月明かりに照らされて   作:小麦 こな

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第16話

 

「はぁ……嫌な時間に起きてしまったな」

 

今まで夢を見ていた。CiRCLEに働き始めてから、まりなさんに頬を叩かれて出て行った今日の出来事まで。どうしてこんな夢を見たのだろうか。どちらにしても嫌な目覚め方だ。

 

時刻は四時。朝の四時だから辺りはまだ暗いまま。もう一度寝ようかと思いベッドで横になったが、また今日の出来事が夢に出てしまうかもしれないというもどかしい感情とやけに心がチクチクするから眠れないと感じた。

 

一度ベッドから降りると足に何かが当たった。そう言えば機材購入の時に買ったハードケースを置く場所が無いと言う理由でベッドの下に入れておいたのを忘れていた。あの時は家のギターの保管に使えると思い買ったが、結局使わずじまいだった。それならまりなさんのギターに……やめておこう。

 

起きてから無性にむしゃくしゃするから、朝の散歩をしようか。そう考え、携帯も財布も持たずに家から出た。

 

 

 

 

何分歩いたかもわからないが、体感では一時間ぐらい歩いたような気がする。もっとも時刻を確認する術が無いから分からないけれど。あの腕時計はCiRCLEの物置の肥やしになっているだろう。もしかしたら捨てられているかもしれない。今となればどちらでも良いが。

 

なんて考えていると、何かにぶつかった。

 

「いってぇな!どこ見て歩いてんだオラァ!?」

 

どうやらチンピラとぶつかったらしい。チンピラの横にいるのはかなり若い女性だからカップルか、もしくは世間ではよろしくない関係かどちらかだろう。そもそもなんでこんな時間にチンピラがいるんだ。

 

「腹立った。何かしゃべれよこのクソがっ!」

「っ!」

 

いきなり殴られた。今日はたくさん人に殴られる日だなんて考えていた。こんなチンピラとじゃれたくて朝早くに外に歩いているわけでは無いのだが。

 

「こんな男なんかほっといて早く行こぉよぉ」

「そうだな」

 

チンピラと女性は歩いて行った。本当についてないな。歩いていたらいきなり殴られたのだから。だがあの男は力が無かったのかもしれない。全然痛くなかった。

 

 

「まったく。意味が分かんねぇよ」

 

愚痴が口に出る。俺はチンピラが嫌いだ。なぜなら。

 

「あいつらは自分さえ良ければ何しても良いって考えているから」

すなわち。

「自分の事しか……考えて……な、い」

 

冷たい風がさっと吹いた。そして今まで自分がしてきたことがフラッシュバックした。

 

香澄ちゃんが涙目でスタジオから出てきた時、俺は香澄ちゃんやポピパのみんながケガしたのかもと思って寒気がしたわけでは無い。スタジオでケガをしたと言う理由で責任が俺に来たらまた仕事を探さないといけないと思ったから寒気がした。

 

ポピパのみんなにバンドの事を話して暗い雰囲気になってしまったのは、ポピパのみんなから聞いてきたので俺は悪くないと思っていた。

 

スリーピースバンドも周りの意見を聞かなかった。ただ自分がプロになりたかったから。他の二人のメンバーの事は考えていなかった。

 

CiRCLEで働いていたのも自分の給料を増やすため、利益の為に働いていた。

 

 

「これじゃあ……」

 

今までやってきた事は俺を殴ったチンピラと同じじゃないか。考え方も、やってる事も全部。自分さえ良ければ良いって思っていたじゃないか。

 

「ははは……」

 

自分の事しか考えない真っ黒な自分に嫌気がさした。そりゃ、俺の事なんて見てくれる訳が無い。どうしてこんなに簡単な事を今まで考えなかったのだろう。そんな事も気付けない自分にも嫌気がさした。

 

 

前まで分からなかったけれど、今なら分かることもある。

 

どうして今まで失敗ばかりなのか。それは周りの事を考えなかったから。

どうしてまりなさんはまぶしく見えたのか。それは憧れていたから。こんな人間になりたいなって直観的に思ったから。

 

どうしてまりなさんには明るく居てほしかったのか。それはまりなさんへの感情が憧れからあるものへと変わったから。

 

どうしてまりなさんは俺の頬を叩いたのか。

 

どうしてチンピラのグーパンチよりまりなさんの平手の方が痛かったのか。

 

そして、今なら分かる。まりなさんにどれほどひどい事を言ったのか。

 

 

CiRCLEでまりなさんに出会った。まりなさんは真っ黒な俺を優しく照らしてくれていた。まるで、夜空に浮かぶ満月にように。

 

月明かりに照らされて、仕事をした。

月明かりに照らされて、ポピパのみんなと出会った。

月明かりに照らされて、イベントを成功させた。

月明かりに照らされて、まりなさんにある思いを抱いた。

月明かりに照らされて、信頼してもらった。

月明かりに照らされて、ひどい事をした。

 

 

もう、元の関係には戻れないかもしれない。いや、戻れない。

罪滅ぼしと言っても許してくれるはずがない。

だけれど、俺に出来る事はこれしかない。たった一つの願いの為に。

 

“まりなさんには、笑っていてほしいから”

 

もうすっかり明るくなった街並みを全力で走る。向かう場所は俺が住んでいる場所。

まだ覚えていた、まりなさんの「あの夢」を唱えながら。

 

 

全速力でアパートに戻り、充電器から携帯を引きちぎった。

そして、ある人に連絡を入れる。

 

 

「朝早くに申し訳ございません。CiRCLEの結城拓斗です」

「CiRCLEの社員として、最後のチャンスを俺にください!」

 

 

 





次話は10月24日(水)の22:00に投稿予定です。
新たにこの小説をお気に入りにしていただき、ありがとうございます!

そして評価もたくさんつけていただきました。
評価10と言う最高評価をつけていただきました ちかてつさん!
同じく評価10と言う高評価をつけていただきました たわしのひ孫さん!
評価9と言う高評価をつけていただきました 外房線さん!
この場を借りてお礼を言わせていただきます。本当にありがとうございました。

感想もたくさんの方からいただきました。嬉しくてつい長文になってしまいましたが(笑)
また良ければ感想をいただけると幸いです。他の読者の方も気楽に感想書いてくださいね。

では、次話までまったり待ってあげてください。

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