「分かった。話すよ。だけど面白い話じゃないから文句言うなよ」
女子高生に言い寄られ、観念する社会人の男性。滑稽だな。ただ本題を話す前に聞いておきたい事がある。
「でもどうして俺がバンドをしていた事を知っているんだ?」
「それはねーっ!」
香澄ちゃんが胸を張って腰に手を当てながら話す。どうやらギターを弾いた事があって、さらにはライブハウスで働いているからバンド経験があると結論付けたらしい。
俺は売れない手品師のような気持ちになった。なるほど、タネがバレバレで事の顛末はすべてお見通しらしい。
「飲み物を飲みながら話そう。みんな何が良い?奢るよ」
そう言ってみんなとカフェの方へ向かう。みんな思い思いの飲み物を頼んでから席に戻っていった。……六つも飲み物を持てるわけが無いことは分かっているはずなのだけれど。仕方なく店員さんにお盆を借りることにした。
「ちーくんモテモテだね!羨ましい」
「ただの修羅場ですよ」
注文していた飲み物たちがぞろぞろとやって来る。なかなか色とりどりで何故か変な気分になった。お盆に乗っている飲み物がポピパのイメージカラーのような気がしたから。一つ余分な黒い飲み物が混ざっているけれど。
「お待ちどうさま!それで誰がちーくんの本命?」
「決められませんね」
「うわー、ひっどーい」
店員さんに別れを告げ、ポピパのみんながいる机に到着する。お盆の上に置いてあった飲み物たちはそれぞれの場所に就いた。飲み物同士でも談話しているかのように机の上で円を描く。
「じゃ、話すよ。俺のいたバンドはね……」
俺のいたバンドは三人、いわゆるスリーピースバンドだった。簡単な紹介になるけれど、ギターボーカルが俺でベースが女の人、そしてドラムが男だった。スリーピースバンドにした理由なんて特に無いけれど、個々の技術力がはっきりし、さらに音の数がごちゃごちゃしていない曲が好きだったからなのかもしれない。
メンバーは三人とも高校の同じ軽音楽部にいた同級生で組んだ。発起人は俺。専門学校に行っても特に学ぶ気になれなかったからどうせならプロになりたいと思い、のちにメンバーとなる二人を誘ったのだった。
「順風満帆のスタートだった」
みんな経験者だし。俺たちの軽音楽部は楽器ごとに分かれていて、特にバンド同士で行動という訳では無いと言う、少し変わった軽音楽部だった。分かりやすく説明すると、ギターパート、ベースパートなど同じ楽器をする人間たちが同じ空間で練習するんだ。
バンドは固定じゃ無かったから、在学中に色々な人達とバンドをした。
だからお互いの性格も良く分かるし、部活の時に何回か組んだからクセも分かる。
ライブハウスでも初めてなりに成功を収めた。少人数だが俺たちのファンも出来たし、たいして出来の良くないお手製CDも買ってくれた。このままいけばプロになれるんじゃないかって本気で思った。
「だけどね」
俺の手元にあるコーヒーが波打つ。
その後は楽しくない日が続いた。やる気のない練習が続いた。俺だけ空回りしているように思えたから、メンバーに喝を入れた。無茶な練習を強いた。このままじゃプロになれないって言った。そうしたら、メンバーたちは「俺たちの用事もしっかり聞けよ、自己中野郎」だなんて言い出す。「もっと質を高めた練習の方が身になるよ」とも。俺は、お前らは何もバンドの運営をしないじゃないかとキレた。
スタジオで練習中にもかかわらず、俺たちは口論になる。ドラム担当とは取っ組み合いのケンカにまで発展した。そんな状態でバンドが上手くいくわけが無い。その日を持って俺たちは解散した。今はもうあいつらが何処で何をやっているのかさえも分からない。関係の修復が不可能なレベルにまでなった。
「っていうのが俺のバンドの結末だよ」
話し終えて、一呼吸してからみんなの方に向いたけど、明らかに雰囲気が沈んでいる。当たり前だろう。あんな暗い話を聞いたのだから。だからあまり話したくなかったのだけれど、彼女たちが求めたのだから仕方ない。
特に暗い表情をしている沙綾ちゃんが気になったけれど、彼女は普段は明るいから特に落ち込んでいるのだろう。今はそう思っておく。ちゃんと「今でも音楽が好きだからここで働いているのだけどね」とフォローも入れておいた。
ふと腕時計を見る。そろそろ時間だ。
「みんな、そろそろスタジオが空くから準備出来る?」
みんな表情が優れないまま各々準備している。そのまま練習に向かうのだろう。なんだか罪悪感がふつふつと湧いてくる。俺は悪い事をしていないと思うけれど。
「沙綾ちゃん」
一番落ち込んでいた沙綾ちゃんに今、俺が思うことを伝えてみる。失敗した先輩のアドバイス。
「ポピパは良いバンドだから大丈夫。練習楽しんできてね。」
「はい。ありがとうございます」
少しだけ沙綾ちゃんの雰囲気が少し明るくなったような気がする。後は彼女の明るさがバンドの雰囲気を良い方向に持っていくことに賭けるしかない。その思いを込めて彼女たちを見送る。
机の上には飲みかけのコーヒーと空になった五つのコップだけになっていた。残っていたコーヒーを一気にぐっと飲み干し、コップたちをお盆に乗せてカフェに返す。やはりあのタイミングでバンドの話をしたのはまずかったなと思っていると。
「ごめんね、結城君。全部……聞いちゃった」
まりなさんがライブハウスの入り口で立っていた。
一番聞かれたくない人に聞かれてしまった。
次話は10月9日(火)の22:00に投稿予定です。
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