Fate/Grand Order 亜種特異点:?? 三都分裂国家日本 作:小々波海月
無重力状態のようなふわふわした感覚が徐々に消え、重力が戻ってくるような感覚を覚える。この瞬間はいつもドキドキする。何故なら、どこにレイシフトするかというのは不確定だからだ。ちゃんと地面の上にレイシフト出来たら万々歳だが、空中に転送されることだってある。そんなことになったら目も当てられない。パラシュートなしのスカイダイビングは二度とごめんだ。
果たして、その願いが聞き届けられたのだろうか。足裏にはしっかりとした地面の感覚を感じる。とりあえず第一関門突破。ホッとしながら目を開いた先に広がっていた光景はーー驚くべきものであった。
ーーそれは巨大な壁であった。シバで観測された映像が脳裏に蘇る。日本を三つに分ける赤い光。その正体が、この壁なのだろう。そんなことを考えながら、ふと辺りを見回す。瞬間ザッ、と身体中の血の気が引く音がした。ーーエミヤと金時、一緒に来ていたはずのサーヴァント達がいない。
『ーー立香くん?』
「‼︎ ダヴィンチちゃん!」
耳慣れたノイズ音が走り、いつものようにダヴィンチちゃんのホログラム映像が空中に投影される。よかった、カルデアとの通信は正常に繋がるらしい。
『 よかった! 繋がったみたいだね! 本当にすまない! エミヤくんと金時くんなんだがーー立香くんと同じ座標に転移させるはずだったんだが、何者かの妨害が入ってね……どうやらバラけてしまったらしい。こちらでもなるべく早く合流出来るよう尽力するから、立香くんも出来る範囲でとりあえず特異点の調査を頼みたい』
「わかったよ、ダヴィンチちゃん」
『出来る範囲で、だからね? 危険が及ぶようなことがあったらすぐ逃げること。わかったね?』
ザザ、と再びノイズ音が走り、今度はマシュのホログラム映像が現れる。
『ああ! 先輩! ご無事だったんですね! お怪我はありませんか? こんな時私がそばにいれば……すみません』
「マシュが謝ることじゃないよ」
『先輩がなるべく早くエミヤ先輩と金時さんと合流出来るように、このマシュ・キリエライト、尽力させていただきます』
『あーところで』
ゴホン、とダヴィンチちゃんの咳払いが聞こえる。
『巨大な壁のようなものが見えるんだが、それは一体?』
「詳しくは分からない。多分、日本を三つに分割していた赤い光の正体だと思う」
『ふむ……もっと近くに寄ることはできるかい?』
「やってみる」
巨大すぎるせいで距離感が狂いそうだが、ここから壁まではそこまで距離はないはずだ。周囲を警戒しながらゆっくりと壁の方向へと歩き出す。それにしても人気がない。動くものといえば、風に揺れる草ぐらいのものだ。不自然なくらいの静寂に支配されている。ーー、いや前言撤回だ。近づいてみて判明したのだが、壁の周囲を護衛するかのように灰色の制服を着た人……だろうか、が巡回している。その手には黒光りする銃器のようなものがあった。
『これ以上は無理そうだね……』
ダヴィンチちゃんがそう呟いた時だ。ドン、という重低音が響き渡る。音のした方に目をやると、無機質な装甲に覆われた怪人がそこにはいた。足元にはひしゃげたスクラップが転がっている。怪人の出現により、先程まで壁の周りを巡回していた者達が一斉に銃撃を放つ。しかし、怪人はそれを物ともせず、腕を振り上げる。バキバキ、という嫌な音がしてーー。
『立香くん!』
激しい銃撃音に紛れてダヴィンチちゃんの声がする。
『気づかれないうちに逃げるんだ!』
瞬間、硬直が解ける。もつれる脚でなんとかその場から逃げだそうとーー
『先輩!』
マシュの悲鳴じみた叫びが聞こえた。振り返ると、一通りスクラップの山を築き終わった怪人がこちらを向いていた。銃撃音は、もう、聞こえない。逃げられるのかーー? この恐怖に震える足でーー?
『先輩! 早く逃げてください!』
マシュの声に急かされ、もつれる脚で転がるように走り出す。ドン! と先程と同じような音が聞こえ、衝撃で転んでしまう。見ると、すぐ後ろの地面が抉れていた。このまま逃げても追いつかれるだけだ。なにか足止めをーー。
反転し、右手の人差し指で怪人を指差す。震えてうまく標準が合わないのを、左手で無理やり押さえ込んだ。
「ガンド!」
礼装と自身のなけなしの魔術回路に魔力が奔るのを感じる。それは礼装でだいぶ軽減されているが痛みを伴うものだった。怪人に効くのかは分からない。祈るような気持ちを込めて光弾を発射する。
果たして、願いが通じたのか礼装が凄いのか(おそらく後者だろうが)、怪人はスタンガンに撃たれたかのように動きを停止させた。
(やった!)
