ドールズフロントラジオ 銃器紹介コーナー 作:通りすがる傭兵
と、言うわけで今回も番外編ですよ。
「今日も暇だねぇ......」
指揮官たる彼が司令室でぼやくように、最近の戦線は膠着状態が続いていた。
先の騒乱から鉄血の大規模攻勢は大幅に鳴りを潜めている。警戒基地からの定期報告にも異常はなく、1日に数度の哨戒任務以外ではここ1ヶ月出撃らしい出撃も無い。
「やることがないと錆び付いてしまうの〜。せっかくのカスタムパーツが泣いてるの」
「兵士が暇なのは良いことなんだよ? 僕らは暇であるべきなんだ、ただ働きで給料がもらえるならそれに越したことはない」
「それはそれで良いことなの! 買い物行きたいの!」
「せめて副官任務はしっかり済ませてね?」
「わかってるの!」
元気にはたらくM9を横目にいつもの如く物質帳簿と補給班から上がる報告を読み上げ間違いがないか修正する作業を始めた。
最近代わり映えのない仕事、厄介ごとでも起越してくれるだけでも良い気分転換になるんだけど。そんな暇人特有の考えは大抵果たされることはないと言うのが通例である。
「ほうこーく! 哨戒中の警戒班が怪我人を見かけたらしいなの〜」
「医療班に出動命令を。詳細は追って知らせてください」
「了解なの〜」
(F区域は街からも街道からも遠い。行き倒れか流れの行商人ですかね)
他基地からの警戒網からも薄く、ちょうど死角になりがちな部分。入り組んだ地形とも相まって見落とされたのを拾い上げたのだろう、と指揮官は結論づけた。
「ところで指揮官。この基地から救援を飛ばすより出張帰りのガンスミスに拾ってもらう方が近いなの」
「?」
「これを見て欲しいの」
M9が差し出すタブレットには確かにガンスミスの車両の反応がある。近隣の地区からの出張帰りらしく、距離的には基地より近い。けが人の度合いにもよるが、迅速に対処して悪い事は存在しないはずだ。
「わかりました、その提案を採用しましょう。
ガンスミスさんに連絡してナビを送ってください。ところで見つけた偵察班はD班ですかね」
「そうなの! 出せ出せって煩かったジャンキーどもの緊急編成隊が仕事するなんて思わなかったの!」
「君、案外毒舌だね」
「あのおいぼれがいる時点で評価は最低点なの!」
◇◇◇
「へっぷし!」
「風邪?」
「人形は風邪ひかないでしょ。M9が私の悪口でも言ってるんじゃない?」
「それは違いないね。はい応急セットとAED」
「まさか心肺蘇生法を習ってて良かったと思う日が来るとは......下がった下がった。人形は金属だから変に近づくと俺が感電するからな」
意識のないけが人にAEDパッドを押し当てると、ビクンと身体が跳ね上がる。すぐに心拍を確認したガンスミスは一安心と胸を撫で下ろした。
「とりあえず心拍は戻った。人工呼吸は......流石に憚らねるね」
「ではわたしが変わります」
M1911に人工呼吸以降の仕事を引き継ぎガンスミスは一休み。そこら変に腰を下ろしていると、警戒中であるM14が無線を飛ばす。
『こちら警戒中Dakota02、異常なし......にしてもどこから流れてきたんだろうね、その子』
「ああ。戦術人形じゃないのは確かなんだ。傭兵、にしてはここじゃ場違いすぎるよ」
見下ろす先に横たわる重武装の人物姿。マスクを外した時には思わず驚いたものだがその正体は年端もいかない少女だった。ここでは少女の兵士など見慣れてしまったものだが、怪我の様子やカタログには存在しないことから人間だと判断、応急処置を行なっているのだが。
明確に異なる点はひとつだけ。
「しかしネコミミに尻尾とは、もしかしたら生物兵器とか? 人間とのキメラとか怖いわぁ」
『怖くないにゃ可愛いにゃ!』
『ちょっと大声出さない。改装したからって調子のんじゃないの!』
『ふにゃ! ごめんなのにゃ!』
「元気だねぇIDWは。改装おめでとう」
『これで給料すかんぴんだから、稼ぐにゃあ!』
『うるさい!』
「あい変わらず騒がしいね、IDW」
「隣のもうすこし達観した同型を見習って欲しいもんだよ。しかし......」
カチューシャのような人工物ではない、明らかに肉体から生えている猫の耳と尻尾。行き倒れたこの人物はファンタジー世界の生物のような獣人とも取れるような特徴を備えているのだ。
ガンスミスは少し間をおき、寝ている彼女のホルスターから銃を抜き手慣れた手つきでマガジンと初弾を外し観察を始める。
「この銃おかしいんだよね」
「おかしいってただの92Fでしょ? コピーモデルじゃないの?」
「いやいや、クオリティからして純正モノだよ。製造ナンバリングだって正規ロットだし、カスタムパーツもいくつかは知らないけど、もとは確実にベレッタM92Fで合ってる。
