月明かりに照らされて   作:小麦 こな

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第26話

 

いつもライブイベントの時に着ていく黒いポロシャツをかばんの中にしまう。

鏡に前に立つ。そしてヘアワックスをつけてスプレーで固める。準備は出来た。

かばんとハードケースを手に持ち、あの場所に向かう。

 

 

二ヶ月ぶりにこの時間に向かう。半年ぐらい通っていたのに、何だか慣れない土地を歩いているように感じる。なんだかむずがゆい。

 

「おはよう、結城。早かったな」

「おはようございます、オーナー。今日はよろしくお願いします」

 

集合時間より二十分も早いけれど、オーナーとCiRCLEに入る。ここに入るのも二か月ぶりで懐かしい気分だ。緊張もあってそわそわする。

 

「何そわそわしてんだ。月島は十五時まで来ないから安心しろ」

「え、そうなんですか」

「十四時に出演者が入る。それまでにステージに行って確認して来い」

「わ、分かりました」

 

持ってきたハードケースをステージ袖に置き、機材チェックとセットリストを確認する。MIXバンドの時は大幅に機材の配置が変更になりそうだ。少し頭で整理をしておく。今日のPAはオーナーが担当する。後で無線も問題なく使えるかチェックしておこう。

 

徐々に緊張を解いていき、ふとステージ全体を見るときれいな装飾が施されておりパーティ会場のように感じる。自分で企画しておいてなんだけれど、俺も演奏がしたい気分になる。

 

セットリストを頭に入れて準備が整ったのでそっとかばんからポロシャツを取り出し着替える。この時期半袖は寒いから中に長袖のインナーシャツを着た。

その後オーナーと詳細の確認を行い、軽く二人でリハーサルを行う。

 

リハーサル後、オーナーに誘われお昼を食べながら十四時になるのを待った。

 

 

オーナー曰く出演者全員が楽屋に入ったらしいので、かばんを持って彼女たちのもとへ向かう。彼女たちに渡したいものがあるから。

 

ノックをする。中から「どうぞ」と声がかかったのでドアを開ける。

 

「皆さん、おはようございます」

「拓斗さんだーっ!」

 

今回の控室は一部屋しか解放していないから大分狭いけれど、合同ミーティングが出来たり勝手が良いと思い、一部屋にした。

 

「皆さんに渡したいものがあります」

 

かばんを床に置いて渡したいものを取り出す。それは。

 

「皆さん二十五人分のお揃いのシャツを作っておきました。事前に洗ってあるのでこのまま着て演奏してもらえると嬉しいです」

 

そう、彼女たちにお揃いのシャツを用意した。オリジナルのシャツを作ってくれる店が花咲川女子学園の近くにあって、お願いした。

洗濯は俺の家で行ったから一度にこの量が干せないから、そりゃもう大変だった。

 

「それでは、本日はよろしくお願いします」

 

そう言って楽屋を出ようとしたけれど、香澄ちゃんに「待ってください!」と言われ振り返ると二十五人みんなが、

 

「ありがとうございます!!」

 

と言うから、照れくさくなって右頬を掻きながら頭を下げることしか出来なかった。

 

 

楽屋を出るとすぐ近くにオーナーが立っていた。

「なんだ?女子高生にお礼を言われたら照れるのか?」

「……なんでいるんですか」

 

オーナーは必死に笑いを堪えている。すごく恥ずかしいところを見られた。そりゃあんなにかわいい女子高生が二十五人集まってお礼を言われれば恥ずかしくなるだろう。なるよね?

 

「恥ずかしくならないだろう。……まさか今まで一度も彼女を」

「それ以上、言わないでください」

 

凄く惨めになってきた。この年で一回も彼女が出来た事の無い野郎なんて結構いるだろ?逆に何回も付き合った事のある奴の方がおかしい。女性を何だと思っているんだ。

 

「どうでも良い事は置いといて本題に行くぞ」

「どうでも良いんですか……」

「結城、お前は今日、ステージ袖で演奏を見るだけで良いぞ」

 

はい?ステージスタッフしろって言われたし、そのためにいるんだけれど。

 

「どういう事ですか?」

「出演者に出来るだけ自分たちでセッティングしろと伝えてある。お前は緊急事態用だ」

「そんな滅茶苦茶な事して良いんですか」

 

出演をお願いしておいて、自分たちでセッティングしろってライブハウスとして終わってるような気がする。

 

「今回ばかりはみんな了解してくれた。企画者として近くで見て、お前の目的を達成しろ」

「え?」

「年食えばだいたい分かるんだよ。その代わり、私が無線入れたらしっかり動け。いいな?」

「はい!」

 

何だかすごく横暴なやり方だけれど、今回はありがたい。まりなさんに一度も見られる事無くイベントを終わらせられるから。全部オーナーは分かっていて、気を使ってくれたのだろう。

 

 

 

入場が始まる。受付はまりなさんがやっているらしい。俺はステージ袖でお客さんがどれくらい来ているかこっそり見る。

まだ入場している途中なのに、今まで行ってきたライブイベントよりも大勢のお客さんが既に来ている。まりなさんは大変そうだな……頑張ってください。

 

携帯の時計を見ると、開演時間の三十分前を表示している。もうすぐトップバッターが準備しに来るはずだ。えっとトップバッターは……。

 

「拓斗さんの携帯の待ち受け画像女の人とツーショットだ!いいなーっ」

「うわっ!」

「香澄、人の携帯勝手に見ちゃダメだよ?」

 

香澄ちゃんに見られてしまった。しかも中々大きな声で。女子高だから恋愛系はがっついてくるのかもしれない。沙綾ちゃんもっとちゃんと叱って!

