月明かりに照らされて   作:小麦 こな

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第19話

 

「うーん、目が疲れた」

 

今は夜の十一時。ネットカフェに通い始めて一週間が経つ。チラシを作っているけれど、いくつか家で印刷して出来栄えを見るが、色使いが悪かったり伝えたい部分が目立っていなかったりで想像以上に大苦戦を強いられている。

 

 

いつものように自分のアパートまでゆっくりとした足取りで向かう。するとドアの前に初老のおばさんが立っていた。こんな時間にどうしたのだろうか。

 

「大家さん。こんにちは。どうしたんです?こんな夜遅くに」

「やっと帰って来たか。あんたも悪い男だねぇ」

「何がです?」

 

急に悪い男呼ばわりとはひどいな。まぁ最近まで自己中まっしぐらだったから否定はできないし、完全に治ったわけでもない。大家さんにまで迷惑をかけていたのなら、謝らなくちゃいけない。

 

「九時から十時くらいまでここで若いお姉さんがいたんだよ。人を待ってるって言ってね。あんたを待ってたんじゃ無いのかい?」

「人に会う約束はしていませんけど……」

 

本当に人違いだろう。俺に用がある人はいないと思う。ポピパの誰かかもしれないと思ったけれど、誰にも俺の住んでいる場所を教えたことは無い。まりなさんは知っているだろうけれど、まさか。

 

それに詳しく聞くと、何回か来ているらしい。ますます分からないから大家さんに幽霊でも見たんじゃないですか?なんて言ったら「そこまでボケて無いよ」って軽くあしらわれた。

 

大家さんと別れを告げ、部屋に入る。最近は楽器たちを弾いてあげれていないから少し罪悪感はある。

 

結構順調な滑り出しではあると思っている。あの三バンドの人達から連絡をもらったのだ。脈ありなバンドもあったし、話を聞いてから決めたいと言うバンドもあった。

今日から三日後に取りあえず三バンドの代表者+ポピパで軽く説明をする予定になっている。後はRoseliaなんだけどまだ接点が無い。

 

さっとお風呂に入ってベッドに寝転ぶ。明日は速いから寝なくちゃいけない。

携帯を充電器に刺して、いつものように枕元に置く。

 

携帯が光る。

待ち受け画面は本棚に飾られている写真と同じ。

俺と、まりなさんの二人が写った写真。

 

 

 

朝の七時。携帯のアラームによって目が覚める。携帯の待ち受け場面を見てやる気を出すあたり、相当やばいかもしれない。まりなさんはこんな気持ち、俺に向けてはいないのに。

 

ふと本棚に目をやると、未だに伏せられたままの写真立てがある。あの写真立てはガールズバンドパーティが終わって、成功した時に立てるって決めた。

 

 

今日は特に予定は無いからチラシを完成させる。朝からネットカフェなんて行ったら料金もかかるから家で行い、集中力が切れたら場所を移そう。そして今日中に仕上げてしまおう。そう思い、パソコンを立ち上げた時。

 

「♪~」

 

携帯の呼び出し音が鳴る。好きなスリーピースバンドの曲。

 

「もしもし」

「あ、拓斗さん。朝早くにすみません」

 

電話をしてきた相手は沙綾ちゃんだった。それに声が少し暗いから何かあったのかもしれない。

 

「今日の午後って空いてますか?」

「うん。大丈夫だよ。……何かあった?」

「直接聞きたいことがあって。十七時にうちのお店の前まで来てもらえませんか?」

「分かった。行くよ。十七時だね」

「はい。ありがとうございます。では失礼します」

 

電話は切れた。女子高生からのお呼び出しだから普通なら大喜びだけれど、今回はそんな気分ではない。

電話では無く、直接聞きたい。

そして今日の午後。多分沙綾ちゃんは今日の午後が空いているって確信があったはず。

 

もしかすると、あの件の事かもしれない。

電話が切れた後、待ち受け画面を見ながらそう思った。

 

