ドールズフロントラジオ 銃器紹介コーナー 作:通りすがる傭兵
寝てるとモチベが上がらない定期。
「熱心に話してますね」
「初心者だからってことじゃないの?」
3回裏。7、8番をテンポ良く打ち取り9番カリーナを迎えるWA2000-ウェルロッドのバッテリー。
ネクストバッターサークルにて何やらガンスミスが熱心に伝えているようで、彼女が頷きながら話を聞く様子が伺えた。
『長く話していたようですが、バッターボックス左打席にカリーナ補佐官が入ります』
『全くと言って良いほどデータがないですからね、その実力は良くも悪くも未知数で......!』
『こ、これはっ!?』
驚きのあまり実況解説席から身を乗り出す89式。それもそのはず、カリーナがとある仕草をバッターボックスでとったからだ。
バットを空高く掲げ、本来の球場であればバックスクリーン乗る空間を指し示す。
公式の場では滅多にみることのない挑発行為。
古来から創作と現実で語られるこの仕草の表す意味は『ホームラン宣言』。
お前を倒すという意思表示に他ならないのだから。
メットの影から覗く鋭く投手を見据え、数秒ののちバットを下ろし足場を踏みしめ姿勢を整えた。
『なんとここでホームラン予告が飛び出しました! いやあ強気ですね!』
『これが作戦なのか本意なのかはわかりませんが、この打席が間違いなく分岐点のひとつになります』
「ホームラン予告ですって、冗談じゃないわよ......」
帽子を被り直しながら打席のカリーナを睨みつけるWA2000。その心に動揺は起こらずとも、自分が舐められている、という態度に対する怒りが湧き上がる。
(上等! ねじ伏せてやるわよ!)
(
(......オーケー、アレも使うわよ。いつも仲良くしてるからって舐めて良い根拠にはならないわよカリン!)
サイン交換を終え、ミットに隠してボールを握りなおした。その両手を高々と掲げ。沈み込むように足を踏み込み第一球を投げ込んだ。
「ストライーッ!」
「オーケー、バッター反応できてませんよ!」
ミットの快音と球審の声がグラウンドに響く。
ウェルロッドは大声を出して投手の鼓舞と打者の威圧をするが、当の本人はそうそうに打席を外し変わらない様子でバットを2、3度振っていた。
(このまま同じコースで攻めましょう。多少甘くなってもそう飛びませんよ)
(三球三振、それがベストね)
(はい、積極的にいきましょう)
様子見はなし、短期決戦。それにこだわる理由はカリーナだけに構っている余裕がないのが一点、そしてWA2000は長期戦に不利であるというのが一点だ。
コントロールが悪く四球が多い、そう言ったタイプのピッチャーの弱点はスタミナだ。戦術人形にスタミナという概念は存在しないが、生体パーツの疲労がそれに相当する。
ましてや慣れない投球という動作。
ストレッチや最適な身体の使用方法の学習など準備はしているものの、150km超の速度で物体を投げるというのは其れ相応に体に負荷を掛けるのだ。
十全に訓練を積んだプロ野球選手でさえ、投球動作を重ねれば重大な怪我や故障を招く。
人形の本職は戦闘、このようなレクリエーションで故障なんてたまったものではない。だからこそWA2000-ウェルロッドのバッテリーは強気の投球、配球を行なっていた。
2球目、低めに投げ込まれた直球も見逃す。
『さあバッターおいこまれました。先ほどから早いテンポでバッテリー投げ込んでいます』
『やはり初心者ってことで、早く済ませたいんだと思いますよ』
『なるほど力配分ですか、と、ピッチャー振りかぶって......』
「そういえばみんなには言ってなかったんだけど」
「?」
バッターボックスでのカリーナの突然の呟き。不思議に思ったウェルロッドが目をやる瞬間。
「わたしって、昔はエースで4番だったのよ?」
カリーナはフルスイングしたバットを軽く放り投げ、ニヒルに笑った。
「......とはいったものの、球種が分かってもそうポンポンと打てる訳でも無いんだよなぁ」
「所詮アマチュア集団よ?」
「しかしカッターまで覚えてくるとは思いもよらなんだ」
ガンスミスのぼやく通りWA2000の直球の秘密。シンプルな話で直球ではなかった、それだけの話である。
「カットボール」と呼ばれる、右手で投げる投手であれば左に曲がっていくスライダー系統の変化球。
この球種の特徴は「ほぼ直球に近い軌道、速度」「手元で鋭く曲がる」この2点。だからこそ直球と織り交ぜると効果的として現在数多くの投手が覚える球種なのだ。
「6回5失点か......よくやってるとは思うんだがな」
「あ、またカリーナがかっ飛ばした」
「これで3-7。4点差は厳しいと思うがの」
イェーイとバットを放り投げるカリーナを見ながらかりかりと黒板の得点表に1を書き込むナガン。
球種のタネが割れた結果、カリーナのホームランから3点を奪い、7回途中までに7点を積み上げる。指揮官もあれから失点をひとつ許すものの、人間側有利で試合が進んでいる。
「ここらへんでもう一点頼むぜジャック」
「まかせろ!」
『ここで、ピッチャーの交代をおしらせするよ!』
「あら」
『WA2000に代わりましてピッチャーVector。背番号13』
審判のアナウンスと同時にベンチから帽子を被ったvectorが小走りでマウンドに上がる。
