「テストを返す、赤城ー」
「はーい」
夏も過ぎ去った秋の入り口。二学期の生徒にしてみれば、それはまさに一喜一憂するにふさわしい時期である。
今日はテストの返却日。大変喜ぶ者もいれば、大変落ち込む者もいる。高校生にとっては「成績」というレーティングを下される運命の瞬間である。
そんな試験であるが、相変わらず彼、水野海斗の点数は平均点ちょっと上であった。
容姿も並み、運動能力も並み、頭脳も並みな彼はザ・普通と呼ぶにふさわしい人間。それが彼、水野海斗だった。
「水野ー」
「はい」
テストが返却される。そこに書かれた点数は六十七点。授業の冒頭で発表された平均点は六十五点。またも平均より少し上だ。
「海斗、どーだったよ」
「別に。いつも通りだよ」
隣の席の澤部が話しかけてくる。わかってるくせに、と思いながらも断る理由がないので答案を見せる。
「お前、やっぱり平均点くらいだよな。いいなぁ、俺なんて赤点ちょっと上だぜ」
それは自慢げに言えたことではない、と思いつつも澤部の答案を確認する。三十二点。数学が苦手な澤部にしては頑張った方だな、という評価を脳内で下す。よく見ればケアレスミスばかりだったりするので、地頭はそんなに悪くないのでは、とも思う。
「お前、もうちょっと頑張れよ。ケアレスミスばっかだろ」
「そのあとちょっとがわからないんだよなぁ」
塾にでも行けよ、と割と本気で思った。
そうこうしているうちに、テストの返却が終了した。学生である彼らにとっては、つかぬ間の安息の時である。
「なぁなぁ海斗、今日AOに入るか?」
「入るよ。経験値ボーナス期間なんだし、今のうちにレベリングしておかなきゃだしさ」
AOとは、現在社会現象にまでなっている世界初のフルダイブ型MMORPGである。その正式名称はART-imate Online。ヒーローからヴィランまで、戦闘から生産まで、幅広いプレイスタイルがウリのオンラインゲームである。
無論、澤部も海斗もそのAOのプレイヤーであった。
チャイムが鳴る。それは、その日の授業が全て終了したことと、テスト返却が全て完了したことを意味していた。
「よっしゃぁ、全部終わったぁ!はー、長く苦しい戦いだった……」
「大袈裟だよ」
往年のゲームの名言を吐いて机に突っ伏す澤部。
「まだホームルームもあるんだしもうちょっと我慢しなよ」
「あーもう、早く帰ってAOしてぇ……」
「駄目だこいつ」
そんな茶番をしているうちにホームルームも終了し、下校時間になった。
そこにいる生徒のほぼ全員が、思い思いの時間を過ごすため帰宅の準備を始める。
「早く帰ろうぜ。もう我慢できねぇよ」
「ヤクでもキメてんのかうぬは」
それは海斗と澤部も例外ではなく、二人は帰路についた。
「そういえばさ」
「ん?」
澤部が語り出す。
「最近、妙な噂を聞くんだよ。AOでも、リアルでも」
「妙な噂?」
海斗は、特に噂に心当たりはなかった。
「なんだそれ」
「ああ。なんでも、最近リアルで、AOの敵モブやヴィランに似た怪人が暴れてるらしい」
突拍子も無いその噂に、海斗は顔をしかめた。
「流石に特撮の見過ぎだろ。なんだよ、怪人って」
「それが、結構マジらしいんだよ。最近増えてるだろ、ガス爆発事故とか、建物の崩落事故とか。あれは、その怪人の仕業らしいぜ」
妙に真剣に語るので、海斗はその話に少し薄ら寒さを感じた。
「そんなことがあったら警察が黙っちゃいないだろ」
「それがどうやら、警察が揉み消してるらしい」
「まさか」
そんな話をしているうちに、澤部と海斗の帰路の分かれ道に着いた。
「あの噂、結構マジらしいから気をつけろよ。じゃあな」
「ああ、また後で」
そうして別れ、自宅への歩みを進める。
しかし自宅への歩みを進めていると、その帰路の途中でガラの悪そうな三人組に絡まれてしまった。
「なぁ」
「俺たち、今金に困ってんだよね」
「ちょっとだけでもさ、分けてくれない?」
なんとも典型的なカツアゲである。
しかし、ごく普通の生徒である海斗は、その形相に完全に怯んでしまっていた。
「いや、僕、そんなにお金持ってないです……」
「いいからいいから、財布出してみなって」
「痛くしないからさあ、ね?」
「ちょっとカバンから財布を出すだけだって。簡単でしょ?」
リーダー格と思しき大男が凄みながら、取り巻きとともに詰め寄ってくる。
あまりにも頭が近くなってきたので、海斗はある脱出方法を思いついた。
「えっと、その……」
「なぁ、俺たち時間ないんだよね」
「そうそう、早くしてくれないかなぁ」
「ほら早く早くゥ」
あまりにも凄むことに集中しているあまり、彼らは互いの顔が近いことに気づいていなかった。
そこで。
「ちょっと待ってください……なっ‼︎」
両手を大きく広げ、思いっきり挟み込んだ。
──三人の頭を巻き込んで。
「がっ」
「ぐっ」
「ぐぇ」
そしてそのまま、悶絶する三人組をよそに、脱兎の如く逃げ帰ったのであった。