幕末・浪漫千香〜どんな時代でも、幸せになれる〜   作:秋藤冨美

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坂本龍馬〈日常編〉

ある日のことであった。夕餉の買い物をしようと街に出ていた千香は、誰かに声を掛けられた。

 

「おいそこの嬢ちゃん。ちょっと一緒に来てくれや。 」

 

振り返ると見るからに柄の悪そうな男が二人。こっちはそれどころじゃないっての!と声を掛けて来た男を睨むと、したり顔で千香の腕を掴んでどこかへ連れて行こうとする。

 

「気が強い女は好みだよ。 」

 

変態め。如何してやろうか。左足を後ろに引き、構えたその時。

 

「おまんら、何しゆうがぞ! 」

 

ぬっと横から腕が伸びたかと思うと、千香と男が引き離される。は!?土佐弁?千香は驚いて声の主を見た。すると、土佐弁の男も千香に目をやり、気遣う。

 

「何にもされてないがかえ? 」

 

「は、はい。 」

 

まじまじと顔を見てみると、なんと、あの坂本龍馬ではないか!現代でも写真が残っていて、幕末の志士の中でも特に目にする機会が多い人物なので間違えるはずも無く。土佐弁の男は千香に狼藉を働こうとした男へ向き直り、どうどうと男たちを落ち着かせようと試みる。

 

「おんしら、女子にがいな真似はいかんぜよ。恋仲になりたいとゆうたち、先ずは仲良くなるがが筋ろう。 」

 

千香はその様子を見ながら、こんな感じで薩長同盟の仲介もしたのだろうかと呑気に考えていた。

 

「何!?お前には関わりのないことだろうが!引っ込んでろ! 」

 

ドンっと男は龍馬を押し退ける。

 

「ちょっと!この人に手出すことないじゃない!私を助けてくれただけでしょうが! 」

 

ハッと我に返った千香は男の振る舞いに、カッとなった。

 

「はん!知るか。さ、行くぞ。 」

 

再び男が千香に触れようと手を伸ばすと、ドスッ!と龍馬が刀の柄頭で男の胸のところを突く。ウッと呻いた男は、その場に崩れ落ちた。もう一人はと言うと、呆然と立ち尽くしており。千香はあらら...と伸びている男たちを見つめた。

 

「さいさい言うたち分からんがなら、体で教えるしかぇい。 」

 

坂本龍馬って、結構喧嘩っ早いのだろうかと思いつつも、刀を差し直す龍馬へ向け、千香は深くお辞儀をした。

 

「あの、助けていただいてありがとうございます。 」

 

「かまんかまん。めえっちゅう人間を助けるんは当然じゃき。 」

 

龍馬はにかっと笑った。

 

「それはそうと、おまん買いもんの途中やないがかえ?ようけ野菜持っとるがやし。 」

 

龍馬は千香の抱える買い物籠を指差す。

 

「ええ、そうですよ。でも、なんでそんなことを聞くんですか? 」

 

龍馬の問い掛けに千香は小首を傾げる。

 

「此処で会ったがも何かの縁。そん買いもんわしが手伝うちゃる。 」

 

え?手伝う?

 

「いえ結構です。きっと御忙しいでしょうし。何より初対面の方にそこまでして頂くのは申し訳無いですし

...。」

 

な、なんか今ここで坂本龍馬に買い物を手伝わせるなんて、全国の龍馬ファンに申し訳ない気しかしない。と千香は後ろめたい気持ちになった。

 

「遠慮するねや!わしは今丁度手持ち無沙汰やき。荷物持ちでもしちゃる。 」

 

「でも。 」

 

と千香が口籠ると通行人たちが、一人の女を三人の男が取り合っていると騒ぎ始めすっかり注目の的になってしまっていた。ただでさえ新選組は京の人間から嫌われているのだ。自分がこんな街中で目立って、後に新選組の仲間だと知れれば、ますます評判が悪くなるかもしれない。しかしここまで手伝うと言っている龍馬の思いを無下にするのも、千香の良心が痛んだ。仕方ないか。千香は龍馬の手を取った。

 

「分かりました。お願いします。じゃ、行きましょう。 」

 

「お!素直な女子は男に好かれるぜよ。 」

 