「任せたわよ」
「ええ、一点もやりませんので」
マウンドを足で踏み整え、何球か投球をしたのち審判に準備完了を伝えプレーが再開。左投手のVectorに対して右バッターボックスに立つジャックスの心中はというと。
(この嬢ちゃんとは話したことも少ねえし、どんなやつかわかんねーんだよな......あと俺左投手は苦手だし)
「......では」
腕は胸付近のまま、軽く足を振り上げてから踏み込みと同時に腕を振る。頭上から振り下ろすのではなく横から振り切る
(球速はそこまで無い......コントロールよりだな)
内角の球に合わせてバットを振ったジャックスの目に飛び込んできたのはとんでもない光景だった。全くなかった手応えと審判のコールを気にもせず、驚きのあまり目を見開く。
「マジかよ......」
「次」
返球を受け取りながら、しかしバッターにもはっきり聞こえるような声で告げる。
投球動作に入りながら彼女は宣言する。それは彼女の闘志が形になって現れたようだった。
「ヒットは許さない。バットにも当てさせない。
これ以上、点はやらない。絶対に」
◇◇◇
『打った打ったー! 8回表これでノーアウト満塁! ついに打線が指揮官さんを捕らえました!』
「よーっし!」
回は交代し8回表。外野から帰ってきたボールを受け取りながら一塁上で拳を突き上げるAK-47を一瞥し、指揮官は額に伝う汗を拭った。
次に迎えるのはゲームチャンプのAFB。パワーはないが本日2安打と調子が良い。ノーアウトのこの状況は仕切り直さないと、と後輩ちゃんは立ち上がりタイムを要求した。
「先輩っ! 大丈夫なんですか?」
「わかんない......急にボコスカ打たれ出して......」
「人形だしサイン盗みなり、球種の解析なりやってんだろ。人間相手じゃないんだからな」
「ちょ、プログラマーさん!?」
「というか人形相手だったら当たり前なんだよな。眼の性能は人間とダンチだ、選球眼がいいってもんじゃねーんだぞ?」
「スポーツマンシップに則ってとはいったものの、我々は普通にしとるだけじゃしなぁ......今更止めろと言われても難しいぞ?」
だってそれくらいのスペックがなきゃ戦場では使えねーよ、とはプログラマーの言。それに何も言い返せない後輩ちゃんの方をガンスミスが叩く。
「じゃ、交代だな。2回も集中力が続くやら......」
「織り込み済みとはいえ、もう少し粘りたかったんだけどね......」
「それに満塁じゃあアレは悪手ですよ!」
「うだうだ言わない。審判! 交代だ!」
『おや、タイムを要求したかと思えば交代ですか。確かに元指揮官さんは限界ですが、このチーム控え投手の登録はないですよ』
『となると誰がピッチャーを......って』
アナウンスよろしく、と伝令の戦術人形が紙切れを実況のM1911に手渡す。
『こで守備の交代をお知らせします! 元指揮官がピッチャーからサードへ。捕手の指揮官さんはセカンド。
そして......ガンスミスさんがキャッチャー、ナガンさんがピッチャーです!』
「ピッチャーナガンですって? ナガンは投手の練習なんてしてなかったじゃない!」
「お主とウェルロッドの諜報活動くらい知っておるわたわけ。誰が隠密行動を教えたと思うてか」
ベンチのWA2000が思わず大声を上げるが、マウンドに立つナガンはどこふく風。
「審判。はじめとくれ」
「あれ、投球練習は?」
「不要じゃよ」
「へへーん、強がりいっちゃって」
「わしが手を抜くことはない」
右腕を軽く回し、グラブに隠したボールを握る。
そしてそのまま元指揮官やWA2000とは違う軽い仕草でボールを放った。
「失投? もらっ......たっ?!」
あきらかに速度が死んだゆるい放物線。それにバットを合わせにいったRFBだが空振りしすてんと転んでしまう。
「おーし上出来」
「今日はいい調子じゃ」
「何その球ズルくない!?」
「ズルイといってもなー」
RFBの文句を飄々と受け流しながらミットを構えるガンスミス。
「
「何そのランダムガチャ!」
『......どう動くかわからない、という事はナガンはナックルボーラーという事ですか』
『ナックルボーラー?』
『ナックル、と呼ばれる特殊な球種を操るピッチャーの事です。
元来変化球というのは、球に回転を加えることで生まれる空気抵抗を利用して曲げています。それはストレートであっても例外ではありません。縦に回転をかけることにより
他の例を挙げるならばフォーク、スプリットは回転を抑えることにより打者の手元で重力に従い鋭く落ちるようになっています。
しかし、ナックルだけは大きく異なります。
極端に回転を抑えることによって、風や空気抵抗の生む
極端に回転させなければ変化は極小しかし回転させ過ぎればそれは変化を生む力を消す。科学が解明された現在に残る唯一の魔球......それがナックルとされています』
『ようするに毎回変な動きをするってことですか?』
『そうです。変化球というのは大概同じ変化を生みます。人形である我々であれば尚更のこと。
それに比べて毎回変化するというのは恐ろしい武器になり得ます』
『へー、っとここでRFB三振! 全くタイミングが合いません!
