Fate/Grand Order 亜種特異点:?? 三都分裂国家日本 作:小々波海月
「全く、本当に面白い生き物だ……人間ってのは」
部屋の中に壮年の男性の声が響き渡る。部屋の中央にぽつんと置かれたソファ。そこに声の主は座っていた。白い装甲に覆われた、ヒトとは似ても似つかぬまさに「怪人」と呼ぶにふさわしい存在がーーそこにはいた。その手の中では、黄金の杯が鈍い輝きを放っている。
「万能の願望器ーーまさかこんな物を人間が創りだしていたとはねぇ……お陰で俺も『コレ』を愉しめるわけだが」
その視線の先には、空中に投影された何千、何万ーー数えるのも気が遠くなるような映像の数々があった。その中にどれ一つとして同じものはなく、千差万別の物語を紡ぎ出している。時折、映像が泡のように消え、再び新しい映像が始まる。それの繰り返しだ。
映像の中では、戦い、傷つき、絶望し、泣き、そして最期にはーー死んでいく「人間」の姿が映し出されていた。極限の状況下で人間は、理性の服を脱ぎ捨て、その下の本性を剥き出しにする。ーー何もかもに絶望して抗う事を止める者、他者を蹴落としてでも自分だけは生き残ろうと足掻く者、社会秩序の崩壊を良いことに非道の限りを尽くす者、そしてーーこの状況の中でも諦めず希望を胸に戦う者。
部屋の中に哄笑が響き渡る。どうしようもなく、弱くて、ちっぽけで、愚かで、哀れで、ーーそれでいて愛おしい存在。
「これだから俺は人間が大好きなんだ!」
「だからよ、精々俺を愉しませてくれよ? ーー戦兎ォ?」
ーー怪人の目線の先にある映像には、傷つきながらも戦う青年の横顔が映し出されていた。
ーーーー
「おはようございます、先輩」
「あと五分……」
「ダメですよ先輩! 健康的な生活は早寝早起きからと、ナイチンゲールさんも仰ってました。さあ!」
マシュはその細腕からは想像できないような力で、布団を剥がしにかかる。抵抗してみたものの、寝起きで上手く力が入らず、あえなく撃沈。
「マシュの意地悪……」
「私知ってるんですよ。先輩が、昨日夜遅くまでインフェルノさんや孔明さんとスマ◯ラで相当exciteしてたこと」
後輩に夜更かしを指摘され、ウッと言葉に詰まる。二度寝を諦め、もそもそといつもの制服に着替えた。
「今日の朝食はなんでしょう? 楽しみですね!」と声を弾ませるマシュにと共に食堂へと向かう。食堂はスタッフやサーヴァント達によりいつものようにごった返していた。カウンターキッチンの向こう側では、料理上手なサーヴァント達が生き生きとその腕を振るっている。
「おはようマスター、今日は何にする?」
カウンターキッチンの向こう側から顔を出したのは、弓兵クラスで召喚されたサーヴァント、エミヤだ。黒いエプロンが大変よく似合っている。
「えっと……ご飯と味噌汁?」
「それだけじゃ栄養が足らないなマスター。焼き魚と野菜も付けよう。……マシュは?」
「それでは私も先輩と同じものを!」
「了解した」
程なくして出てきた完璧な「ザ・日本の朝食」といった風情の朝食に舌鼓を打ちつつ、マシュと今日の予定について話し合っていた時であった。
『あーあー、藤丸立香くん、マシュ。聞こえてる? 至急管制室に来て欲しいんだ』
カルデア全体に響き渡る放送。その声の主はやはりというかなんというか、現カルデア最高顧問にして万能の天才、レオナルド・ダ・ヴィンチその人だった。
「一体何があったんでしょう……?」
「さあ……?」
ーーーー
「おはよう、立香くん、マシュ。突然呼び出してすまないね。早速だが、二人に見てほしいものがあるんだ。新たな特異点が、先程シバによって観測されたんだ」
管制室へ向かうと、いつになく真剣な顔をしたダヴィンチちゃんに迎えられた。その言葉と同時に近未来観測レンズシバにより観測された映像が映し出される。それは自分にとっては非常に見慣れた懐かしい故郷ーー日本であった。ーーある一点を除けば。