千香の返答に満足そうな龍馬。

 

「いてて...そんなに引っ張ったらいかんちや。 」

 

足早に立ち去ろうとする千香の心中を知る由もなく。暫く歩き、時々言葉を交わしつつ足りない食料を買い揃えていく。

その度に龍馬は荷物を持ってくれた。その姿は正に現代の男子にも見習って欲しいくらいのジェントルマンだと言える。

買い物を全て済ませると、千香は歩きながら龍馬に切り出した。

 

「あの、そう言えばまだお名前聞いてませんでした。私は森宮千香と言います。 」

 

「すっかり忘れちょった!わしは、坂本龍馬ぜよ。龍馬でええきに。これからよろしくお願いするがで。 」

 

今の今まで名前は聞いていなかったが、やはりこの男は、坂本龍馬なのだ。改めて、自分は本当に幕末の動乱の渦中にいるのだと実感した。

 

「はい。よろしくお願いします。ええと、今日付き合って貰ったお礼と言うか何と言うか。近くにお団子が美味しい甘味処があるんですけど、良かったら寄って行きませんか? 」

 

「ええのう!丁度腹も減って、だれちょったがところじゃった。 」

 

「では、行きましょう。 」

 

坂本龍馬は、良い人だ。今日知り合ったばかりの自分に、こうも優しくしてくれるのだから。千香は内心龍馬の人の良さに感動しつつ、隣の龍馬を見やった。

 

「ふんふん。 」

 

すると何やら鼻歌を歌っており、うきうきした様子でいた。千香は、子供みたいだと思わず笑ってしまった。

 

「着きました。 」

 

店の暖簾を潜ると、空いている席に座った。丁度千香たちが座ったところで席は満席になった様で、店の繁盛ぶりが伺えた。

 

「すみませーん。お団子二つお願いします! 」

 

せかせかと動き回る少女へ声を飛ばす。

 

「あいよー! 」

 

向こうからも声が返ってきて。

 

「店のもんが元気なんは、ええ店の条件じゃき。まっこと此処は、ええ店やき。 」

 

龍馬はうんうんと頷く。

 

「本当に。あの子、お千代ちゃんって言うんですけど、いつ来ても元気が良くて笑顔で。落ち込んでる時も、此処にくれば自然と気分が晴れるんですよね。 」

 

千香が言い終わるとトンッと団子が二つ置かれた。

 

「お待ちどうさま。千香ちゃん、今日も来てくれておおきに! 」

 

「いやいや。此処のお団子美味しいもの。 」

 

「そりゃそうや!うちのおとっつあんが作る団子は日本一やさかい! 」

 

向こうの方で、おーいと呼ぶ声が聞こえて来た。

 

「はいよー!今行きます!ほんなら千香ちゃんごゆっくり。 」

 

それだけ言うと、お千代はパタパタと声の方へ駆けて行く。

 

「まっことええ女子やき。おるだけで店の中が明るくなる。 」

 

龍馬はお千代の方を見ながら団子を頬張る。

 

「龍馬さんって気が多い人なんですね。さっきも女の子とすれ違うたびに、じーっと見たりして。 」

 

その言葉に龍馬はピシリと固まり、必至に否定した。

 

「違う!てきほがなことはないがぜよ! 」

 

ここまでのやりとりで、千香は、坂本龍馬という男は揶揄いがいのある男なのかも知れないと思った。

 

「嘘嘘。今日初めて会った人にこんなこと言うの失礼ですもん。 」

 

千香はケラケラと笑いながら団子に口をつける。

 

「はあ。もう。男を揶揄うものがやない。ほがなことしちゅうから、あがな輩に絡まれるんじゃ。 」

 

「そういうもんですか? 」

 

「そういうもんやか 」

 

団子を食べ終えると、千香は財布を取り出す。

 

「かまん。ここはわしに任せ。 」

 

すると懐から龍馬も財布を取り出した。

 

「いいえ。いけません!元々、此処へはお礼で来たんです。だから、 」

 

「えいがだ。おーい。お千代さん。勘定じゃ! 」

 

あいよーと聞こえ、お千代が駆けてくる。

 

「ほれ、これで足りるかえ? 」

 

「はい、丁度。千香ちゃん、この人誰?好い人? 」

 

