「ガールズバンドパーティの企画者、責任者は全て私と言う事にして」
「はい。良いんです。前日リハーサルをすべてオーナーに任せてしまう事、本当に申し訳ございません」
きっと、まりなさんはもうガールズバンドパーティの事を知っていると思う。だからせめて、企画者だけは秘密にしておいて欲しい。まりなさんが純粋な気持ちで、夢を叶えて欲しい。
「……分かった。その代わり」
「はい。何でしょうか」
「ガールズバンドパーティ当日、結城はステージスタッフをしてもらう」
「え?リハーサル無しで急にステージスタッフを、ですか?」
「結城ならぶっつけ本番でも出来るだろう。それに月島とは入り時間をずらすから。本当の企画者なのだから誰よりも近くでライブを見ると良い」
「ありがとうございます」
本当にオーナーには頭が上がらない。俺は幸せ者なのかもしれない。この半年間は俺にとってかけがえのない宝になるような気がした。本当に俺には勿体無い。
その後オーナーとの電話を終え、FAXでポスターを送る。
送られた事を確認した俺は軽くお風呂に入り、買ってきた発泡酒を飲みながらギターの手入れを行う。そのまま基礎練習を一時間ほど行い、気のままギターを弾いた。
基礎練習を一時間行ったのは久しぶりだ。いつもは三十分ぐらいだから。最近弾いていないせいで指がまごついたのだ。
途中アンプに繋ぎたくなりギターを接続し、近所迷惑防止の為に変換を用いてイヤホンでアンプ音を聞こえるようにした。耳元で聞こえるギターサウンドに気分が良くなり、調子に乗ってエフェクターを繋いで弾いた。
ギターに集中していて、気が付いたら日付が変わっていた。明日は確か、湊さんに練習を見に来てほしいって頼まれていた。朝からって言っていたから少し早めに寝ようかな。
アンプの電源を落とし、ギターのチューニングを半音ぐらい下げてからスタンドに立て掛ける。半音下げる理由は、ギターのネックが反らないようにするため。諸説あるし、賛否両論あるから正しいかどうかなんて分からないけれど。
部屋を暗くして携帯電話を充電器に刺しこむ。
暗いからかもしれないが、携帯の待ち受け画面がやたらとまぶしい。
前の俺ならばまぶしくて目をそらしていたけれど、今は見れる。
まりなさんの笑顔を見てドキッとする。
イベント企画の理由は今まで散々言ってきたけれど、一言で言うならばこの気持ちがあったからなんだろうなって待ち受け画面を見ながら思った。
十一月二十三日。ガールズバンドパーティ開催まであと一日と迫った。
出演者のみんなは今頃CiRCLEでリハーサルを行っていると思う。リハーサル途中にもかかわらず、香澄ちゃんが電話を掛けてきて「拓斗さん寝坊ですか?」なんて言われた。今日はオーナーの言う事をちゃんと聞いて良い子にしておくんだよって返すと「拓斗さんが意地悪するーっ!」なんて言って一方的に電話が切られた。
俺は今、外を歩いている。
本当は明日に備えて各バンドのセットリストを見ながら想像で予行練習をするのが正解なのだけれど、外を歩きたいって思った。
半年間色々あった。その軌跡を辿りたいって思った。
そう思い、最初に来たのはCiRCLE。何もかもが始まった場所。今はリハーサル中だから外なら誰にも会わないしこっそり来てみた。実に二か月ぶり。
ここでまりなさんと面接をしたっけ。今でもまりなさんのきれいで、熱いまなざしを覚えている。
なんて感慨にふけっていると、頭に衝撃が走った。
「痛っ!」
もしかしたら香澄ちゃんか誰かに見つかったのかもしれない。けれど頭を叩くなんてやはり最近の女子高生は怖い。
「ちーくん!今までどこに行ってたの!」
「あ、お久しぶりです」
どうやらカフェの店員さんが俺の頭を叩いたらしい。もう少し手加減してくれても良いんじゃないかって言うまなざしで彼女を見た。
「最近ちーくんが来ないから心配したんだよ?それにチョココロネが大量に余るし!」
そう言えば俺がCiRCLEで働き始めてからチョココロネを多く入荷したって言ってたな。やっぱり店員さんと話すのは楽しい。ここまで来てよかったと思う。
「あの、その事でなんですけど。明日で、俺ここ辞めるんです」
「えっ……うそ……」
店員さんは目を大きく見開いている。その後店員さんは少し涙を目に浮かべた。何だか、まりなさんを傷つけたあの時を思い出す。あなたが泣く必要なんて無いのに。
「近くで……働くの?」
「今は考えていますが、隣県で働くつもりですので住む場所も変えると思います」
「そっか」
