叩きこんだ状態で静止していたゼロを、大剣を手放した両腕で鯖折りにしようとしていたのだ。
(こいつ……正気か?)
とても戦士とは思えない、完全に素人の行動だった。
たしかに完全に虚を突かれたため間一髪の所で死にかけたが、それにしても戦闘中に武器を手放すという行為はリスクが高すぎる。
手放した武器を再び手に取るのは至難の業、否、そのような隙はこのゼロが決して与えない。
戦いの趨勢は、完全に自分の方へと傾いたのだ。
「……どうも、よくないな」
だがモモンは自らが圧倒的に不利な状況にあるにも関わらず、焦った様子など全く見せずに呟いた。
「これでも、自信はあったんだ。 今まで多くのクエストをこなし、数えきれないほどのモンスターを倒してきた。 戦士としての技量も身についてきたと思っていたんだが、甘かったな。 対人戦の玄人、近接戦の達人相手との戦闘経験が圧倒的に足りていなかった。 自分の未熟を痛感させられたよ」
その呟きは独り言のようで、ゼロに対して向けられた言葉ではなかった。
自分など眼中にないとでも言うつもりかと激しかけるが、挑発の可能性もあるとゼロは自分の心を抑える。
目の前の敵が冷静な思考の下に戦わなければいけない強者だという事は、既に今までの戦いで痛感している。一片の油断もするべきではない。
「だが今はこの戦いだ……そうだな、こういうのも一度やってみたかったんだ」
しかしモモンはそんなゼロの内面など気付いていないらしく、両腕を体の前に掲げ、いわゆるファイティングポーズというものをとった。
「拳での殴り合い。 悪いが、色々と付き合ってもらうぞ」
そう言うとモモンは、酒場のチンピラの様な動きで殴りかかって来た。
「くっ……?!」
動きこそ素人のそれとはいえ、モモンの身体能力で行えばゼロの命を刈り取るには十分な殴打となる。
先読みによってスピードと威力だけはあるモモンの拳を躱すが、もともと脅威に感じていたモモンの反射神経は殴打による、より至近距離での戦闘に移行したことで更に危険となった。
先読みによって攻撃を躱そうとするゼロを、驚異的な反射神経により後追いで追尾してくるのだ。
結果、戦いは当初のモノと同じになった。
暴風の様なモモンの攻撃を、ひたすらにゼロが躱すだけ。
ただしより至近距離での戦いとなった結果、ゼロには衝撃波でカウンターを決める余裕すらなくなった。
「なめるな!!」
とはいえ、徒手空拳での戦いの技巧はモンクであるゼロの方が圧倒的に上だ。
機会を伺いモモンの殴打を殺さず受け流して足を払いバランスを崩して、モモンを転ばせることに成功した。
モモンの筋力がどれほど凄まじくとも、バランスを崩しては転ばざるを得ない。
モモンは、無様に地面に這い蹲った。
「死ねッ!!」
無論、この絶好の機会を逃すゼロではない。
再び足に刻まれたパンサーのスペルタトゥーを発動させ、強化した極力を以て全力でモモンの頭を踏み抜いた。
一度や二度ではない。何度も何度も、息をつく間もなく。
スペルタトゥーで強化した脚力による全体重を乗せ重力に従った踏みつけの威力は高く、頑丈なモモンの兜をボコボコに凹ませることが出来た。
兜に守られた頭蓋骨だって、決して無傷という事はないはずだ。
————なのに、モモンは平然と立ち上がろうとする。
驚愕し、焦燥し、躍起になって。
踏みつけ、蹴りつけ、蹴り上げるが、まったく動じた様子がない。
モモンはふらつくことも無く再びファイティングポーズをとり、ゼロは飛びのいて距離をとった。
(コイツ……不死身か?)
背中に冷たいものが走る。
今までの長い戦いの人生の中で初めて、ゼロは勝てないかもしれないという恐怖を感じていた。
戦いを挑んだことへの後悔と、降伏し命乞いをしたいという欲求も湧いてきた。
これも、初めての事だった。
「ム……?」
そんなゼロの心の中の動きなど露とも知らないモモンは、突如として構えを解き片手を耳に当て、何事かを呟き始めた。
一瞬何をしているのかわからなかったゼロだったが、すぐにそれが伝言≪メッセージ≫の魔法により外部から通信を受けているのだと気づいた。
「フム、なるほど、そちらはそんな状況か。 エントマは無事か? そうか、デミウルゴスが。 ああ、殺してはダメだ。 彼女たちには色々と世話になっているし、重要な情報源だからな」
モモンは伝言に気を取られており明らかに隙だらけだったが、ゼロはその隙をつくことが出来なかった。
モモンに感じた恐怖。それがゼロの体を縛り、自由に動けなかったのだ。
「ああ、私もすぐにそちらに向かう。 それまでは、殺さない程度に彼女たちの相手をしてやっていてくれ」
動けずにいるゼロを尻目に通信を終えたモモンが向き直り、再びゼロに視線を向けた。
そしてまるで何かを迎え入れるかのように両手を広げると、ゼロに向かって語り掛けた。
「すまないな、緊急事態でいますぐ向かわなければならない所が出来た。 だから一瞬で勝負を決めよう。 ――――お前の最高の一撃を、私に向けて放つがいい」
モモンの言葉に、ゼロは目を見開いた。
「私はお前に感謝しているんだ。 お前のおかげで、私は自分の未熟を知ることが出来た。 戦闘巧者との戦いの経験も詰めた。 だからこれは礼だ。 お前の最高の一撃を受けてやる。 そのうえで、お前を殺す」
怒りが、恐怖を拭い去りゼロの体に再び活力を与えた。
(舐めてやがる……この、闘鬼ゼロを!)