合ってるはずなのに......型番が一緒なんだよな」
「一緒って......ガンスミスさん銃持ってないじゃん」
「ウチのM9の2番
「並行世界?」
「ああ知らないのか、パラレルワールド理論。
あり得たはずの世界、例えば鉄血工廠が反逆しなかったとか、そういうの」
「たらればってやつ? そんなことあり得ないのに」
「人間は失敗を取り戻したい生き物なのさ。傷は?」
「それはこちらで連絡しました」
ガンスミスの質問に答えたのはLWMMG。てきぱきと答える真面目な兵士の印象が強い戦術人形で、今回の任務には実地訓練のためとひとりストイックな理由で志願を申し出ていた。
「まず、大きな損傷としては身体に大きな衝撃が加わった痕跡があります。
病状としては左腕骨折、内臓にもダメージが出ている可能性が高く、付随する擦過傷などから感染症の恐れもあります。
あと、特記事項として膝部下からの中度凍傷、でしょうか。春先だというのに冬の湖に足を突っ込んだ様に......原因は不明です。
意識を覚まさないのは脚部凍傷による血流低下や内臓出血が原因と考えられます。速やかにしかるべき処置をするべきと考えます」
「なるほど......じゃあ後部座席に積んじゃおう。少し揺れるけど、毛布があるからそれを枕がわりにすればなんとかいけるんじゃないかな」
『こちらBeta01。車両付近異常なしじゃー。早く帰りたいぞ』
「はいはい。じゃあ後は帰還するだけ、556も手伝ってけが人運ぶよ。木から降りなさいってば」
「せっかく鉄血と戦えると思ったのにつまんない」
ライムグリーンと猫耳が目立つ幼い少女型のART 556がつぶやきながら頭上の木の枝から飛び降りようとした。
しかしその直前で、視界に異様なものが映ったことを高性能カメラアイは見逃さなない。顔の横についた通信機を叩き回線を開く。
「Dacota readerより各員、16時方向距離300m先に異物を発見、警戒班は急行を。ちょうど帰路の先になっちゃうよ」
『Dacota01了解にゃ。02と確認しまーす』
「03、04了解。負傷者搬送を続けますがよろしいか」
「reader了解、03、04は最優先任務を続行して」
「「roger」」
「ガンスミスさん、後はよろしく〜」
短く返答を返し、返事も待たずに怪我人を担架で持ち上げる2人。ガンスミスも治療道具一式を片付け車へと走る。
「おう早かったの。状況は聞いておる。エンジンはかけたぞ」
「目視では異常有りですがレーダーには何も映らずですか、奇妙極まります。無視しますか?」
「想定外と切り捨てるのは早計じゃ。正体が判明するまで考察の手を止めるな。諦めは敗北への第一歩につながると教えたはずじゃろう」
「......失礼しました教官、精進します」
ジープの上によじ登って警戒を行っていたLWMMGが荷台に降り荷台で固定射撃用の三脚の設営を始める。ナガンは助手席から半身を乗り出しその様子を見守っているが、すぐに飽きたかガンスミスらに目線をやった。
「それでー? 怪我人は?」
「重症だ。意識もない。助かるかはわからん」
「そいつは急がねばな。ヘリを出してもらうべきか?」
「後輩ちゃんに聞いてくれや」
「LW、指揮官につなげ。怪我人の容態は伝えてある以上動いておるとは思うがな」
「了解しました」
「それでー? どんな阿呆が行き倒れか?」
「可愛い女の子だよ。変なのが生えてるけどな」
「へんなの?」
「IDWとか556とかと同じ猫耳さ」
「......ふうむ、新手の戦術人形か?」
どれひとつ拝んでやろう、とナガンは車から降り小走りでけが人を運ぶ担架の方へと近く。
興味ありげに怪我人の顔を覗き込んだ途端、ナガンは黙り込んだ。
否、声を出せないほどの衝撃を受けたのだろう。全くその場で固まってしまい、担架が通り過ぎたにもかかわらず茫然と立ち尽くすばかり。
「おい、どうしーーー」
「LW、回線をわしに回せ」
「りょ、了解。ナガンが交代しろと。はい、繋ぎます」
「他のものは車に乗り込め。
そこからの行動は素早かった。指揮官からの回線をLWから受け取り、その間にもテキパキと指示を出すのも忘れない。少し遅れてジープに飛び乗ったナガンは通信を切ると、隊内回線をオープンにして宣言する。
「これよりDacota小隊は戦術人形M1895を指揮官とする小隊として再編成される。これよりこの指令が解除されるまでM1895が発する命令は如何なる命令より優先されることを忘れるな。
Dacota1、2。調査任務の結果を知らせ」
「おいおい、いったい何がどうなって」
「......わしのわがままに少しだけ付き合わせることになる。詳しくは後ほど話そう、今は一刻を争う」
「はぁ?」
