ドールズフロントラジオ 銃器紹介コーナー 作:通りすがる傭兵
焔薙 様 作
『それいけポンコツ指揮官とM1895おばあちゃん!!』
https://syosetu.org/novel/166885/
本編完結記念という事で、一筆書かせてもらいました。
終了直後のちょっとしたアフターストーリーです。本編読破を推奨します。すまんの。
「やあやあ、遅いではないか」
「こちらは仕事だってあるんじゃ。引退したお主とちごうて忙しいのじゃよ」
「お主だって半隠居状態じゃろう? 教官殿」
「抜かせ、副官殿」
「もう元じゃよ」
指定されたカフェの奥で手招きする自分と瓜二つの人形。そのひとを食ったような態度に少しだけ苛きながらもナガンは席の対面に腰を下ろした。
「ご注文は?」
「ブレンドをブラックで、お主は?」
「任せる。来たことない店のメニューなんぞ知らん」
「では同じものをもう一つお願いするのじゃ」
「かしこまりました」
注文を受けキッチン側に戻る亜麻色の髪の女性店員に声が聞こえなくなっただろうと判断したところで、今し方店に来た人物が口を開く。
「それで......お主から声をかけてくるとは随分と変わったのう、
「それはお互い様じゃろう?
子供と見間違わんばかりの幼い体にアンバランスな老婆のような話し口が特徴の
全く同じ出自、同じ型番の2人が同じ席に座っている理由を知るには少しばかり時を遡る必要がある。
◇◇◇
「うーん」
「どうしたお主。次のラジオの原稿に悩んでおるのか?」
仕事場の外でタブレットと睨めっこするガンスミスというのはそう珍しくない。大抵彼はラジオの事か銃のことを考えているもので、今日もそれだろうと相棒パーソナリティでもあるナガンがいつものように声をかけるが、
「いやぁ、そうじゃないんだよなぁ」
「なんじゃ珍しいのう。もしやぷらいべーとな悩みか? お主にそんなものがあるとは思わんが、あったら聞くぞ」
「俺だって悩むことくらいあるよプライベートで。俺をなんだと思ってるんだ」
「良くも悪くも公私混同する能天気馬鹿じゃな。
で、なにで悩んでおるのか?」
「......子供が生まれた時ってなに送ればいいと思う?」
予想の斜め上すぎる質問に目を見開き驚きを隠せないナガン。ガンスミスは頭をガシガシとかくと恥ずかしそうに口を尖らせた。
「そんなに驚くなよ、俺だって他人くらい祝うし礼儀は弁えてるってば」
「ワシの経験則ではそんなこと少なかったんじゃがな。
お主の家族が結婚したとは聞かぬが、遠縁の親戚か?」
「いや、隣のP地区のだよ。2人も生まれたてんだからどうしようかなって悩んでる」
「それはめでたい。では無難なベッドはもうすでに買ってあるじゃろうな。おしゃぶり......も買ってあるじゃろう。
おもちゃが妥当なところではあるがはお主、作るなよ?」
「ぎく」
「......悪さでもするつもりだったか? お主安全管理とりわけ子供はそういったものは控えるように護身拳銃講座のときあれほど口すっぱくいったことじゃろうがなぜ教官たるお主がそれを破るんじゃ気概がなっとらんぞ!」
「違う違うわざとじゃない悪巧みなんてしないから大丈夫よ」
「......よこせ」
「なになに? 一緒に考えてくれるの?」
「お主に任せるのは不安じゃ。わしがやる」
◇◇◇
「......で、引き受けたが良いが結局分からずじまいで聞きにきたとな。話が合うP基地の中で隠遁生活を始めて暇そうなわしに白羽の矢が立ったということか」
「互いの近況報告も兼ねてな。先の騒動ではB基地は蚊帳の外じゃったからのう。作戦中枢におった副官としてその話も聞かせて欲しい」
守秘義務に関わらぬ範囲でじゃがな、と最後に付け足し湯気の立つコーヒーカップに口をつける。コーヒー特有の香ばしい香りとすっきりした苦味が錆び付いた思考回路を正してくれる。安物には出せない良い風味、珍しい合成品ではないものを使っているのだろう、副官がこの店を選んだのも納得がいった。
副官は少しだけ考え込むと、重々しく。
「そうじゃのう......あの作戦で決着がついた。と言えば良いか」
「決着?」
「ユノをめぐる一連の騒動。オリジナルを巡る因縁も、クローンとの決着も、
正着だったかはいまだに分からぬが......すべてに終止符が打たれたんじゃよ」
「面倒ごとじゃな。聞かぬ方が良いかの?」
「いや、わしは聞いて欲しい。
本来であればユノを一度正した
じゃがお主ならば、付き合うてくれるじゃろう」
「すいも甘いも吸い分けたわしだからこそ、か?」
「そうじゃ。あとはどうしてかわからぬが、この物語を無性に
「親バカじゃなぁ。随分と祖母が板についたか」
「何も言い返せぬな。ユノも結婚し家庭をも持つようになり、これで完全に独り立ちじゃ。子供が生まれたことで新しい身の振り方も考えることじゃろう。