「なに、これ……」
「この赤い光は一体なんなのでしょうか……?」
国を三つに分断するかのように赤い光が走っている。少なくとも自分が知っている日本にこんなものはなかった。
「これ、日本なんだよね……?」
「間違いなく日本だよ。ただ、立香くんが知っている日本ーーつまりこの世界の日本ではないってことさ」
「それはつまり、並行世界……ということでしょうか?」
「そういうことになるね。無数に枝分かれし、分岐する世界。その一つの可能性。ただ、本来ならそのような世界をシバが観測することはない。ただーー」
「ただ?」
「立香くんは、新宿の亜種特異点を覚えているかい?」
「ええ、まあ」
「あの時、新宿は完全に隔絶された世界で、新宿より外がそもそも存在しなかっただろう? あれと同じようなことがあの日本でも起こっている。そしてーーこの特異点を創り出すために聖杯が使われているのは間違いないと思うんだ」
「シバで観測できたのはここまででね、内部の状況がどうなってるか分からないーーいや正確に言えば『見られない』んだ」
「正直、イレギュラーすぎる。そもそもこの世界ですらないときてるしね。ただ、特異点として観測され、聖杯が使われているのは間違いない以上ーー」
「君に調査を頼みたいんだ、藤丸立香くん」
ダヴィンチちゃんのいつになく真剣な眼差し。グランドオーダー、聖杯探索、それが自分に課せられたものならば。
「やります」
「先輩……」
「……君ならそう言うと思っていたけれど……本当にありがとう」
「まあ久しぶりに日本に行ってみたかったし」
おどけて答えてみせた自分に対し、どこか悲しげにダヴィンチちゃんが微笑んだ。
「正直、状況も分からない未知の場所に君を送り出すのは気が引けるんだけどね……、ただこちらとしても出来る限りの準備をさせてもらおーー」
「そういうことなら私も同行させてもらおうか、マスター」
「オレもいるぜ、大将!」
「エミヤ先輩! 金時さんも!」
ダヴィンチちゃんの言葉を遮るように現れたのは、先程まで厨房で料理の腕を振るっていた弓兵クラスのサーヴァント、エミヤと騎兵クラスのサーヴァント、坂田金時であった。
「戦力は多いに越したことはない。未知の状況下なら尚更だ。そうだろう? 」
「誰か呼びに行こうと思っていたところだったけれど……キミ達二人なら申し分ない。特異点でのマスターの護衛……頼まれてくれるかい?」
「おうよ! 任されたぜ!」
「二人が一緒なら自分としても頼もしいよ」
「先輩! 私も先輩が安全に調査を行えるようにしっかりサポートさせていただきます!」
「うん、ありがとうマシュ」
「なので……」
途中で何故か言い淀んだマシュの手を、次の言葉を促すようにそっと握る。やや低めだが、柔らかく暖かい温度が伝わってくる。生きている者の体温だ。
「先輩が元気に帰って来ることを祈っています」
「先輩におかえりなさい……って、私言いたいので……」
そう言うマシュの手は微かに震えていた。並行世界、三つに分裂した日本、おまけに内部のおおまかな状況すら分からないというイレギュラーな状態だ。デミ・サーヴァントとしての力が使えなくなった今、サポートに徹するしかない自身になにより歯痒さを感じているのはマシュ自身なのだろう。握る手に少し、力を込める。自分はここにいる、とでも言うかのように。
「大丈夫だよ、マシュ」
「ちゃんと帰ってくるから」
「……はいっ!」
ーーーー
「立香くん、君に幸運があらんことを」
ーーアンサモンプログラム スタート。
霊子変換を 開始します。
ダヴィンチちゃんの声を最後に、いつもの聞き慣れた無機質なアナウンスがレイシフトの開始を告げる。白い光につつまれ、重さを無くすような感覚に陥りながら、次に目を開けた時に広がる景色に思いを馳せたーー。