月明かりに照らされて   作:小麦 こな

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Afterstory6

「やっほ。拓斗」

 

空いた口がふさがらないどころか目が見開いてまばたきが出来ないみたいな、とにかく驚いて言葉が出ない。

俺の周りだけ、時間が止まってるように感じる。

 

 

「えっ!?お姉さん拓斗さんと知り合いなんですかっ!?」

「うん。そうだよ」

「もうすぐ私たち、ライブしますのでお姉さんも聞いてくださいっ!」

 

香澄ちゃんたちはそう言い残し、ライブ会場の方へ走って行った。

まさかここで出会うなんて思ってもいなかったから、心臓の音が激しく脈打っている。まるで心のドアをノックしているように感じる。

 

「拓斗君……私、席外した方が良い?」

「いえ、大丈夫ですよ。でも少し話をさせてください」

 

正直まりなさんに席を外してもらった方が気持ちは楽だと思う。だけどそれではダメな気がした。まりなさんは恋人として、俺の言葉を聞いてもらいたい。

 

「……久しぶりだな。どうして俺がCiRCLEのブースにいると知ってたんだ?美空(みそら)

「えへへ。雄二君から電話で聞いちゃった!」

 

なるほど、雄二から聞いたか。あの短髪ゴリラは口がかなり軽いからな。

美空は、俺と雄二と組んでいたバンドのベース担当だ。雄二がみっちゃんと呼んでいる。肩ぐらいまである黒髪は相変わらずきれいで、黒縁メガネも変わらない。

 

俺は心のドアをゆっくりと開ける。開けなくてはいけない。

 

「美空。その、今更……なんだけどさ」

「なにー?」

 

俺と雄二がスタジオでケンカした時、美空はいつものふわふわした雰囲気は一切なく泣きながら止めようとしてくれた。そして、夢を壊した。

 

「美空の夢、俺が壊したよな。……ほんとにごめん」

 

美空は俺たちの中で一番メジャーデビューを目指していた。俺が一緒に有名になろう、って言ったら快諾してくれたし、一番初めにメンバーになってくれた。

 

「謝るよ。でも……」

「でも?」

「美空と雄二と組めて楽しかったんだ。お前たちだから楽しかった。だからさ、ごめんと一緒にありがとうを伝えたくてさ」

 

最近、俺はまりなさんと恋人になった時に気づいた事がある。それは、謝るだけでは一方的なんだって事。だから謝る事と一緒に感謝もしなくてはいけないって気づいた。

 

「私も楽しかったよー!今もあの時の経験が活きてるしねっ!」

「俺とバンドを組んでくれて、ありがとうな。それとあんな終わり方してごめんな」

 

何度謝っても傷は簡単には癒えない。だけど感謝の言葉で謝る事も出来るんだ。

 

「ふふっ!私、今は音楽でお金稼いでいるんだよっ!スタジオミュージシャンだよ!すごいでしょー」

「そうか。流石じゃん」

 

スタジオミュージシャンは正確な演奏技術は当たり前で、とっさの注文に応えられるような応用力に加えてアドリブ力も必要だ。美空なら軽くこなしてしまいそうだけれど。

 

「ねぇねぇ、拓斗」

「うん?」

「もう一度、雄二君を入れた私たちでプロを目指さない?」

 

なるほどな、確かにもう一度夢を見るのも良いかもしれないな。今ならギリギリ間に合いそうだ。俺の答えは決まっている。

 

ふと後ろから、まりなさんが声をかけてきた。

 

「私は応援するよ?拓斗君」

「まりなさん……。ありがとうございます」

 

俺は、こんな恋人を持てて幸せだと思う。こんなにも俺を見てくれているのだから。まりなさん、俺の答えを聞いてください。

 

 

 

 

 

 

 

「美空。その話は断るよ」

「え?どうして?」

 

確かにもう一度夢を目指すのも良い。だけれど俺にはもう、夢があってそれを叶えたいんだ。一度に二つも叶えられるほど甘くないだろ?

 

「俺はさ、新しい夢が出来たんだ。CiRCLEでここにいるまりなさんと二人で『音楽を本気でやりたくてウズウズしている子達を誰かに見つけて』もらえるようにするのが今の夢なんだ」

「そっか……。大事な人なんだね」

「うん。暗闇の中、一人だった俺を引っ張り出してくれた大事な人だよ」

 

後ろからまりなさんに腰をぎゅーっと摘ままれてすごく痛い。きっとまた、まりなさんは顔を赤くしているに違いない。

 

「ふふっ、あははは!!」

「な、突然笑いだしてどうした?……あ」

 

美空が突然笑いだす時は、昔から決まっている。

 

「美空!お前、さっきのドッキリだなっ!」

 

いつも美空がドッキリを仕掛けてきて、ネタバレする時はこのように大笑いするんだ。本当にタチの悪いドッキリだ。

 

「雄二君が言ってた通り、本当に拓斗変わったね!」

「うるせーよ。……でもさ、プロは無理だけどたまには三人で音を合わせないか?」

「うん!もっちろん!」

 

 

 

俺の心にあった、しまったままのドアが全部空いた。過去の事を何も無かったかのように閉じてあったドア。

多分、このドアは誰にでもあると思う。もちろん閉めたままにしておいても良いけれど。

 

「そろそろ行くね?……あ、拓斗。たまには私のお店にも来てね?」

「あ?お店?……どこにあるんだ?」

「カメラ屋さんの近く!Le beau cielっていうお店!」

 

 

俺はあえて勇気を振り絞って開けた。案外悪い思い出が良い方向に行くこともあるらしい。

この物語ではそうだったから。

 

 




@komugikonana

次話は11月24日(土)の22:00に投稿予定です。
次話を最後に『月明かりに照らされて』は完結となります。

新しくこの小説をお気に入りにしていただいた方々、ありがとうございます!
Twitterをフォローしてくださった方もありがとうございます!

お気に入り数が250を突破致しました!これも読者のみなさんのお陰です。
この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!!
それと、この小説を推薦してくれた黒猫ウィズさん!ありがとう!

「Le beau ciel」ってベース専門店、みなさん見覚えありますか?
第13話に一度登場しているんですよ。店名は仏語で「美しい空」と読むんです。
「仏」って漢字は背中をそむけている二人の人間に見えたので仏語にしました。私、大学では第二言語は独語なんですけどね(笑)

では、次話までまったり待ってあげてください。


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