国立雄英高等学校。アーチ状の校門を抜けた先に聳え立つ2つの巨大なモノリスのような形をした校舎。それが並ぶように建築されており、その敷地面積は他の国立校と比べても一線を画している。
何故そのように広大な土地が必要となるのか。
それは雄英高校の特色の一つと言って差し支えない、ある専門科目が要因となっている。
全ての始まりは中国にある軽慶市。“発光する赤児”が生まれたというニュースだった。原因は不明、ただその事象を皮切りに超常的な事象は全世界で確認され始めた。
そうしている間にも時は流れ、“超常” は “日常”へ。
漫画のような、アニメのような “架空” は “現実”へ。
世界総人口の八割が何らかの“特異体質”となった現在。かつて誰もが空想し憧れた一つの職業が脚光を浴びていた。それが『ヒーロー』。
雄英高校にはそのヒーローを育てる為の専門学科、雄英高校ヒーロー科が存在している。偏差値79、入学倍率300倍を誇るその狭き門に、一人の少女が挑戦していた。
「ここが雄英高校かー。ダッサィ校門☆」
口元をニヤリと歪め、金色の瞳の中には星が瞬いている。
金糸のような髪を盛りに盛りまくり、細く白い指の先には彩られた十のネイルアート。胸元を少し強調するように改造された制服。
ざっと羅列しただけで他の受験生達と違い、周囲からバリバリ目立ちまくってるのが分かる。だが当の本人は周りからの好奇の視線を気にもしない。まるでそんな視線は散々浴びてきたと言う様に。
冠 雷鼓。それが少女の名である。
見続ければ首を痛めかねない程の高さを持つ校舎を視界に納め、冠は悪びれもなく「悪趣味ー☆」と呟く。
満足したのか、視線を元に戻し、冠は再び歩を進めて、アーチ状の校門を抜ける。
受験票に書かれた教室へと辿り着いた冠が教室の扉を開けると、中にいた生徒の無数の視線が冠へと突き刺さる。ざわざわ、とざわめく生徒達のその視線の種類は驚愕、好奇、嫌悪と様々に入り乱れていた。
「んー。とりあえずキモイから見てくんな☆」
それら一切合切全てぶった切ったのは冠の一言だった。その一言でピタリ、とざわつきが止み、冠は清々したと空いている席を探す。
「君ィ!! 何だその格好は!?」
急にガタリ、と立ち上がった少年がいた。
冠的にいかにもカタブツそうに見えた少年は冠を指差し、頭髪加工に制服改造のルール違反をマシンガンのように捲し立てる。
やれ規則がどうだ、校則がどうだという話は校舎に入って直ぐに教師側も冠に注意してきた。それを悉く論破して冠はここにいる。つまり今回も────
「私、服これしかないんだけど何かな?
君は私に制服脱いで、上は下着で試験受けろっていいたいのかな?☆」
冠 雷鼓の快勝である。
ぐうの音が出なくなった少年は、ではせめて髪だけでもと冠に追いすがるが、こうしないと個性が使えない、と言う冠の言葉の真偽を確かめずに為す術なく着席した。
あの理由を信じるとかアホなのだろうか、と首を捻りたくなった冠だが、これ以上余計なチャチャが入らないようにさっさと座れる席を探すことにする。
見つけたのは、茶色いボブの少女の隣だった。滑り込むように冠はその席に着き、はー、と溜息を吐いた。
「た、大変だったね」
ボブの少女がぎこちなく笑って冠に話し掛けて来る。実技試験に緊張しているのか、冠の風貌と先程のセリフに気圧されているのかは分からないが、そんな様子の少女に冠は笑顔を浮かべる。
「別に大した事ないって☆
あんな程度で黙るようじゃ実力も知れてんじゃない?」
嫌味を交えたセリフに少女はアハハ、と笑いを浮かべるだけだった。
それより、と冠は少女の方へくるりと向き直り、手を出した。
「私は冠 雷鼓。お互い実技試験頑張ろう☆」
差し出された手と笑顔に、少女は一瞬惚けるが、すぐさま正気に戻って差し出された手を両手で握り潰さんばかりにがっしり掴む。
「よ、よよよろしく!!