その隙を逃さず、すかさず走り出す。願わくばずっと停止していてくれますようにーーなどという甘い考えを抱いたが、そう上手くはいかないようだ。
ドン、と三度目の重低音が響き渡る。距離こそ引き離せたものの、いつどうなるか全く分からないこの状況。何か手立てはないのか、考えろ、頭を回転させろ、何か打開策があるはずだ。考えろ、考えろ、考えろーー!
「伏せて!」
バイクのエンジン音と共に突然耳に飛び込んできたのは、見知らぬ青年の声。咄嗟にその声に従うように地面に伏せると、頭上を銃撃が飛び交う音がした。音が止むのを待って、そろそろと顔を上げるとーーなんと、あれほどの銃撃を浴びてもなんのそのといった様子だった怪人に、青年の攻撃が効いているようなのだ。
ブレーキ音が聞こえ、青年のバイクが近くに停まる。
「大丈夫? 今のうちに早く!」
「はい……!」
ヘルメットを取り、バイクから降りた青年が逃げるように促してきた。それにただただ頷き、もつれる足で走り出す。どうやらあの青年はあの怪物に対抗できるなんらかの手段を持っているらしい。
「ーーさあ、実験を始めようか」
背後から聞こえてきたのは少しカッコつけた決め台詞みたいな言葉で。続いて、シャカシャカ、と何かを振るような音が聞こえてくる。
『Rabbit!』
『Tank!』
『ーーBest match!』
『Are you ready?』
「変身‼︎」
それはこの緊迫した空間には似つかわしくない、ともすればふざけているとも取られかねないくらいハイテンションな音声だった。逃げろ、と言われたのも忘れて思わず振り返ってしまう。
『鋼のムーンサルト! ラビットタンク! イェーイ‼︎』
「勝利の法則は決まった!」
ーー先ほどまで青年がいたと思しき場所に、赤と青の装甲に覆われた人が立っていた。何故だろう。初めてみたはずなのに、既視感を覚えるその姿は。
「……仮面、ライダー……」
無意識のうちに口からポロリと溢れたセリフに自分でも驚いてしまう。ーー仮面ライダー。それはテレビの中のヒーローだ。小さい頃に見ていておもちゃを買ってもらった記憶もある。でも、あれは現実にはいないテレビの中だけの虚構の存在のはずだ。それが何故、ここにいる?
暫定仮面ライダーは怪物の攻撃を的確に避けつつ、蹴りやいつのまにか手にしていた剣のような武器で怪物と戦っている。戦況は仮面ライダーの方が明らかに優勢だ。たじたじ、といった様子の怪人が後ろによろける。
『Ready go!』
『ボルテックフィニッシュ‼︎』
再びハイテンションな音声が響き渡り、仮面ライダーがジャンプする。突如出現したレーンのようなものに沿って、繰り出されるキックは標的をしっかり捉えてーー怪物は爆発した。爆風が収まり、そこに倒れていたのは息も絶え絶え、といった様子の怪物だ。傍目から見てもあそこまで高威力らしき攻撃を受けてよく姿形を保っていられるな、と感じたが怪物なのでそこら辺は違うのだろう。仮面ライダーは怪物にツカツカと近寄ると、なにやら空のボトルのようなものの蓋を開け、怪物に向けた。すると、不思議なことに怪物の装甲が粒子状に分解され、ボトルに吸い込まれていく。粗方吸い込み終わったあと、そこに倒れていたのは怪物ではなくーー人間だった。
ボトルの蓋を閉め、仮面ライダーの方も変身を解く。予想通りというか、先程助けに来てくれた青年が仮面ライダーに変身していたようだ。青年は倒れている人間の肩を揺する。もぞもぞと起き出したその人と二、三言葉を交わすと、倒れていた人は立ち上がる。少々覚束ない足取りながらも歩き出したその人の背中を暫く見送っていた青年は、何か思い出したような表情でこちらへと振り返る。目線と目線がかち合った。逃げろ、と言われたにも関わらずそこに止まっていた気まずさも相まって思わず目をそらすと、ーーなんと青年がこちらへ向かって歩いてくるではないか。
目の前でピタリ、と立ち止まる。青年は左右で色違いの靴を履いていた。洒落だなーなどと現実逃避していると、目の前に手が差し出される。
「立てるか?」
気遣わしげな声音で発せられた言葉。思わず差し出された手と、青年の顔を交互に見てしまう。今はっきりと青年の顔を見たが、端正な顔立ちをしているな、などとぼんやり思っていると、しびれを切らしたのだろうか。青年が痛くない程度の力で自分の腕を引っ張り、立ち上がらせてくれた。
ーーその時初めて自分が、足に力が入らずへたり込んでいたことに気づいたのだった。