幕末・浪漫千香〜どんな時代でも、幸せになれる〜   作:秋藤冨美

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願い虚しく

角屋の宴会場へ入ると既にどんちゃん騒ぎで、幹部たちの周りに付いた芸妓が酒を注いでいた。芹沢は午後六時頃に帰る。だから、酉の刻。その時までになんとか伝えなくては。千香は藤堂の隣に腰を下ろすと、頭を必死に働かせた。そしてチラチラと芹沢を見やり、何とか機会を伺う。急に近づけば不自然だ。それに近くに土方も近藤も居る。そして何より、沖田に一番勘付かれては面倒だ。そのまま千香は、ずっと一点を見つめたまま考えていた。ふとそれに気が付いた藤堂が不思議に思い、尋ねる。

 

「やっぱり芹沢さんに用があるんだ。言ってあげようか? 」

 

藤堂ならば怪しまれずに済むかもしれない。それとなく伝えられれば良いのだから、藤堂にメモを託せば後は事は上手く運んでくれるだろう。懐に隠していた紙とペンを取り出し、後ろを向いて見えないようにしながら、芹沢に伝えたい事柄をまとめる。後は幹部たちに勘付かれず渡すことができれば。

 

「じゃあ平助。この文をこっそり渡すのをお願いしたいの。急ぎの用なんだけど、私土方さんに、芹沢さんに近づくなって言われてて。 」

 

あくまで土方に制されていることを装う。きっと事情を知れば、藤堂に迷惑をかけてしまうだろうから。

 

「分かった。じゃ、行ってくる。 」

 

藤堂はふわりと笑い、席を立ち自然を装って芹沢の酌をし、サッと杯を持っていない方の手へ紙を握らせる。千香はドキドキしながらその様子を見守った。

幸い誰もその動きに気づいた気配は無く、千香はホッと胸を撫で下ろした。後は、芹沢が読めば。メモを渡し終えた藤堂が千香の元へと戻って来る。

 

「あんな感じで良かった? 」

 

「うん!本当に助かった!ありがとう。 」

 

周りに聞こえないように声を潜める。ふと芹沢へ目をやると、丁度千香のメモを広げていた。読んでくれている。良かった。後は上手く抜け出して!と願うも。

芹沢はピクリと眉を動かした後、ビリビリと紙を破り捨てた。

 

「う、嘘お!!なんで! 」

 

思わず大きな声を出してしまい、周囲の注目を集め、瞬時に土方にギロリと睨まれてしまう。しまった。気付かれたか。嫌な汗が伝う。その様子を見た藤堂は、千香のフォローへ回った。

 

「本当本当!そんな大きな声出すなよ!皆驚かせるだろ?こんな楽しい宴に水差しちゃ野暮ってもんだよ。 」

 

笑顔を作りつつも、千香に目で話を合わせろと合図する。

 

「皆さん。ごめんなさい。あんまり信じられない話聞いちゃったから。 」

 

なんとか藤堂に話を合わせ、波風立てないように試みる。すると、しんと静まり返っていた部屋も、騒がしさを取り戻し。土方も目線を逸らし箸を進めていて。

良かった。誤魔化せた。と再び胸を撫で下ろそうとした刹那。

 

「おい森宮。ちょっと面借せ。 」

 

土方から声が掛けられた。おずおずと立ち上がった千香に、藤堂が付いて行こうか、と聞いてきたが、大丈夫。と断り先に部屋から出て行った土方を追い掛けた。廊下へ出て土方と目を合わせた途端、壁に追い詰められて。両手を壁に押さえつけられ、自由を奪われた。

 

「余計な真似すんじゃねえ。手出しはしないと、あの時お前の口から聞いたはずだが。 」

 

険しい表情で、千香を責め立てる。

 

「...確かに、言いました。でも!失われていい命なんて、一つもありません!誰でも、どんな人でもこの世に生まれてきたのなら、愛する人と幸せに暮らしたいと思うのはいけないことですか? 」

 

千香は土方をキッと睨み返した。

 

「そんなことは百も承知だ。けどな、俺の夢は近藤さんを大将にして、この新選組を日の本一の組に仕立て上げることなんだよ。そのためなら、どんな手だって使ってやるさ。 」

 

土方が嗤う。千香の顔からサーッと血の気が引いていく。この男は、紛れもなく“鬼”だ。千香はそう確信した。

 

「これ以上、お前にちょこまかと動き回られちゃ厄介だ。 」

 

ドスッ!土方が千香の鳩尾を殴った。

 

「かは...。 」

 

上手く呼吸が出来ず、次第に視界もぼやけてきた。堪えようとするも、千香は意識を失ってしまう。

 

「俺だってなあ、仲間撃ちなんかしたかねえよ。 」

 

土方の呟きは、部屋から聞こえてくる喧騒に消えた。

 

 

 

 

翌朝目を覚ますと、千香は一日中抜け殻の様になっていた。角屋の空き部屋に寝かされていて、自身の状況を認識するも。

 

「お梅ちゃん、芹沢さん。私知ってたのに、分かってたのに。 」

 

か細い声で、力無く呟く。もう、涙も出ない。体が動かない。朝餉にと出された食事にも一切手を付けず。

世界がまるで、黒く塗りつぶされてしまったような感覚で支配された。歴史は人の上に積み重なってできる。現代にいた頃には考えたことすらなかったことを、痛いほど実感した。さらにその翌日の朝になり、突然スーッと、襖が開く。

 

「森宮さん。 」

 

虚ろな目で見上げると、そこには苦しそうな表情を浮かべた沖田がいて。

 

「お、きたさん。 」

 

千香は声を絞り出す。

 

「わ、たし、たすけられなかった。 」

 

千香の言葉に沖田は黙して。

 

「せっかく、お梅ちゃんと仲良くなったのに。芹沢さんが優しい人だってわかっ、てたのに! 」

 

「葬儀を、するんです。芹沢さんとお梅さんの。助けられなかったと言うのなら森宮さんは、出るべきだ。せめてもの償いとして、見送る義務がある。 」

 

パサリ、と黒い着物が置かれて。

 

「それを着て、出てください。それと、」

 

「芹沢さんは、あの時貴方の文で自分がどんな最期を迎えるのかを知ったと言っていました。けれど、それを受け入れるとも。だから、貴方は自分の出来る限りのことをしたんだと、私は思いますよ。 」

 

ほら、早く着替えて。千香の腕が沖田に引っ張り上げられる。

 

「分かり、ました。友達なら、仲間なら、見送ってあげなくちゃ。沖田さん着替えますから、出て行ってください。 」

 

千香の瞳に光が戻り、表情も明るくなってきて。

 

「すみません。では、着替え終わるまで外でお待ちしています。 」

 

沖田も、クツクツと笑っていた。千香は着替えを終えると、角屋を出た。屯所へ戻ると、筆頭局長が亡くなったということで盛大に葬儀が行われた。千香の瞳から、ポロリと一雫零れ落ち。そうか。こんな時代があったからこそ。自分が生きていた平和な時代が来たんだ。ならばせめて、生まれ変わったとき。平和な時代で、また友達になりたい。幸せになってほしい。

 

「でも、死んじゃ、駄目だよ...。 」

 

零れ落ちた千香の涙を、秋風が攫っていく。

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