月明かりに照らされて   作:小麦 こな

7 / 36
第6話

 

「ありがとうございましたー」

 

結局、チョココロネとその他多数のパンを購入してやまぶきベーカリーを後にする。

これで毎朝おいしいパンを食べられる。でも、今はそんなのんきな事を考えている場合ではない。

 

「それで、ナンパは成功したの?」

「ナンパじゃないですって」

 

今はまりなさんと一緒にあの場所に向かっている。普段ならご褒美イベントなのだけれど、今回は違う。どうして有給を取っただけなのにこんなにまりなさんにいじめられているのか。その理由は有給を申し出た日までさかのぼる。

 

 

 

 

俺はカフェの店員さんが教えてくれたパン屋さんが気になって仕方がなく、どうしようか悩んでいた。店員さん曰く「人気店だから仕事前に行っても買えない」らしい。その後ふと有給を取ればいいじゃないかと思い立った。我ながらナイスアイディアだ。

 

善は急げ。早速まりなさんに申し出る。

 

「まりなさん、少し時間良いですか?」

「うん。どうしたの?」

 

デスクワークをわざわざ止めてくれた。

 

「この日に有給取りたいんですけど……」

「うーん……もうすぐイベントがあるから出来るだけ来てほしいのだけれど」

 

知っている。約一か月後にイベントがある事もいきなり有給なんて取れない事も。だけれど、どうしてもあの絶品チョココロネを作っているお店を拝んでおきたい。そして産地でアツアツできたてを食べたい。ここで最終手段をとる。

 

「好きなバンドのライブがあってチケットまでとったんですよ……」

もちろん、うそだ。

「んー……しょうがないなぁ。私が取っていた有給を結城君にあげるよ。」

 

イベント後に使う予定らしかった有給をくれるらしい。まりなさんは「オーナーに上手く言っておくから」と言って電話をしに行った。

その時から、俺は宿題があるのを母親に隠して広場まで野球をしに行った。もちろん、結果は知っての通りだ。カミナリオヤジの家の窓を壊すわ、母親に宿題を隠していたのがばれるわで散々である。

 

 

 

「結城君の目的はライブじゃなくてやまぶきベーカリーだったってこと?」

「本当に申し訳ありません」

「まったくもう……しょうがないなぁ」

「え?」

 

いつものまりなさんの雰囲気に戻っている。明るくて、マイナスな出来事をプラスに捉える、俺には無いあの雰囲気。

 

「反省しているなら良し!明日からばっちり働いてもらうからねー」

 

太陽のような光とは違う優しい明るさなのだけれど、俺にはその明るさはまぶしすぎて直視できなかった。

 

 

そして目的地に着く。ライブハウス「CiRCLE」。

 

実はまりなさんがやまぶきベーカリーに居たのは後半の休憩時間に小腹が空いたため気分転換の散歩をかねて商店街まで行き、パンを買うところだったらしい。そこで俺とばったり出会ったという訳だ。すなわちまりなさんはまだ仕事中である。

 

たいして営業時間も残っていないが、反省を兼ねて今日のフロア清掃をやることにした。自ら志願して。

 

最後のお客さんのスタジオ練習が終わった。後は会計を済ましてお客さんを見送る。その後は出番だ。早速掃除に取り掛かる。

 

「あ、まりなさんは先にあがって下さい。機材チェックもしておきますので」

「え?悪いよ。それは」

「良いんですよ。今日の罪滅ぼしぐらいさせてください」

 

まりなさんは申し訳なさそうな顔をしていたけれど、説得により何とか分かってくれた。いつもより入念にフロア清掃を行い、機材もくまなくチェックした。後は戸締りをしておしまいだ。

 

 

ライブハウスの入り口に鍵をかけてさて帰ろうかと思い振り向いた時、いきなりコーヒーカップが横からひょこっと出てきた。

 

「お仕事お疲れさま。結城君。」

「まりなさん!? どうして……」

 

どうしてまだいるのだろう。それに二人分のコーヒーカップを片手に一個ずつ持っている。もしかしたら……

 

「あれ?コーヒーいらないの?せっかく買ってきてあげたのに」

「貰います。……その、ありがとうございます」

 

そのままの流れで途中まで一緒に帰る事になった。横を歩いているまりなさんはなんだか楽しそうだ。普通に歩いているのにスキップでもしているかのように。俺は我慢できなくて、聞きたかったことを聞いた。

 

「どうして、待っていてくれたんですか」

 

どうしても、その行動が理解できなかったから、聞いた。

 

「後輩が残っているのに先輩が先に帰れないじゃない。それにね」

「それに……なんです?」

「君の一生懸命な姿を見るのが好きなの」

 

その瞬間、無重力空間にいるような気分になった。顔が熱くなる。今まで受験に失敗して、プロデビューもできなくて、何をやっても上手くいかなくて、誰も認めてくれなかった俺が。なんだか嬉しかった。自分に着いてきてくれる人なんていなかったから。自分を見てくれている人なんていなかったから。

 

夜だからよかった。顔が赤くなっているところなんて、見せたくない。

 

「家まで送りますよ、まりなさん」

「ナンパしてた人が家まで来たら何されるか分からないから遠慮したいなー」

「ナンパの次はストーカーですね」

 

心がフワフワしている俺はそう言ったら「結城君には絶対私の家の場所は教えないからねー」と言われた。まりなさんはとても良い笑顔だった。パン屋さんの時とは大違いだ。

 

 

その後、まりなさんと別れ、一人で帰宅の途についている。今日は色々あったけれど、楽しかった。まりなさんといると楽しい。なんでもない雑談がジェットコースターのようなアトラクションのように感じる。

 

ジェットコースターのように楽しい出来事が次から次へと来たらいいのに。って思いながらまだフワフワしている感情と共に、帰宅した。

 

 

今ならあの丸い月に届くんじゃないかな、なんて思った。

 

 

 

 





次話は10月5日(金)の22:00に投稿予定です。
新たにお気に入りにしてくださった方々、引き続きお気に入りにしてくれている方々に毎回ながら感謝の言葉をかけさせていただきます!ありがとうございます!

評価9と言う高評価をつけていただきました黒猫ウィズさん。この場をお借りして感謝の気持ちをお伝え致します。本当にありがとうございます!


ガルパ、みなさんは今回のドリフェスはどうでしたか?私は150連しました……。
彩ちゃんは出なかったんですけど130連目に日菜が出てくれて取りあえず勝利しました。やったね!

では、次話までまったり待ってあげてください。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。