 

「急にびっくりしたよ香澄ちゃん。調子はどう?」

「それはもうばっちりですよーっ!」

 

調子がばっちりなら良かった。今回もかなり期待しているから頑張ってね!

……有咲ちゃんが「うわっ。露骨に話題替えたなー」って言うのが聞こえてかなりメンタルにダメージを受けた。

 

もうすぐガールズバンドパーティが始まる。ポピパのみんなも真剣な顔になる。

 

「拓斗さん!私たちと円陣組んでみませんかっ!?」

「え?俺も?……まぁいいけど」

「拓斗さん。掛け声お願いします」

「分かった。……もう出番だね。トップバッターらしく盛り上げて来い!」

「「「「「「ポピパ!ピポパ!ポピパパ!ピポパー!」」」」」」

 

そう言ってステージに飛び出していった。

初めて会った時はまだ「バンドを組んですぐです!」みたいな初々しい感じだったけれど、成長スピードが早い。安心して見られる。

 

「みなさーん!こんにちはーっ!Poppin’Partyです!」

 

演奏が始まる。まだ技術面なんてまだまだだし、粗さも目立つ。

だけれど、彼女たちの音楽は聴いている人達の心に響く。歌詞に、演奏に感情がこもっているからもっと聴いていたいってなる。そして何より楽しい気持ちになる。これが出来るバンドが成功する。

 

良いバンドになったね。

 

「結城さん」

 

後ろから声が聞こえたから振り向くと、そこには湊さんがいた。出番はもう少し後なのに。

 

「結城さんが言っていた私たちに足りないもの、分かったわ」

「そっか。ますます良いバンドになるね」

「頂点を目指しているもの。当然よ。……ありがとう、結城さん。私たちの今後も見ていて」

「もちろん。俺の注目バンドだから」

 

湊さんは流石だ。

Roseliaはミスなんてほとんどしない、忠実な音楽。それは悪く言うとCD音源みたいに感じてしまう。だから、色んな音楽、色んなバンドを見て欲しい。バラードでも、クラシックでも。色々な音楽観を手に入れられれば、アレンジも、弾き方も、感情も、歌い方にもバリエーションが増える。つまり表現力が磨かれる。だから色々なジャンルを一流レベルで演奏できるんだ。

一発屋のアーティストは同じ曲調しか出来ないんだ。だから、売れない。

君たちにはそうなってほしくないから。

 

これは五バンド全てに言えること。多分、全バンドが気づいただろう。

五バンドとも今後が楽しみだ。

 

 

「次で最後の曲になります」

「バンドの垣根を越えて、私たちで作った曲です」

 

「「「「「聴いてください」」」」」

 

クインティプル☆すまいる

 

各バンドのボーカルたちで歌うMIXバンド。

一番のAメロで感じる。やっぱり気づいていたんだねって。

途中から、視界が霞んできた。彼女たちが作った詞で大人が泣いてしまうなんて思わなかった。

彼女たちの歌詞が心に響く。そしてガールズバンドパーティを企画し始めた頃から今までの思い出がフラッシュバックした。

 

まりなさんにひどい事を言って、自らの過ちに気づいて。

イベントを企画して、素敵なバンドたちに出会って。

オリジナルTシャツを作って、素晴らしいステージが出来て。

 

 

彼女たちも俺に大切なものを教えてくれたのかもしれない。

何度失敗してしまっても、出来損ないの人間なんていない。みんな素敵なんだって。

 

 

ステージ袖でこそっと観客の方を見る。

視界が霞んでいるから上手く見えないけれど、まりなさんを見つけた。

まりなさんのその素敵な笑顔に、幸せが来ますように。

 

オーナーが無線でつぶやいた。

 

「よくやったな、結城」

 

 

 

ありがとうございます。オーナー。

ありがとう、みんな。

 

俺はみんなに出会えて、良かった。

 

 

 

 

ガールズバンドパーティは特にトラブルも無く、無事に終わった。あの後もアンコールがあったりで俺が知っている中で、一番のライブイベントになったんじゃないかなと思う。観客全員が楽しく過ごしてくれたのではないだろうか。

 

現在、俺はさっきまで活気のあったステージを一人で観客サイドから見ている。余韻に浸っているところだ。

オーナーは出演者の楽屋に向かった。各バンドに今日のお礼と総評を伝えている。まりなさんは客出しして、終わったら楽屋に行くと思う。

 

「♪~」

電話の音が静かに響く

 

「結城!今日のライブは大成功だな!音楽関係者の方もいつもの倍以上来てくださった」

「これもオーナーのおかげです」

「嫌に謙虚だな。それよりだ、結城」

「はい」

「お前の去就、この後じっくり考えろ」

「あの……。もう決めてるんですけど」

「いいから考えろ。今日中で無くても良いから。それとまだライブ会場にいるのか?」

「はい、まだいますよ。もうすぐ帰りますけど」

 

 

後ろのドアがゆっくり開いた音がした。

そして、足音がだんだん近づいているような気がする。

 

「結城にどうしても話がしたい人がいるんだ。もうすぐ着くだろうから。じゃあな」

 

電話が切れた。

俺はゆっくりと後ろを向いた。

そこには自分から傷つけておいて、そのくせ会いたいのに避け続けてきた人がいた。

 

 

 

 

「結城君」

 

 




@komugikonana

次話は11月9日(金)の22:00に投稿予定です。
新しくこの小説をお気に入り登録してくださった方々、ありがとうございます!
Twitterでフォローしてくださった方もありがとうございます!

またこの作品に評価8と言う高評価をつけていただきました Siroapさん!
この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!!

今回のお話は2話分を1話に凝縮致しましたので少し長くなっております。
みなさん、長らくお待たせしました。次話に「あの人」が登場します。そしてクライマックスを迎えます。

では、次話までまったり待ってあげてください。

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