月明かりに照らされて   作:小麦 こな

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Afterstory
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寒さが厳しくなる十二月。その月の最初の月曜日の昼、俺こと結城拓斗は自分の職場へと足を運ぶ。寒がりな俺はマフラーにカーキ色のチェスターコートとばっちりな防寒装備。

関係者出入り口の鍵を開けて、中に入る。

 

「おはようございます」

 

まぁ誰もいないけれど、一様挨拶は大事だ。ライブハウス関係者は朝から準備をしている人たちが多いから昼に入っても夜に入ってもおはようございますと言う。

……今日は何も用意してないから別に普通で良いのだけれど、癖だ。

 

暖房を思いっきり入れる。そしてコートをロッカーに掛けて、日課のフロア清掃を行う。特に休日など無い俺たちはこうして月曜日はお昼出勤だったりする。

 

さっと掃除と機材チェックを終えた俺はカフェに行き、いつもの十個とミルクティーを外とは対照的なライブハウス内で味わう。寒さの中、仕事をしている店員さんには満面の笑みを残して屋内に入ってやった。

 

「一個チョココロネもらうね」

「え!?あ、ちょっと」

 

後ろからひょいっと手が出てきてチョココロネが一つ無くなる。

 

「う~ん!美味しいね」

 

そう言って俺のチョココロネを食べているのは、月島まりなさん。俺が働いているライブハウスCiRCLEの先輩スタッフであり、俺の大事な彼女。

 

「おはよう。拓斗君」

「おはようございます。まりなさん」

 

 

ガールズバンドパーティが終わって一週間と何日か経った。その時に俺とまりなさんは恋人になったのだけれど、俺は呼び方をまりなさんのまま変えていないのは関係が変わっても先輩だと思っているから。まりなさんには「オフの時ぐらい呼び捨てで呼んで?」と良く言われるが、今は仕事でなくてもまりなさんと呼んでいる。

 

 

「拓斗君。あの子たちいつ頃来るって言ってた?」

「えっと、四時半って言ってましたよ」

 

今日は俺たちCiRCLE側からあるバンドを呼びだしている。

理由としてはロッキンスターフェスの出演をオファーするため。ロッキンスターフェスっていうのは、全国のライブハウスが集まってあんな事やこんな事など凄い事をするイベント。

 

「でも四時半って結構急がないとしんどいよね?」

「まりなさん。もう想像がついています」

 

絶対に走って来るだろう。まりなさんも「あの子たちらしくて良いね」ってクスクス笑っていた。

俺もそうだな、と思いながら残りのチョココロネをリスがドングリを食べているような感じで食べた。

 

「それじゃあ、それまでの間に……」

 

まりなさんがチョココロネを食べ終えた俺の方に近づいてきた。

ま、まさか。こんな真昼に……。た、確かに今日のお昼はスタジオの予約が無いけれど。でも、誰かに気づかれるかもしれないって緊張しながらというのも良いのか。「拓斗君のドラムスティック、ちょうだい?」とか言われて……。あるかもしれない!

 

「買い出しに行ってきて。拓斗君」

 

 

無かったです。

 

 

 

江戸川楽器店で機材購入を終え、使えない物を処分するなり家に持ち帰る用にかばんに入れたりしていると、四時二十分になっていた。そろそろあの子たちが来ると思うので受付の方に向かう。

まりなさんと雑談をしていると、入り口のドアが大きな音をたてて開いた。

 

「こんにちはーっ!」

「いらっしゃーい!待ってたよ」

「こんにちは。香澄ちゃん」

 

入ってきたのは猫耳をつけたような髪形の女子高生、戸山香澄ちゃん。俺たちが待っていたバンドは香澄ちゃんたちが組んでいるバンド、Poppin’Party。

案の定、来たのは香澄ちゃん一人。俺とまりなさんはニコニコしながら他のメンバーの到着を待つ。香澄ちゃんたちに会うのも、あのライブイベントぶり。

 

「ちょっと香澄……走るの速すぎだって……」

 

しばらくして沙綾ちゃん、おたえちゃんにりみちゃんが入って来る。みんな大分息が荒いから本当に走って来たんだな。……あれ?一人足りない。

 

「……はぁはぁ……ふぅ」

 

ありゃ、有咲ちゃんが相当疲れている。結局この後のやり取りも変わらなくて、俺は声を出して笑った。やっぱり、こうじゃないと。

どうやら走ってきた理由は香澄ちゃんの補習が原因らしい。仕方無いな。補習が悪い。

 

「まりなさんたちが私たちを呼び出すって……何かありました?」

「まさか、香澄がまたなんかやらかしちゃった……とか?」

 

沙綾ちゃんと有咲ちゃんが言う。

 

またと言うのには理由がある。ギターアンプを一個壊してしまったり、香澄ちゃんがテンション上がってマイクスタンドを振り回していたら、角が当たって鏡を割ってしまったり。

 

安心して欲しいのはCiRCLEの方針で、壊したお金はバンドから徴収しない事になっている。子が壊したものを親が払うようなもので、すべてCiRCLEが負担する。

……その後決まって俺の通帳から十万単位でお金が消えていたこともあるけど、そこには触れないでおこう。

 

有咲ちゃんが言った言葉に反応した俺は少しその発言に乗ってみる。

 

「香澄ちゃん、心当たりあるよね?」

「え!?えぇぇ!?どうしよ、心当たり無いよ~」

 

あたふたする香澄ちゃんが何だかかわいい。今まで遊んでいたネコジャラシを届かないところに置かれた子猫のような感じ。

 

「もう!拓斗君。意地悪したらダメでしょ」

 

まりなさんがその言葉を発言した瞬間、ポピパのみんなの顔がまりなさんの方に向く。うん。何だか嫌な予感がする。

 

「まりなさん今、拓斗君って名前で呼んだよっ!」

「そーいや前までは結城君だったからな」

 

香澄ちゃんが大声で聞くし、有咲ちゃんは核心を突いた。

まぁまりなさんも大人だしさらっと笑顔で誤魔かしそうだと思ってまりなさんの方を見た。

 

そこには

 

 

 

 

 

顔を真っ赤にしたまりなさんがいた。

 

 




@komugikonana

次話は11月14日(水)の22:00に投稿予定です。

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この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!!

拓斗君の飲み物がミルクティーに変化していますねって感想を複数いただきました!飲み物はこの作品では拓斗君の心情を表しているんですけど、気づいてくれる方が多くいらっしゃって感無量です!

では、次話までまったり待ってあげてください。


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