♯1
梅雨が終わり雨の香りが薄れてきた7月。
いつも通り、それなりの点数で帰ってきた中間試験。
午後の授業を終え、グラウンドから聞こえる運動部の掛け声を聞きながら、靴を履き替える。
普段なら学友達とくだらない話で盛り上がっている時間だが、今日の俺には一刻も早く向かわなければならない場所がある。ゲームショップだ。今日はモンハンの最新作が発売される日だ。ずっと携帯機でしか発売していなかったモンハンが久し振りに据置機で発売されるので、どうしても今日買ってやりたい。多分売り切れにはなっていないと思うが、予約するの忘れてたから急いだ方が良い。この時間なら学校終わりの生徒達がゲームショップになだれ込むのも時間の問題だ。売り切れになったらいつ入荷するのかも分からない。だから急いで自転車にまたがりペダルを漕ぎ、ゲームショップ目掛け突っ走る。
財布には1万円入ってるし余裕で買えるな。なんなら帰りにコンビニ寄ってお菓子とジュースまで買える。明日も学校だけど今日は朝までパーティだぜ。
そんな事を考えてるうちにゲームショップに到着。自転車を止めて颯爽と店内へ入り、新作ゲームが置かれている場所へ進み、目的のゲームーーーモンスターハンターワールドを見つけて、手に取ると細く長く綺麗な手が反対側からパッケージを掴んでいた。2人で同じゲームを持ちながら、俺は反対側から伸びている手の方を見る。視線を落とし、そこにいたのは俺より小さな女の子だった。見覚えの無い制服。もこもこの髪の毛。少し太い眉毛。意志の強そうな緋色の大きな瞳。まあ大概の女の子は俺より小さいんだけど。その子は俺を見上げると、パッケージから手を離してしまった。そして2人同時にモンハンが置かれていた箇所に視線を送ると、『ラスト一本!!』という書き文字がデカデカと貼られていた。やばい、買いにくい。非常に買いにくい。これが男との取り合いだったら容赦無くレジまで運べるんだが、相手が女の子なので非常に買いに行きにくい。何よりこんな時、
だから、俺の選択は1つしかなかった。モンハンのパッケージを女の子に向ける。キョトンとしている女の子。
「俺他のところで買うから、よかったらどうぞ」
「え?」
女の子は俺を見上げながら、小さな左手でパッケージを掴むと、大きな目を一層大きく見開いて俺の見ていた。
鞄を背負い直して俺はその場を離れる。
「あの、ありがとうございます」
後ろから聞こえた感謝の声に左手を軽く挙げて応え、店を出る。
やばいやばいやばい。カッコつけてる場合じゃない。早く次のゲームショップに行かないと売り切れてしまう。急いで自転車にまたがり、次のゲームに向かう。
この後5軒ほどゲームショップを回ったが、どこも売り切れだった。
カッコつけなけりゃ良かった。
悲しかったから近くのラーメン屋でやけ食いして帰った。
旨かった。
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神谷奈緒は可愛い
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この1週間はやけに長く感じた。
いつモンハンが入荷するのか、近くのゲームショップに毎日確認しに行ったが、帰ってきた返答は「入荷の予定は未定です」だけだった。やっぱりカッコつけずに買ってりゃ良かったな……なんて後悔しても、あの場面じゃ俺はどうあがいてもあの選択以外の行動は取れなかっただろう。
梅雨が終わり晴れやかな空が広がる。
夏本番前の穏やかな気候。
額に滲んだ汗を右手の甲で拭き取る。
グラウンドでサッカーボールを全力で追いかける体育教師。その姿にはかなり引く。俺はその光景を眺めていた。
正直暇だ。
転がっているボール。
素人相手に本気を出しているサッカー部の連中。そんなに女子に良いところ見せたいか。俺には理解できんな。
隅っこの方で暇を潰しながら、時々飛んできたボールを蹴り返す。
そんな感じでぼんやりとサッカーを眺めているうちに、チャイムが鳴り響き体育が終わる。
汗だくになっているサッカー部の隣を涼しい顔して歩いていく。
昼飯を食って、午後の授業を聞き流して放課後。
いつも通りの1日を終えて下校の準備を進めていると、机に影ができる。
「今日女子たちとカラオケ行くんだけど、
ろくに声も聞いた事がない奴からいきなり誘われた。誰だお前。そう思って顔を見る。サッカー部のチャラ男だった。知らない奴とカラオケに行くよりはモンハン探しに行きたいからパスだな。ていうかなんで誘ってきたんだこいつ。
「俺バイドあるから」
適当な嘘をついて断る。
「……あっそ」
そう呟くとそいつはさっさと俺の元を離れ、数人の女子と男子を引き連れて教室から消えた。モテるんだなあいつ。イケメンじゃないのに。まぁそんな事はどうでも良い。さて、今日もモンハン探しの旅に出るか。
何故だ。何故どこも入荷していないんだ!? 発売してから1週間だぞ!? そんなに入手困難になるほど人気だったのか!? 確かに三日間で100万本売り上げたみたいな記事は見たが、それでも1週間だぞ。もうそろそろ入荷しても良いだろ。どれだけ焦らすんだよ。焦らしプレイももう飽きたんだよ。早くモンハンやりたいよ。
取り敢えず腹減ったから少し休もう。
幸い近くにマックがある。そこでアイスコーヒー飲んでポテトでも摘みながら休憩しよう。
店内に入り、前から来ていた3人の女子グループを避けて、レジへ向かう。すれ違い、しばらく進んでから、もこもこの髪の毛をした女子が後ろから俺の前に飛び込んで来て、俺の顔を見上げると指をさして叫んだ。
「あー!! やっと見つけた!」
「え、なに、どうしたの奈緒?」
「見つけたってなにを?」
さらに後ろから2人追加され、女子3人に囲まれるへんな状況が出来上がってしまった。女子3人に見上げられるなんて珍しい体験だな。しかも全員が美少女なのだから驚きだ。
「ほら、この前話しただろ! あたしにモンハン譲ってくれた人!」
俺を指差しながら、真ん中の女子は左手をブンブン縦に振る。そうか。この前俺がモンハンを譲った子か。
「……へぇ、この人が」
明るい茶髪をしたツインテールの女子が口元に手を当てながら清楚に笑う。その後ろで黒髪ロングの女子は軽く頭を下げてきたので、反射的に俺も頭を下げだ。
周りの人達も何事だと言った感じでざわざわし始める。
「奈緒。目立ってきたから取り敢えず移動しよ」
黒髪の女子がそう提案すると、目の前の女子ーーーとりあえず奈緒さんが「あ、あぁ。そうだな」と後ろを振り向きながら呟いた。お店に迷惑かかるからね。仕方ないね。俺はポテトでも食べるから早く行きなさい。
そう思い、一歩前に出た瞬間、左肩を力一杯掴まれた。
「どこ行くんだよ!!」
「いや、俺は関係ないでしょ?」
「関係あるんだよ! 一緒に来い」
「えー、ポテト食いたいのに」
「別のマックで食べればいいだろ!」
そう言うと、奈緒さんは俺の手を握って店の外へ出た。
プロローグ 変わる日常。
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