ところで強いのになんでみんな使わないんです?』
『近代野球では風の影響を与えないドーム球場が増えたことが要因の一つとされていますね。
ナックルの変化の要因の一つは風ですから。他にも弱点が多く......』
『っとガンスミスさんがボールを後ろにそらす!
その間に三塁走者が突っ込んできて一点獲得です!』
『変化はランダム。それは諸刃の剣でもあります。
バッターだけでなくピッチャーキャッチャー双方どんなふうに動くかわかりません。だからこそ後ろに逸らす可能性は他の球種に比べて格段に高い。
さらに平均球速は100〜120kmとあって盗塁され放題なんですよね』
『あ、走った』
「実況が一方に肩入れしてどうするかたわけー!」
ナガンが怒鳴るも時すでに遅く、鈍足のNTW-20ですら三塁を悠々と陥れてしまった。1点を失いさらにワンナウト1、3塁。
迎えるバッターはCz75。戦斧を何本も投げる強肩を買われて誘われたが、打撃も疎かにしているわけではない。下位打線にいるとはいえ侮れないバッターなのだ。
(逸らしても文句は言うなよ?)
(もう割り切っておるわい。ギアを上げるぞ)
(ヘイヘイ)
短いサイン交換を済ませ、投球モーションに入るナガン。そして第2球を投げた。球種は同じ、山なりのナックルボールだが。
(......!)
(やっぱりこいつはよく曲がる!)
ベース上でワンバンドする球を身体で受け止め素早く三塁ランナー目で牽制。これではホームには突っ込めない。
『今のは......?』
「縦のカーブですか。やりますね」
「ナックル一本で勝負できるほど訓練できたわけじゃねーんだわ。あと目良すぎ。怖いよ」
「よくなきゃ死んでる」
軽口を叩きながらサイン交換。その間にCz75がバットを短く持ち直すのをガンスミスは見逃さない。
(......当ててくるぞ。低めに低めに)
(了解)
「くっ、そう!」
低めのナックルボールに手を出し、ボテボテと打球が転がる。それを前進気味に守備していたショートが捌きアウト。2、3塁としながらツーアウトまでこぎつけた。
(わたしが招いた失点......取り返さないと......)
(お、気負ってんな。速い球つかっちまおう)
(了解)
キャッチャーに必要なのは相手の様子を伺う観察眼であるとは誰がいったか。
「っ、速球ですか」
「投げられないとは言ってない。次はインハイあたりに頂戴ねー」
動揺してるうちは球種を絞らせないほうがいい、と今まで使わなかったストレートをメインに組み立てた配球。さらには耳許でそれっぽい嘘を囁いてまで見せるのだからな狙い球を絞れるはずもない。
「ストライク! バッターアウト!」
「だあっ、もう!」
「きばるなきばるな。指揮するものが動揺するなと教えたはずじゃがなぁ〜」
「煽るねぇナガン」
「事実を言ったまでじゃよ」
(さてあそこまでみだせばリードもワンパターンかな? いくらピッチャーが良くても受ける方がダメじゃ実力半減でしょ)
こっそり悪巧みをするガンスミスの思惑などどこ吹く風、と2、3、4番をあっさり三振に切って見せたVector。
そして、運命の九回へ回は進む。