もしかすれば、前線を退くやもしれぬ」
「前線を退く、か」
そこでナガンはカップを傾け一息つくと、少しだけ目を厳しくしながらも言葉を発した。
「難しいな」
ナガンの発言に副官の目が険しくなる。
「あれほどの指揮官を易々と手放すとは考えられん。まだ鉄血やELIDは残存し人間に危害を及ぼし続けておる。お主らが先の戦闘で大方勢いは削いだとしても彼奴らが殲滅された訳ではない。戦力は少しづつ削減されてゆくことじゃろうが、お主らが真っ先に切られることはあるまいよ。
あるとすれば小規模な我らB基地の方に決まっておる。
それに指揮官には人には言いにくい特性もあることじゃろう? 深入りした人間が何人も帰って来なかったと聞く以上後ろめたく有益なものであるのは確かじゃ。
市井に渡り悪用されれば、平和に牙を向くことになる存在なのは明らか、それをクルーガー社長が野放しにするか」
「普通はそうじゃろうな」
ここからはオフレコじゃぞ、と辺りを見回し少しだけ声を抑えながらも、副官が口を開く。
「確かにお主らが邪推するような過去も、それにより生まれた弊害もある。
が、先も言ったようにそれを含めて全ての決着がついた。ユノが作られた計画も、それを引き継ぐものも、詳細な研究データも全て灰になった。
そしてユノができることは人数さえいれば同じことができる。確かに卓越した技能と唯一性のある能力、素晴らしいものじゃ。でも、それはもう必要とされない。
もう何もかもを少女1人に背負わせる必要は無くなった。
わしらが、それを証明した」
「だから不可能ではないと?」
「ああ。できるとも。
指揮官の幸せを願わぬ戦術人形がどこにおる、たとえそれが奇跡であっても、わしらの手で手繰り寄せて見せる。此度と同じように」
「お主は随分と尽くすな。ただの指揮官であろうに」
「わしにとってはそうではない。
ユノは、わしの指揮官の忘形見なんじゃよ」
その一言に言葉が詰まるナガン。目を逸らし制服の帽子を少しだけ傾けて謝罪の意を示すが、本人は意に介している様子はなく自然体で、
「それを含めて全ては終わったこと。もう彼奴の眠りを妨げられることはなかろうよ」
「?」
「なんでもない、こちらの話じゃ」
「ならば良い。それで」
ひと段落したところで、1番切り出しにくいであろう話を切り出すべきだとナガンは感じていた。
「直さぬのか?」
自分の目の近くを人差し指でトントンとたたく。
反対側に座る同じナガンは眼鏡をかけているのだが、右目レンズには艶消しの黒が吹かれ隠してはいるものの隙間から痛々しい傷跡が窺える。その発言に副官の目が細められた。
「最近配備が始まったMODフレームの在庫はないとは思えん。先の戦いからも時は十分に経っておる。
何か理由があってワザと残しておるのじゃろう? よければ、聞かせてくれぬか?」
そんな事か、と拍子抜けした様子で、副官は答えた。
「思い出のために、とでも答えれば良いのかの」
「思い出、か」
「ああ。あの戦いを最後に身を引くのは決めておったし、派手にやられたから修理するとすれば頭部フレームごと交換になる、老兵が出しゃばって若者に迷惑はかけられぬよ。それに」
「それに?」
「平和にはもう不要なものじゃ」
確かM1895型の利き目は右だったな、と思い出すナガンは遅れてその発言の意図を理解することができた。同時に、腰部にあるはずのホルスターを彼女が下げていなかった理由にも思い当たる。
彼女は、もう武器を捨てたのだ。
「人として生きるつもりか?」
「うむ。あの大馬鹿者に代わり可愛い孫娘達を見守り続けるつもりじゃよ」
己の居場所は此処にあると、柔らかい笑みを浮かべる表情が全てを物語っていた。己とは何もかも違うな、とナガンは深くため息を吐く。
「......敵わぬな」
「お主もいずれその時が来よう」
さて、ユノの子供の誕生祝いの話じゃったかな? と副官が切り出す。本題をすっかり忘れていたナガンはタブレットを取り出してショッピングサイトを開いた。
「子供の面倒は経験があるが、赤子は任された事はなくてのう。見当違いのものを贈られても迷惑じゃろう?」
「気持ちはわかるぞ。それであれば相談にも乗ろう。ところで、せっかくであるし孫の写真も見てみるか?」
「是非。おお、これは愛いものじゃ......しかしどちらにも似ておらぬのう。本当にあの2人の子供か?」
「似ておるじゃろう!? こことか、こことか!」
「......言われてみれば確かに」
「それにこの手がまた可愛くて、指を差し出すと軽く握り返してくるのだ、これがまた心に響いてな」
コイツは長い話になりそうじゃ、と指揮官の子供の写真一枚に熱弁を語る副官を適当にあしらいながらコーヒーをすする。
騒がしい声はローテンポなジャズの音楽と喧騒に紛れ、カフェの時間が静かに流れていくのだった。