う、ウチは麗日、麗日お茶子!!」
「お茶子痛いよー☆」
こうして冠 雷鼓と麗日 お茶子は出会う。これは雄英高校学園生活の長い長い最初の一ページとして刻まれる───。
*
麗日 お茶子は焦っていた。
国内最難関と言われる雄英高校ヒーロー科の実技試験。調べて見ても情報規制されているのか、試験がどういった傾向で行われているのかすら掴めていなかった。
ヒーロー科を受験する生徒が集められた部屋で簡単に試験の概要が説明されると、麗日の焦りは更に募った。
「(今回の試験、完全に戦闘タイプの個性が有利や!!)」
麗日の個性は触れた物体を無重力に変え、両手を合わせることで元の重力へと戻す個性。あまり戦闘向けとは言えないこの個性で今回の実技試験の要、“仮想敵”をどれだけ倒せるのかが考えつかなかった。
「(浮かせるだけでも撃破と見なしてくれるんか?
完全に破壊せなあかんのやったら複数体浮かせて纏めて落とした時の衝撃で壊すしか!! けどそうしたらウチのキャパが持つんか?)」
個性というのは万能では無く、どの個性にも弱点と呼ばれるものは少なからず存在する。麗日の場合、それは量であり、重さである。
一度に沢山のものを浮かせるには限度があり、また重すぎるものや自身を浮かせた際にも激しく酔う。一応本人の意思を尊重して述べるが、麗日の体重が重すぎる訳ではなく、自身を浮かせるのにあまり慣れないだけである。もし重いなどと口走ろうなら生身で宇宙旅行は免れないだろう。
試験の内容についてグルグルと頭を回しているうちに、移動バスが到着し試験会場へと向かう。試験会場で知り合った冠 雷鼓というバリバリのイケイケギャル(死語)のような少女と会話を交わす間にも麗日の脳はフル回転していた。
偏差値79と言われる雄英高校の学科試験を自己採点で合格を叩き出すほど優秀な脳が生み出す答えは、
「(冠さんの話、面白いなぁ)」
完全に別方向に回転していた。
試験会場に着くと、そこは一つの街のようだった。
あまりの広さにまたしても雄英高校の規格外さに驚く麗日だったが、
「(今更何ビビってるんや!!
ここまで来たら全力でやるだけや!!
お父ちゃん、お母ちゃん、応援しててな!!)」
静かな闘志をメラっと燃やしながらも、落ち着け、落ち着け、とトントン胸を叩き、冷静に務める麗日。チラリと横目に自分より背の高い冠を覗けば、自信満々に街の向こうを見つめる冠。
堂々とした立ち居振る舞いに凄いなーと感心する麗日の聴覚が、『スタート!!』という声を拾って脳に届けた。
すたーと?
いや、すかーと?
いやいや、 すたっかーと?
その言葉の意味を麗日が理解する前に、紫電が走った。遅れてバチリ、という放電したような音が麗日の耳を抜けていった。横を見れば、先程までいた冠が既に居ない。
「(出遅れた!?)」
『どうしたぁ!?
実戦じゃカウントなんざねえんだよ!!
