「助けてーっ!」
涙目の香澄ちゃんが出てきた。彼女の相棒である赤いギターと共に。
すぐに駆け寄った。まりなさんも心配そうな顔でこちらをのぞいている。もしケガとかなら応急処置をしなくちゃいけない。俺たちが焦っちゃいけない。ここは落ち着いて……。
「どうした!大丈夫か?香澄ちゃん」
「どうしよう。拓斗さん……」
「まずは深呼吸をして、それから何があったか落ち着いて話してくれないか」
香澄ちゃんは「あのねっ」と涙目でたどたどしく言った。見た感じ香澄ちゃんはケガをしていなさそうだけど、油断はできない。まだ寒気がする。残りのメンバーが出てこないのが嫌な予感を増長させる。頼むからみんな無事でいてくれ。
香澄ちゃんが放った言葉。それは俺たちの度肝を抜いた。すさまじい勢いで。
例えるならば、初めて真近で人工衛星の打ち上げに立ち合い、目の当たりにしたような感じ。
「ギターの弦が切れちゃった……」
「……そうか」
香澄ちゃんから放たれた言葉によって、今まで感じていた不安はロケットのようなスピードで消え去り、寒気は宇宙の彼方にまで飛んで行った。
こんなにも脱力したのは人生で初めてかもしれない。思わずその場で座り込んでしまう。まりなさんは苦笑いを浮かべながらどこかに消え去り、スタジオからはあきれ顔をした四人がぞろぞろと出てきた。
「そんなことで騒ぐな!こっちも心配しただろ!」
「ごめーん!有咲ぁー」
「だから抱きつくなっての!」
一応スタジオで何があったのか沙綾ちゃんに聞いた。沙綾ちゃん曰くいつも通り練習をしていたのだけれど急に香澄ちゃんが「あっ」と言って演奏を中断。何があったのか確認する暇もなくそのまま走って出ていってしまったらしい。念の為に言っておくけれど、ギターの弦が切れるのはよくある事だ。
この世界は平和だ。ギターの弦が切れただけでこんなにも盛り上がれるのだから。しかしスタジオの使用時間がまだ少し残っているからこのまま練習を終えるのはもったいない。
どうしようかと考えていると、まりなさんが出てきた。手に何か持っている。
「まぁでもケガとかじゃなくて何よりだよー。はい、香澄ちゃん。貸出用のギター使って」
「わぁー!ありがとうございます。まりなさん」
どうやらまりなさんは貸出用のギターを取ってくるためにどこかに行っていたようだ。俺もここのスタッフだし、ギター経験者だ。弦の張り替えに少しだけレモンオイルをかけてきれいにしてあげよう。ほんの少しのサービスだ。
「じゃ、みんなが練習している間に弦を替えてあげるからギターを預かっても……いいかな……」
「どうしたんですか?」
香澄ちゃんが首をかしげている。かわいいなぁ……じゃなくて。ギターをよく見る。見間違いじゃないと思うけどESPのランダムスター。高級品だ。今の高校生の金銭感覚は大丈夫なのだろうか。それともお金持ちなのかもしれない。値段は……言わないでおくけれど俺が初めて買ったギターの十倍以上するだろう。もしかしたら俺の所有している楽器をまとめて買ってもお釣りがくるかもしれない。
「あ、いや。良いギター持っているんだなと思って。ちょっと預からせてもらいますね」
「キラキラドキドキしますよね?拓斗さんっ!」
キラキラドキドキが何かは知らないけど、ドキドキはした。ESPのギターを手にしたから。後、俺の話した内容の答えになっていないんじゃないかと思ったけれど、気にしたらダメな気がする。ギターを借りても良いと勝手に解釈しよう。
ポピパのみんなは再びスタジオに入っていった。その間に弦を張り替えなくてはならない。多分だけれどギター経験者なら弦を替えるのが好きな人って多い気がする。普段掃除できないようなほこりも掃除できるし、仕上げに使うレモンオイルのにおいが好きだったりする。
ちなみにだけれど、ギターの弦を替えた直後はチューニングが安定しないから三時間ぐらいは何もせず置いておいた方が良い。
少しの高揚感を持ちつつ、弦を緩めてニッパーで弦を切っていく。ばちっと言う音もたまらない。そして新しい弦を取り出し、ペグに巻きながら張っていく。ペグっていうのはギターの先端についているやつ。チューニングする時に回す部品の事だ。
ギターは六弦からE、A、D、G、B、Eの音階がレギュラーチューニングだ。最初は覚えるのが大変で苦労したけれど、家でじいさんバッドエンドって語呂合わせを思いついたら忘れなくなった。
「それにしても意外だなー」
「何がです?」
弦を巻きながらまりなさんの方を向く。何が意外なのだろう。たまにまりなさんの言う事は分からない。ギターの弦を楽しそうに替えることが意外なのだろうか。でも、面接時にギターが趣味だということを話しているはずだ。
「優しいところもあるんだなーってね」
「……。それって普段は優しくないって聞こえますけど」
「ははっ、そうだね」
いきなりはずるい。顔が熱くなる。女の人に優しいって言われただけで照れるなんてどうかしている。もしかしたら、まりなさんに言われたからこそ照れたのかもしれない。真相は分からないけど。だから憂さ晴らしに照れ隠しを言った。
赤くなった顔を隠すために急いでクリップチューナーを取り出しギターをチューニングする。だけど脳裏にまりなさんの表情がくっついて離れない。俺には無いあの明るい笑顔。
チューニングは終わったけどまだ顔が熱いからクリップチューナーをつかんで自分のあごにくっつけて「あー」って言っていたら、まりなさんは「結城君が壊れちゃったー」なんて言って腹を抱えて笑っていた。
チューナーには“A”と言う文字が浮かび上がっていた。
次話は10月2日(火)の22:00に投稿予定です。
この小説をお気に入りにしてくださった方々、本当にありがとうございます。
伝え忘れていて申し訳ないのですが、評価9をつけてくださったsteelwoolさんありがとうございます!この場で感謝の言葉を述べさせていただきます。
常時感想を受け付けておりますので、何かあれば送ってきてください。よろしくお願いします。
では、次話までまったり待ってあげてください。