以前の俺なら、どうする事も出来なかったと思うけれど、今なら少しは声を掛けられる。しっかりと店員さんの目を見て。
「また必ず来ますから」
「約束だよ!」
店員さんはまざさしをこちらに力強く向ける。おまけに店員さんは両手で俺の右手を握るものだから驚く。
「約束しますよ」
「うん!……ごめんね、もうちーくんに会えなくなると思って……」
「大袈裟ですよ。毎週でも来ますから」
「じゃ、ちーくんの旅路を祝ってチョココロネサービスするから持って帰ってね!」
と言って大量のチョココロネが入った袋を渡してきた。この量はダメだろうって思っていたけれど、店員さんは笑顔だし良いか。毎日十個は食べないとな。
「これ、余ったチョココロネですよね。ありがたくいただきますけど」
「余りじゃないよー!……明日、ちーくんの最後の仕事、頑張ってね」
「ありがとうございます」
次に向かったのは商店街。
一度有給をとってここに来たっけ。たしかカフェの店員さんに場所を教えてもらって来た気がする。
「お店に入ったら沙綾ちゃんがいて驚いたんだよな」
やまぶきベーカリーの近くに着く。流石にこれ以上パンを買うわけにはいかないけれど、良くここに来た。初めて来た時、後ろからまりなさんに肩を掴まれたのは本当に驚いたよな。何でここにいるんだって。
「そして、沙綾ちゃんと待ち合わせて公園で話をしたな」
そして、ガールズバンドパーティの事を内緒にしてってお願いした。なぜ沙綾ちゃんがその事について聞いて来たのかなんて分からないけれど、訳の分からない事をグダグダ話した。
……羽沢珈琲店ではみんなにジト目で見られた。
CiRCLEの近くにあって、機材購入でお世話になった江戸川楽器店。
何度も来た事あるが、一番印象に残っているのは最後に行った時。すなわちあの会話、間接的にクビ宣言をされた日。
そう言えば自分のギターに使うか、それともまりなさんのギターに使うか悩んで結局自分の為にハードケースを買ったよな。使わずじまいでベッドに下に息を潜ませている。
明日、こっそりハードケースをCiRCLEの物置に置いて帰ろうかな。使わずじまいなら、使ってあげた方がハードケースも喜ぶだろう。
丁度楽器店にいるんだ。湿度調整剤を買ってハードケースに入れておこう。
色々回って、自宅に着いた。日も暮れているんだから結構歩いたのかもしれない。ここは俺が住んでいるアパートだけれど、思い出がたくさんある。
CiRCLEでのライブイベントが終わったら決まってここで打ち上げをしていた。二人で。今伏せられている写真立ての写真も、今の俺の携帯の待ち受け画面の写真も、ここで撮った。同じ写真だって言うツッコミはしてはいけない。
いつもまりなさんがアルコール飲料をこれでもかっていうほど買って、ひどい時は酔いつぶれてしまう。ライブイベント前の部屋の掃除と、天然水の補充は俺の日課だった。
あの楽しい打ち上げがいつでもできるんだって思っていたけれど、終わりは突然来たんだ。原因を作ったのは俺だ。だけどもう一度、打ち上げをまりなさんとしたいな。
「♪~」
あ、電話だ。
「もしもし。」
「結城か?私だ」
「あ、オーナー。お疲れさまです」
「明日、朝の九時にCiRCLEに集合だ」
「分かりました。わざわざお電話していただきありがとうございます」
明日の朝九時か。確か十九時に開始だったからかなり早めだな。その時にしっかりセットリストと機材を照らし合わせよう。
「結城」
「はい」
「良いライブイベントになりそうだな」
「それは明日にならないと分からないですね」
ベランダに出る。
夜の冷たい風にあたりながら、真っ暗な空を見上げる。
今日はたくさんの思い出に触れながら、一日を過ごした。思い出に浸っていると、ある事に気がついた。
思い出の全てに、まりなさんが関わっていたんだ。楽しい思い出が多くて、思い出しても口元が緩む。
明日はまりなさんに、恩返しをしよう。そしてお礼の気持ちを込めて、ガールズバンドパーティをまりなさんに届けよう。
曇っていて全く見えない月に、そう誓った。
雲の奥では力強く光を照らす月があった。
@komugikonana
次話は11月8日(木)の22:00に投稿予定です。
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現在、次回作の終盤を書いているのですが……感情移入しながら書いているとつい泣いちゃいました(笑)作者は涙腺弱い系男子ですので(笑)
では、次話までまったり待ってあげてください。