一番に駆けて行ったやつみたいに走れ走れ!!』
その言葉で完全に我に返った麗日は一歩を踏み出す。
麗日と時を同じくして他の受験生達も我先に、と街の中へなだれ込んで行く。
「(とりあえず浮かせる方向で!!)」
ビルの影や屋上から、はたまた窓を突き破って現れる“仮想敵”の攻撃を避けながら触れていく。何ポイント稼いだかを頭の中に入れながらスタートで遅れた分を取り戻そうと、街の中央へ進んでいく麗日。
「ふー、28P・・・」
キャパシティの限界も近付いて来た麗日の視界にチラチラ走る電光。恐らくは冠だろう、と麗日は思っていた。最初に見掛けてから今に至るまで休むことなく、縦横無尽、三次元的に動き続ける冠を見て、その実力は本物だと確信した。
「ウチも頑張らなきゃ!」
残り時間は数分しかない。気合を入れ直そうと奮起した瞬間、ビルの一角が弾け飛んだ。
試験官の説明にあったいくら倒そうがポイントにならないお邪魔虫 “0P敵”。
その規格外過ぎる大きさに、麗日は顔を青ざめた。
これは逃げないと行けない───。そう悟った麗日は入口に向かって全力で駆けようとする。
だが、遅かった。冠に気を取られ、“0P敵”の出現に動揺した麗日の逃げるための足は、ビルの一角が吹き飛ばされた時の衝撃波による瓦礫の雨に巻き込まれた。
潰される直前に自身の個性で浮かせることには成功したが、足を痛めたのか麗日が瓦礫の下から這い出でることはしなかった。
「いったぁ・・・」
加えてキャパシティオーバーによる激しい酔い。麗日にこの状況を脱する術はなかった。ただ迫り来る怪物の進行を見上げて待つしかない。そんな中で───一つの影が空中を、一筋の光が眼前に走った。
*
私立聡明中学三年、飯田 天哉は見た。
人間というのは、本当に弾丸のようにぶっ飛んで行けるのだと。
そしてヒーローというのは、あのような少年少女を指してこそ、ヒーローというのだろうと。
実技試験の説明会場で一度。実技試験会場で一度。飯田が緑髪の少年を注意した回数である。
最近は雄英高校のあまりの倍率の高さ、偏差値の高さに、雄英高校を受けるだけでも自らのステータスとする記念受験なるものがあると聞いていた。
試験の妨害を試みようとしていた緑髪の少年。更には頭髪加工に制服改造、よくよく見れば爪までもカラフルにデコっていた(死語)ルール違反少女も、それにあたると飯田は考えていた。
そんな彼らは由緒ある雄英高校には相応しくない、そう考えていた飯田だったが、そんな彼が、避難が遅れた彼女を助けるために弾丸のような速度で飛び出した。
それを自分達は見ているだけだった。自らの合格の事しか考えない者と、避難が遅れた者がいると見るや助けに飛び出す者。
「(これではどちらがヒーロー志望か、分からないな)」
弾丸のように飛び出した緑髪の少年を目で追う。既に点ほどにも小さくなった少年が腕を振るうのが見えた。
「(まさか、あのロボットを壊す気なのか?)」
腕が、振り下ろされる。
ゴッ!!!!!!!!! という音が遠く離れた飯田の耳を通り過ぎ、暴風が飯田の身体を叩く。
身体強化系の個性なのか、はたまた全く別の個性なのか飯田には判断出来なかったが、その一撃は確かにあの“0P敵”を機能停止に追い込んでいた。
ゆっくりと“0P敵”が倒れて行く。だがその足元には、麗日がいる。反射的に麗日の方へ目をやる飯田。その眼に映ったのは───瓦礫に挟まれた麗日を救出している冠だった。
結局雄英高校ヒーロー科の受験生の中で最もヒーローらしい行いをしたのは、飯田自らが相応しくないと判断したあの二人だった。
試験という場でなければ、当然自分も同じようにしたさ! と自らに言い聞かせる飯田は、その言葉の端から、雄英高校の実技試験に隠されたもう一つの意図に気付く。
「(そうか!!
