月明かりに照らされて   作:小麦 こな

24 / 36
第23話

 

人間、年を取るにつれて一年が短く感じるようになる。

それをジャネーの法則と言うらしい。俺は専門学生になった時ぐらいから早く感じるようになった。今、二十三歳だけれど、専門学生から今に至るまでは一瞬だった気がする。

 

そんな年単位が早いのだから、イベントの開催が近づくのも早く感じるはずだ。

ガールズバンドパーティの開催まで二週間が切った。参加してくれる各バンドも詰める作業を行っている。

 

MIXバンドについても曲がほぼ完成し、スタジオで合わせ練習も行えている。何回か合同練習やMIXバンド練習を見させてもらった。まだ詰めるところもあるけれど、今のペースなら上手くいきそうな気がする。

 

 

「じゃ、俺も詰めの作業を始めるか」

 

俺は今、ある目的を達成するため花咲川女子学園の近くに来ている。

その目的は女子高生をナンパしてショッピングモールに行ったり、有咲ちゃんの胸のぷるぷるを覗きに来た訳でも無い。

 

「いらっしゃいませー」

「すみません、この紙に書いてあるやつを書いてある分だけ用意して欲しいんですけど」

 

店員さんに紙切れを渡す。これで取引は完了だ。

 

「お渡しできるのは二十日になりますがよろしいでしょうか?」

「はい、結構です」

 

 

「ありがとうございましたー」

 

これで財布の中身がすっかり軽くなった。そろそろ貯金額もやばくなってきた。本格的に仕事のリストアップをしたいけれど、今から中途採用は厳しいかもしれない。アルバイトにしよう。

 

「あ、結城さん。こんにちは」

「あれ?りみちゃん。何してたの?」

 

帰り道にりみちゃんと出会った。彼女も学校帰りなのか制服を着ている。それにベースも背負っているからこれからバンド練習かもしれない。

 

「沙綾ちゃんのところでチョココロネを買いに行こうかと……」

「行こう、りみちゃん!今すぐ!!」

 

 

 

「チョココロネ~~~!会いたかったよー!」

「はぁ~。本当に美味しいよなぁ」

 

二人してやまぶきベーカリーにお邪魔してチョココロネを買った。ここ最近忙しかったから食べてなかったけれど、これは反則だわ。

 

「りみりんと拓斗さんが一緒に来たら大変だなぁ」

 

沙綾ちゃんはちょっと困った顔をしている。

俺とりみちゃんが入店して二人でたくさん並んであったチョココロネが一つ残らず無くした時ぐらいから同じ顔をしている。

 

「結城さんはどうして花女の近くにいたんですか?」

「ちょっと用事でね」

「そうなんですか」

 

この用事についてだけれど、今は秘密にしておこう。みんなの驚いた顔が見たいものだ。香澄ちゃんとかはかなり喜んでくれそうな気がする。

 

「あ、拓斗さん。ポスター出来ましたよ!」

「本当!?見せてもらっても良い?」

「もちろんです!」

 

沙綾ちゃんが渡してくれたポスターを見る。

素直に言うと、クオリティが高すぎる。俺がパソコンで描いたチラシが小学生の落書きレベルに思えてくる。

 

「ありがとう、みんな。これはオーナーに渡すね」

「結城さん。良ければですけど……練習、見てもらっても良いですか?」

「うん。もちろん!」

 

もうポスターまで出来たし、本当にもうすぐガールズバンドパーティが始まるんだな。まりなさんの夢が叶えば良いなと思う待ちきれない気持ちと、イベントが終わればもうポピパのみんなとこうして会えなくなってしまうという何とも言えない気持ち。

 

最近はこの相容れない二つの気持ちが混ざり、複雑な気分になる。

俺にはこんな気持ちになる資格なんて無いのにな。

 

 

 

 

「お疲れさまでした!」

 

スタジオでポピパとAfterglowの合同練習が終わる。

ちゃんとお互いの意見を出し合い、メモまで取りながら真剣に練習している風景を見ると、俺も高校生に戻ってバンドをやりたいって思ってしまった。……それにしてもここのスタジオは設備が良いな。

 

「拓斗さん、感想を教えてくださいっ!」

「私たちもお願いします」

 

こう言う時は真剣に答えてあげる。まずは改善点から述べる。こうすればいいんじゃないか、音色はこうした方が雰囲気に合う、ここは力強く弾いたら歌詞と合うんじゃないか、とか。

その後に良かった箇所をしっかり褒めてあげる。怒られてばっかりでも伸びるバンドもあれば伸びないバンドもある。多分ポピパは後者だろう。

 

個人的な意見だけれど、こうやってバンドを育てるのもライブハウスの、そこで働くスタッフの仕事だと思っている。多分、まりなさんもそう思っていると思う。

 

こうして、じっくりと総評をポピパとAfterglowのみんなに伝えた。

イベントに関わってくれるバンドたちが日に日に上達していくさまに、俺はまるで自分の事のように喜ばしくなって自然と口角が上がった。

 

 

 

 

午後八時。しっかり暗くなって肌寒くなってきた。今日はコンビニに寄って帰ろうかな。久しぶりにビールが飲みたい。安い発泡酒なら今の財布の中身でも買える。つまみはこの前大量に買ったピリ辛のお菓子がある。

 

コンビニに入って、一番安い発泡酒を一本手に取ってレジに向かう。

レジの男性を見た時、折り紙で作られただまし船に初めて騙された子供のような気持ちになった。

 

「いらっしゃいませ……。お前、拓斗か」

「……。久しぶりだな」

 

驚いた。まさかこんなタイミングで再開するなんて思ってもいなかった。

もう二度と会いたくないと思っていた人物で、でも最近は一度話してみたいって思うようになった人物が、そこにはいた。

 

 




           @komugikonana

次話は11月5日(月)の22:00に投稿予定です。
新しくこの小説をお気に入りにしていただいた方々、ありがとうございます!
Twitterもフォローいただいた方もありがとございます!

評価9と言う高評価をつけていただきました Miku39さん!
評価8と言う高評価をつけていただきました とーーーーーーーーすとさん!
この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとうございした!

今話で最後に出てきた人物は一度だけ主人公の語りで出てきているんですよ。
気になる方は第8話をご覧ください。

では、次話までまったり待ってあげてください。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。