モモンの言葉が挑発であり、自分を誘うものだということくらい分かっている。
先ほど両剣を手放した時と同じように、攻撃を受けた上で耐え、自分を鯖折りにしようとしているのだろう。
いいだろう。
ならば、耐え切れないほどの一撃をくれてやる。
「その言葉、後悔するなよ……。 俺の≪猛撃一襲打≫! 受けて生きていた者はいない!!」
全身に刻まれた五つのスペルタトゥーを全て起動させる。
足のパンサー、背中のファルコン、腕のライノセラス、胸のバッファロー、頭のライオン。
総身に制御し難いほどの獣の力が溢れ、万能感に満たされる。
今の自分の力ならば何者をも粉砕できるという確信が生まれ、目の前の敵への恐怖が完全に消え去る。
だが、そのうえでも決して油断しない。
モンクとして鍛え上げ習得して来た多数のスキルと武技を同時発動させ、腰を落とし正拳突きの構えをとる。
積み上げた修練と無数の戦闘の末に辿り着いた答え、至高の正拳突きを放つために。
——暫しの間。
——そして、ゼロは風と化す。
数多のスキルによって、限界の更に先まで強化された肉体。
それを最適な動きで稼働させ、最短距離を最速で間合いを詰め、完璧なタイミングの肉体駆動で最高の威力となった正拳突きをモモンの胸に放つ。
狙いは今までの戦いの中で凹み、脆弱となった欠損部。
狙いは過たず、拳がモモンの胸に突き刺さるとゼロが確信したところで————時が止まった。
「やはり時間対策はない、か。 必須なんだがな」
アインズは魔力で編んだモモンとしての鎧を解くと、いつもの漆黒のローブ姿へと変わった。
「さて、ゼロといったか」
正拳突きを放つ瞬間で停止したゼロの胸に手を当て、アインズは語り掛ける。
「さっきも言ったが、お前には本当に感謝しているんだ。 だからお前には苦痛も恐怖もない、勝利の確信の中での穏やかな死を贈ろう」
時間を停止させた状態では、相手に攻撃を与えることは出来ない。
だが時間停止が解除される丁度その時に魔法を発動させることで、時が動き出すと同時に魔法の効果を発動させることが出来る。
ユグドラシルでもほんの一握りしか出来ないその特殊技能を、アインズは血が滲むような特訓の末に習得していた。
「では、さらばだ。 ——≪死/デス≫」
時が動き出すと同時にアインズの即死魔法は効果を発揮し————闘鬼ゼロは、必殺を確信した悪鬼の様な笑みを顔に貼り付けたまま、苦痛も恐怖も感じることなく死んだ。
「お疲れ様です、アインズ様」
髪を夜会巻きに巻き上げた眼鏡の女性——ユリ・アルファが、シャドウデーモンなどの高位の傭兵モンスターを引き連れて現れる。
「ユリか。 他の制圧は終わったのか?」
「はい、この屋敷にいた八本指の関係者は全員ナザリックへ送りました。 他の八本指拠点も制圧が完了したそうですが、一ヵ所で問題が発生したようで……」
「ああ、聞いている。 エントマが青の薔薇とかち合ってしまったようだな。 今はデミウルゴスが相手をしているようだが、私はこれからそちらに向かう。 ユリ、お前もついて来てくれ」
「かしこまりました」
深々と頭を下げるユリを尻目に、アインズはシャドウデーモンにも指示を下す。
「お前たちはこのゼロという男の死体をナザリックに運んでくれ。 この世界の基準ではかなりの強者だったようだからな、強いアンデットの素材になるかもしれん」
——命令を受けたシャドウデーモンがゼロの死体を運び始めるのを確認したアインズは、再び魔法で漆黒の鎧と大剣を造り出すとモモンの姿に変わり、ユリを従えて歩き始めた。
(デミウルゴス主導の作戦≪ゲヘナ≫か。 とりあえず実行の許可は与えたけど、実際どうなるんだろうなー。 詳しい説明を聞いても何言ってるのか半分も分からなかったし、アインズ様の進められている計画の一助になればとか言われたけど……。 デミウルゴスの中で、俺はいったいどんな計画を進めていることになっているんだろう?)
まあデミウルゴスのやることに間違いはないだろうしナザリックの利益になることは確実なので、後は高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応していくしかない。
今の自分に解決できない問題は、将来の自分に解決してもらうしかないのだ。
(最大の仮想敵であるあのカルトギルドが勢力を爆発的に拡大させている以上、ナザリック強化計画の伸展は急務だしな。 ……よし、かんばるぞ!)
自分に気合を入れ直したアインズは、デミウルゴスが殺さない程度に相手をしている青の薔薇を颯爽と現れて助けるという、心の底で憧れていたロールプレイをこなせることに密かに心を弾ませながら歩を進めるのだった。