この試験がそういう構造なのだとしたら彼らは・・・)」
冠に肩を貸してもらいながら歩く麗日は、足を引きずってはいるが他に心配そうな箇所は無く、緑髪の少年もリカバリーガールに何故か折れていた両足と右腕の骨折を治してもらっており、結果的に大きな怪我もなく、雄英高校の実技試験は無事に終了した。
実技試験の感想を述べ合う受験生の中、ただ一人雄英の意図に気付いた飯田は歯噛みしながら、担架で治療室に運ばれる緑髪の少年と麗日と笑い合う冠を目で追っていた。
*
雄英高校職員、相沢 消太。
イレイザーヘッドと呼ばれるアングラ系プロヒーローで、個性は“自らの目で視認した個性を見続ける間、消失させる個性”を持つ。
それなのにドライアイとかいうもったいない特徴を持つその瞳で、相沢は一枚の用紙を眺めていた。
「頂城学園か」
「何見てんだよイレイザーヘッド」
難しい顔をする相沢の頭にドカリ、と腕を置いたのは、雄英高校の実技試験での説明役を担った、プレゼントマイク。
雄英高校の教師としての側面だけでなく、ぷっちゃへんざラジオという自分の番組を持っている。
相沢はプレゼントマイクの腕を鬱陶しそうに跳ね除けながら、プレゼントマイクに眺めていた紙を手渡す。
「元々頂城にいた生徒が今年、ウチを受験してる」
「そりゃまたどうして・・。名前は──冠 雷鼓か」
相沢はフーっと息を吐きながら、背もたれに身体を預ける。
乾いた目をパチパチと瞬き、休ませる。
「めっちゃ別嬪さんじゃねえかこの子」
「何言ってんだ。中学生相手に」
「ジョーダンだって!HAHAHA」
ギロリと睨まれた相沢に、乾いた笑いを浮かべるプレゼントマイク。
「分からんのは何で雄英を受験したかだ。しかもヒーロー科」
相沢が自身が疑問に思っていた点を吐露する。
頂城といえば天下に一つ。日本が誇る、歴史ある学園である。
財政界の二世三世や、やんごとなき方々に、海外からのお偉い方々の子息令嬢を生徒に持つ特殊な学園である。
「あそこって確かエスカレーター式だろ?
確かに妙だな」
「弱肉強食、実力主義がモノを言い、どんな出自の人間だろうが等しく扱い、ルールに縛る。あそこに外のルールは通じない。そんな場所で幼等部から、中等部までいたやつが高校受験に雄英を選ぶか?」
「嫌気が差して逃げた、とか?」
「それは分からんが、何かがあったのは確かだろうな」
相沢は椅子をくるりと回して、雲一つない空を、職員室の窓から見上げる。
気にかかるのは冠 雷鼓の事だけではない。
『実技試験で“0P敵”相手に一撃で粉砕し、また自身も粉砕された緑谷 出久』
『圧倒的な戦闘センスで実技試験を合格した、ヘドロ事件の被害者、爆豪 勝己』
『あのNo.2ヒーロー。エンテヴァーの息子、轟 焦凍』
今年の雄英高校は、何かが起こる──ような気がする。そんな非合理的な感傷に囚われる相沢だった。
実技試験が終了し、幾日が経ったある日。
冠が家へ帰ると、雄英高校からの試験結果通知がポストに入っているのに気付いた。それを掴み、誰も居ない家の鍵を開けて冠は、リビングに腰を下ろす。
試験結果通知の封を開け、何時が入学式の日かだけを確認すると、冠は残りのそれらを───ゴミ箱へと叩き込んだ。
何かの仕込みがあったのか、ゴミ箱に叩き込まれた通知書の中からNo.1ヒーローである平和の象徴、オールマイトが雄英高校の受験の結果を教えてくれる声が聞こえる。ヒーロー科を志望している生徒達からすればこれほど嬉しいサプライズはないだろう。だが───
「うるせぇな」
国内最難関高校の一番倍率が高い専科に合格した事実も、皆の羨望の的であるオールマイトが合格を通知してくれるサプライズも、冠 雷鼓には等しくどうでもよかった。
無情に放たれた電撃は、オールマイトの音声が再生される仕掛けを破壊する。冠はそれに一瞥もくれずにリビングを去る。麗日と笑い合っていた冠の姿は何処にもなく、ただただ冷たい目を浮かべる冠がそこにいた。