「ち、違う違う。龍馬さんとは今日初めて会ったの。 」

 

「ええ~?そうは見えへんけどなあ。千香ちゃんも隅に置けんなあ。 」

 

にやにやとお千代が千香を見やる。

 

「違うったら!ご馳走様です!龍馬さん行きましょう。 」

 

「おお。 」

 

千香は龍馬の手を取り、店を出た。

 

「また今度ゆーっくり聞かせてやー。 」

 

後ろ背にお千代の声が聞こえてくる。

女の子って、やっぱり色恋に関心が深い物なのか。あまり自分にはない性質に疲れを覚えていると、頭上から龍馬の声が降ってくる。

 

「千香さん。ちっくと、付き合ってくれやーせんか? 」

 

「いいですよ。私も甘味処へ行ってもらいましたし。 」

 

 

龍馬は歩きつつもキョロキョロと周囲を見回し、ある位置でピタッと視線を止める。

 

「此処じゃ。 」

 

暖簾を潜り、店へと入ると千香の目に飛び込んで来たのは、色とりどりの簪や根付などの装飾品だった。この店は所謂、小間物屋というものだと言える。

 

「うわあ。綺麗! 」

 

「いらっしゃい。 」

 

千香が見事な装飾品に目を輝かせていると、店の主人は人の良さそうな笑顔を浮かべた。ふと、一つの品に目が止まる。赤橙というのだろうか。色鮮やかな玉簪が気になった。

 

「それにするかえ?千香さんによう似合うと思うぜよ。亭主、これ買うきに。なんぼなが? 」

 

「へえ。その品はちと珍しいもので、二五〇〇文ほどいたします。 」

 

「に、二五〇〇文!?いいですそんな高価なもの! 」

 

一文は現代のお金で約二五円。つまり、二五×二五〇〇で六二五〇〇円になる。

 

「かまんかまん。気にしなや。元々、買いもんに付き合う言うたのはわしじゃ。それに今日、千香さんと過ごした時間からしたらこななもんは安いもちや。 」

 

「...本当にありがとうございます! 」

 

これで今日何度目だろう。しずしずと引き下がる。この男前なところに、お龍も惚れたのかも知れない。勘定を済ませ、店を出ると龍馬は簪を手渡してくれた。早速髪に挿して、ポニーテールをお団子ヘアーにまとめる。

 

「やっぱりよう似合っちゅう。まっこときれえちや。 」

 

「えへへ。照れちゃうなあ。 」

 

世辞も上手なのか。千香はますます、坂本龍馬は凄いな、と感心した。

 

「すっかりおそおなってしもうた。住まいは何処じゃ?家まで送る。 」

 

「いえいいですよ。此処らは慣れてますし、一人でも大丈夫です。 」

 

いずれ敵になるだろうから、迂闊に新選組の者たちと会わせては不味いかもしれない。

 

「いや。もしまた誰かに絡まれたら、いかんきに。 」

 

「...はい、じゃあお願いします。 」

 

千香はまた引き下がり、龍馬に委ねる。夕餉の支度があるから、と伝えたため自然と歩く速度が速くなる。あっという間に屯所に着いたかと思うと、途端に龍馬は顔の色を変えて。

 

「み、壬生狼か。すまん。わしは此処までやか。また文を出すきに、話はそん時に。 」

 

「いえ。お世話になりました。 」

 

龍馬は早口でそう言うと、駆け足で去って行く。こりゃあ、余程新選組が好きじゃないと見た。龍馬の背中を見送りながら、千香は思う。まあ確かに、お互い良くは思ってはいないだろうが、

 

「千香!遅かったね。何かあった? 」

 

中へ入ろうと、歩いて行くと門の所で掃き掃除をして居た藤堂が駆け寄ってきた。よりにもよって何故藤堂なのかと、龍馬と会っていたところがバレないといいがと思いつつ、何とは無しに千香は屯所へ入って行く。

 

「う、ううん。なんでも。さあて、夕餉作らなきゃ。 」

 

千香はそそくさと中へ入って行く。しかし、藤堂の目は頭の簪に気づいた。

 

「誰か、好い人でも出来たのかな...。 」

 

先を越されたとガクリと肩を落とした。

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