幕末・浪漫千香〜どんな時代でも、幸せになれる〜   作:秋藤冨美

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残酷な現実

芹沢の葬儀を終え、一段落ついたかと思うも、屯所内は不穏な空気が漂っていて。千香は嫌な予感がして、昼餉を終えると部屋に篭り、紙に書き出して新選組史を一からさらっていく。

 

「今日は九月二五日。確か近いうちに、何か起こるはずなんだけど。 」

 

思い出せ、と紙を睨みつける。暫くの間そうしていると、パッと思い浮かんで。

 

「そうだ!明日だ!でも、何が起こるんだっけ...。駄目だ。思い出せない。 」

 

ずっと座ったままでいるよりも、何か他のことをしているうちに思い出すかもしれないと思い、千香は屯所内の掃除を始めた。自分の部屋を掃き、大広間、隊士部屋、副長室に局長室。蒲団を叩き洗濯物を済ませ、夕餉の支度を始める。味噌汁を作る間も、煮物を煮る間も、ご飯を炊く間も一向に思い出せず。こんなに思い出せないのなら、其れ程大したことはないのかも知れないと。夕餉を食べている間に、そんな結論に至った。片付けを済ませ、風呂に入ると足早に部屋へと帰る。段々、秋が近づいてきたようで、夜も冷えて来た。縁側を歩きながら、ぶるりと体を震わせた。蒲団には、簡易的にだが自作の湯たんぽを入れてあるため少しは温まっているだろうか。

 

「こんなに考えても思い出せないんなら、きっと気に留める程のことじゃないんだ。もう寝よう。 」

 

近頃は色々なことが起き、まともに眠れない日々を送っていたため、久し振りに落ち着いた気持ちで蒲団に入ることが出来た。その晩。千香は夢を見た。目の前で広がる紅。苦悶に歪む顔。はねとぶ首。それは、思わず目を覆いたくなるような惨劇で、その全てが新選組の隊士によって手が下されている。まるで、音の無いコマ送りの映像を観ているかの様に思えて。それでも、肩が震え。今さっきまで生きていた人間の命が失われていくのを目の当たりにし。千香の顔を見た原田がニタリ、と笑う。叫び声を上げそうになったところで目が覚め、バッと半身を起こす。

 

「いやあ!!...ゆ、夢? 」

 

しかし。あながち間違いでも無いのかも知れない。これから先も新選組に居るのなら、予期せず人を殺すところを見てしまうかも知れない。そこまで考えると、千香はガタガタと身震いし、腕を抱きかかえた。その直後。ドタドタドタッ!!廊下を駆け回る、無数の足音が聞こえてきた。

 

「おい。そっちへ逃げた!囲んで一気にいくぞ。 」

 

起き抜けのぼんやりとした頭では、うまく状況を理解できず。しかし間違いなく、何かが起こっている。外に出れば、きっと何が起こっているか分かるはず。千香は蒲団を畳み、羽織を一枚羽織ると部屋を出た。玄関へ回ると、隊士たちが何かを追い掛けているのが見えた。急いで草履を履くと、門の前まで走る。原田の姿が見えたからだ。

 

「は、原田さん!この騒ぎはいっ、たい。 」

 

途端目の前が紅に染まった。返り血が、顔や着物に飛び散る。

 

 

 

ぼんやりとした意識の中。

その記憶だけは蘇って

『原田が楠小十郎を背中から斬りつけた』

 

「あぁ、良い気持ちだ。 」

 

夢と同じように、原田がニタリ、と笑って。

千香の肩もガタガタと震える。

 

自分の大切な人が、いくら間者とは言え人の命を奪う姿を見るのは耐え難い。しかし、新選組の舵は土方がとっていて。何よりも、梅と芹沢を助けられなかったという思いが千香を縛り付けており。その両方が、千香の身動きを封じる。間者騒ぎが落ち着く頃には、どうやって戻ったのか自分の部屋に戻っていた。

 

 

血が付いた寝間着を着替えようと、紺色のいつも着ている着物を取り出すも、桜吹雪が血に見えてしまう。

そんなはずは、と目を擦り再度見てみるも変わらず。替わりのは着物は持っていない。なにせ、此処へ来たのも急なことであり、替えの着物を買うお金も無かったのだから。

 

「千香?起きてこないけど、寝てるの?入るよ。 」

 

藤堂の声がして。千香は、血のついた寝巻きを見られるのは不味いと思い、咄嗟に後ろを向く。スーッと障子が開き、藤堂が入ってくる。

 

「起きてたのか。って、何で後ろ向いてるの。俺の方向いてくれよ。 」

 

ガシッと肩を掴まれ、向きを変えられる。藤堂は瞬時に何故千香がこちらを向くのを渋ったのかを理解し、言葉を失った。

 

「...ごめん。血、付いちまったんなら着物に着替えなよ。 」

 

「着替え、たいんだけどね。何故だか、この桜が血に見えてきちゃって...。 」

 

着物を広げて手に持つも、袖を通すことは躊躇われて。なんとも言えない顔で笑う。

 

「分かった。じゃあ、今日はとりあえず俺の着物貸すよ。後で代わりの着物買いに行こう。 」

 

藤堂の気遣いにより、男物の着物を借りて袴を履いた。初めて袴を履いたので、少し不思議な感じもしたが、普段の着物より断然動きやすく便利だとも思い。

 

鏡に全身を写してみると、幼さの残る顔のせいで少年のように見えた。

 

 

 

昼餉を済ませると、藤堂と着物を買いに出て、替えの着物を手に入れることができた。

屯所に戻った後藤堂と別れ、千香は部屋に戻ると、じっと考え込んで。もしかしたら、藤堂も、今日の騒ぎで誰かの命を奪ったのかもしれない。

 

着物を行李に片付け、膝を抱える。

 

多分これからも見たくないものを沢山見てしまう。それでも、新選組に居たいなら、簡単に負けたりしない強い心を持たなければ。

 

千香は一人胸に誓った。

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