「ガンスミス、アクセル全開。発見した正体不明物の近くへ寄せよ」
「......あいよ」
尋常ではない事態。それを理解できないほどガンスミスは無能では無い、落ちこぼれとは言えども元は傭兵、戦場をわきまえている。
『Dacota2、正体不明物だけどどこかの景色が映る鏡、と言えばいいのかもしれない。
あと手を触れようとするとすり抜けるの、ハッキングされてオブジェクトを割り込みで投影されてるみたい』
「......なるほどそういう事。1、2、もう直ぐ到着するジープに飛び乗れ」
『『了解(にゃ)』』
無線を切ったあと、ハンドルを握るガンスミスが思わず疑問を呈する。いったい全体どうなってるんだ。
それに対してナガンの対応はこれだけ。
「すぐにわかる」
不満がないわけないが、元はと言えばこれも仕事のうち。山賊に襲われるのとそう変わらんと割り切りアクセルペダルを踏み込んだ。
数分と経たないうちに報告にある謎の物体が見えた。
確かに何もない空間に景色を映し出す鏡のようなものがある。しかし外枠は見当たらず反対側からは不可視、レーダーにも映らず手持ち検索機器に反応がない。調べるほどわからない、というのが調査したM14の見解だった。
「向こうに見える景色は市街地みたいだね。随分と寂れた都市に見えるけど」
「まだ放棄されて日が浅いのでしょうか? あちこちで火が見えますから、何人かが暖を取っているのでしょう」
「違う。あれば戦禍の炎じゃ」
よいしょ、と人間臭い掛け声を上げながら後部座席に寝かせていた怪我人を背負い出すナガン。無理な姿勢が負担をかけてるせいで痛みのせいか呻き声を上げる怪我人を見て、隊長ART 556がナガンを咎める。
「ちょっとどういうつもり! 怪我人なのよ!」
「あちら側に行く。このままでは助かるものも助からぬのじゃ」
「あちら側?」
「......ああ。この景色には見覚えがある。
チェルノボーグ、聞いたことあるか?」
ナガンの告げた地名には誰も聞き覚えがない。
「チェルノブイリじゃなくてか?」
「そうじゃ。そんな地名、ここには存在しない」
「存在しない地名? コミックのよみすぎよナガン。身体だけじゃなくてメモリまでポンコツになったの?」
「本当にそう思うか?」
ナガンの言葉に嘘は無い。付き合いの長いガンスミスは感覚でわかるであろうし、ここで嘘をつくメリットは皆無だ。ひとつ、心当たりがあるとすれば。
「ねえナガン。しばらく前MIAやらかしてたよね? もしかして、その時別の場所をほっつき歩いてたわけ?」
M1911の質問に対してナガンの返答は沈黙。それこそが答えであるように、彼女は背負っている怪我人を愛おしそうに見つめた。
「こやつの名前はジェシカと言う。本来であれば支給品の武装を扱うはずじゃったが、生活費を切り詰め銃を買うような変わり者じゃった。
気が弱いのが難点じゃったが、忠実に基礎基本をこなせる良い兵士じゃった。その基本はわしが教えた。
わしの教え子の1人じゃ。
初めて弟子の中から死人を出すわけにはいかん。しかし、この様子ではもう間に合わぬ。
しかしあちら側であれば、助かる見込みはある」
ナガンは鏡を一瞥し、一歩を踏み出す。
「......前回は幸運に戻ることができた。じゃが、今回はわからん。
年寄りのわがままに付き合う必要はない。お主らは主力として戦線を支えてゆく存在じゃ、このような細事に惑わされるな。
基地に戻れ。良いな」
「......了解」
無言のままジープに乗り込んでゆく人形たち。
それらを見届けてから、ナガンは鏡を潜り姿を消した。
「......さて。命令に従うのは人形だけ。さっきの根回しはそのせいか」
「まさか、不気味に静かだったのは」
「へいへいナガンよう俺を先に返さなかったのは誤算だったな。もうナガンを失うのは沢山だ! ちっとばかし付き合ってくれよな!」
「そうでなくっちゃ面白くない!」
「しかし、命令は......?」
「忘れた。聞き間違えた。人間は都合の良いことばかり覚えて悪いことは聞かなかったことにすんのさ!」
アクセル全開、出力最大。
相棒のわがままは聞き飽きた。今度はこっちのわがままも通させてもらわなきゃ釣り合いが取れない。
「レッツーゴー異世界! いつまでも自分の言うことが通じると思うなバッキャロー!」
「ゴーゴーレッツゴー!」
「教官......フハハハハ、血が滾るわねぇ! 思いっきりシゴいてあげようじゃない!」
「怖いにゃ! M14が壊れたにゃ!」
「いつものこと」
「はぁ......私は貧乏くじばかり......ついていけない」
前回は1人だったかも知れない。
だが、今回は1人じゃない。
1人と5体を乗せたジープもまた鏡を潜り姿を消した。
そして、戦場は異世界、チェルノボーグへ。