 

 

 

「お待たせ、沙綾ちゃん」

 

集合時刻ぴったりに着いた俺は、やまぶきベーカリーの前で待っていた沙綾ちゃんに声をかける。沙綾ちゃんは私服に着替えている。

 

「拓斗さんこんにちは。そんなに待ってないので大丈夫です。……公園で話しませんか」

「そうだね。行こうか」

 

二人そろって歩を進める。普段なら恋人みたいな会話だね、なんて言って場の空気を明るくするのだけれど、今回は真面目な話だろうから自重する。

 

十月も目前。少し冷たい風を受けながら公園に着く。特に二人で決めていたわけでは無いけれど、ベンチの方に歩みを寄せる。

 

「拓斗さんって最近CiRCLEに居ないですよね。どうしてですか?」

 

やっぱりその件だった。珈琲店の時はこの事を伏せていたから知らなくて当然だ。今思えばちゃんと話しておくべきだったのかもしれない。

 

「そうだね。ちょっと俺が失敗しちゃって。休職中なんだ」

 

そう、今俺は休職中。オーナーとの相談により休職とさせてもらっている。実質無職のようなものだけれど。休職期間中にガールズバンドパーティがあって、終わったら退職。

 

「そうなんですか。まりなさんと何かあったんですか?」

「うん。俺が色々やっちゃって」

 

今でもまりなさんって聞くと罪悪感によって胸がチクチクする。

 

「やっぱりそうでしたか」

「まりなさん、元気ないの?」

「えっと……そんなこと無いと思います」

 

良かった。まりなさんは元気で。でも多分心のどこかで俺がつけた傷があると思う。今、俺に出来る事はガールズバンドパーティを成功させる事だ。

 

「沙綾ちゃん。ガールズバンドパーティの事、まりなさんに内緒でお願い」

「え?……。はい、分かりました」

 

「でもどうして内緒、なのですか」

 

沙綾ちゃんはさみしそうな顔をしている。あまり内緒と言う言葉が好きでは無いのかもしれない。だから、俺の考えをぶつける。

 

「まりなさんには、笑っていてほしいから」

「え?」

「俺はまりなさんの夢を壊すような事を言ったし、やった。そんな人間が謝っても説得力無いでしょ?」

「……はい」

「だから行動に移して、まりなさんの夢を叶えたいって思った。それに、イベントの企画が俺だって分かったらダメだと思った。俺はまりなさんに許して欲しいって思っていない。それほどひどい事をしたから。だけど、笑っていてほしい。そう言う俺のエゴイストかな」

 

全く、自分は自分勝手だと思う。だけれど、人の夢を叶える手伝いが出来るならしたい。それがその人に嫌われていても。俺はその人の事を大事な人だと思っているから。

 

「ふふっ」

 

沙綾ちゃんが笑った。長々と訳の分からない言葉を連ねただけだからあきれられたかな。沙綾ちゃんは笑顔からにやにやした表情に変わった。

 

「拓斗さんってまりなさんの事、好きですよね?」

「どうだろうね。大事な人だとは思っているよ」

 

大事な人。だって真っ黒な俺を優しく照らしてくれて、楽しい時間を俺にくれたから。

「それって好きってことですよね?」なんて沙綾ちゃんに言われたけど、図星をする。けれど、好きって思ってはいけないような気もする。俺はひどい人間だから。

 

 

 

でも、今はこの感情を持っていても良いですか?まりなさん。

 

 




次話は10月28日(日)の22:00に投稿予定です。
新たにお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
評価9の高評価をつけていただきました グンナンノマサさん!
この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとうございます!

今回のお話での沙綾ちゃんの言動、何か意味深ですね。
今は出番少ないですけどメインヒロインはまりなさんですよ。みなさん知っていましたか?(笑)

では、次話までまったり待ってあげてください。
感想の常時募集していますので気楽に書いてくだされば幸いです。

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