月明かりに照らされて   作:小麦 こな

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第1話

まだ寒さの残る季節、春。春は出会いと別れの季節だなんていうけれどそんな言葉を作った奴は相当人間関係をドライに考えている奴だろう。連絡先さえ知っていればいつでも会えるじゃないか。もう会わない気なんて薄情な奴。なんてしょうもないことを考えながら俺は新しい職場の面接の用意をしている。

 

「履歴書と判子……まぁこんなもんだろ」

 

持ち物を確認したからそろそろ向かおう。ちなみに向かう先はライブハウス。バンドマンたちが演奏するあのライブハウスだ。音楽経験もあるし、音楽は嫌いじゃない。どうせ仕事するなら好きを仕事にって感じ。そんな安直な考えだ。いつまでも無職でのらりくらりするわけにはいかない。

 

最後に身だしなみだけでもチェックしておこう。寝癖がついているなんて論外だし。

鏡を見る。目にちょっとかかるくらいの長さで黒色の平均的な髪形に若干釣り目な俺の顔が写された。

 

それじゃ、行こうか。

 

 

「ここか!」

スマホで道順を確認しながら、目的地に着いた。ライブハウス「CiRCLE」。イメージしていたライブハウスよりだいぶきれいじゃないか。なんて感心していると一人の女性が姿を現した。

 

「君がうちのライブハウスで働きたいって言ってくれた人かな?」

「あ、はい。そうです。本日はよ、よろしくおねがいします!」

 

すごくきれいな人で焦った。ライブハウスだから働いている人なんておっかないじいさんや個性派のにおいがプンプンする人間ばかりだと思っていた。もしこんなところで働けるなら、かなりラッキーだろう。

 

「そこの中庭にあるテラスで面接しよっか。今日はいい天気だしねー」

「え?お姉さんが面接してくれるんですか?」

「そうだよ。今日はオーナーが忙しいらしくてね。任されちゃった」

 

まじか。最高じゃないか。オーナーさんのファインプレーも忘れちゃいけない。

 

「じゃ、コーヒーでも買ってくるからテラスに座って待っててくれるかな?」

「はい。分かりました」

 

お姉さんはコーヒーを買いに行ったらしい。あと、お姉さんからかなり良いにおいがした。もうちょっと残り香を……やめておこう。俺からは犯罪のにおいがする。

 

「おまたせ。じゃ早速なんだけど履歴書を見せてもらえるかな?」

「はい、どうぞ」

 

犯罪者のような写りの悪い照明写真が貼られた履歴書を彼女に渡す。彼女はなにやら「うんうん……なるほど」とつぶやきながら俺をちらちらと見てくる。

 

「結城拓斗君って言うんだね。私はここのライブハウスでスタッフとして働いている月島まりな。まりなさんって呼んでもらえるとうれしいな。」

「はい!」

「おっ、良い返事だね。」

 

名前で呼んでほしいってだけでポイントが高いのにウインク付き。そりゃ良い返事にもなる。日本女性がウインクしても似合わないどころかイタイだけだが、まりなさんは例外。全然あざとくないわ。笑顔も素敵だ。

 

「趣味はギターか……うんうん。ギター楽しいよね」

「そうですね。つい夢中になっちゃうんです」

 

少し世間話をする。

 

この後、まりなさんの表情が変わった。ついに選考が始まるのかもしれない。

気を引き締め始めた。と同時に暗記してきた志望動機を準備する。

 

だけど、まりなさんから発せられた言葉によって緊張と志望動機は彼方へと飛んで行った。

代わりに占い師に自分の過去を透視されたような気持ちになった。

 

「私はね、音楽を本気でやりたくてウズウズしている子達を誰かに見つけてもらえるようにって思ってここで働いているんだ。」

「はい」

「それは私の夢でもあるの。そのためにあなたの……結城君の力を貸してくれる?」

「え?」

 

驚いた。

そ、それって……

 

「ここで働いても良いんですか?」

「もちろん!」

「でもどうしてです?ほぼ即決でしたし……」

「それはね……」

 

そう言ってまりなさんは少し顔を下げた。

しばらくの沈黙のあと、顔を上げたまりなさんと俺は目が合った。その時の目は、今も俺は覚えているし、今後も忘れないだろう。だって……

 

「結城君の履歴書の字と顔つきを見たら分かるよ。すっっごく熱意を感じたよ。君となら本気でお仕事ができると思ったんだ。」

 

今まで見たことないようなきれいな目で、しかもそれでいて熱い目だったから。

 

俺の答えはもう決まっている。

 

「これからよろしくお願いします」

「うん。こちらこそよろしくね!結城君!」

 

 

 

 

その日の夜、珍しくベランダの外で缶ビールを飲んでいた。俺の住んでいるアパートにはベランダがある。

 

明日からまりなさんのいるライブハウスで仕事をする。普通は「明日から仕事かぁ」だなんて言って憂鬱になるのだろうけど、今回は違う。何か、俺の人生の中での大きなターニングポイントになるような気がする。今はまだ分からないけれど、そんな気がする。

 

俺は残った缶ビールをぐいっと飲み干して普段は見ない月を見上げながら、もう学校も卒業している社会人なのに柄にもなく決意する。

 

明日から張り切って仕事、やってやるか!

 

 

今日は、満月。朧月ではなく、きれいな満月。

 

 




次話は9月27日(木)に投稿予定です。
次話までまったり待ってあげてください。

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