幕末・浪漫千香〜どんな時代でも、幸せになれる〜 作:秋藤冨美
一月十五日。千香は隊士たちが帰るのを今か今かと待っている様だった。朝餉もままならず、昼餉さえも忘れてひたすら門の前で待ち続け。八木家の者が、冷えるといけないから家の中で待ってはどうか。と言ってもその場から動くことせず。ただ、隊士たちがいつ帰って来てもいいように、食事と心の準備だけは怠らずに行った。
日が落ちかけた頃にようやっと、遠くの方に人影が見えると千香はその人影の元へ駆け出した。久し振りに走ったため、足がもつれそうになるが、それよりも早く隊士たちの顔が見たいという思いが強かったので、ますます走るスピードを速めていった。近くまで来ると、隊士たちは皆清々しい顔をしていた様に見えたので、きちんと警護をやり遂げたのだと、読み取ることができる。
「皆さん、お疲れ様でした!夕餉の支度が出来ていますので、順次広間へお越し下さい! 」
それだけ言うと、千香は膳を運ぶために屯所の中へと引き返していく。その場に残された隊士たちは、元気だなあとか、今日も癒されると口々に零す。もっとも、それは藤堂の睨みによって制されてしまうが。
「平助、程々にね。 」
沖田がそれを見つけ、藤堂をたしなめた。千香と藤堂が恋仲になったと聞いた時は、あれ程言ってあったのに、と少し苛立ったが、一つ屋根の下に暮らせば男女の仲は分からない、と知っていたため、諦めた。
「分かってるよ。 」
不貞腐れて唇を尖らせる様子を見ると、まだまだ子供だなと沖田は思う。足を洗い、隊士たちが広間へ入るとほかほかと美味しそうな湯気が立ち込める中、千香が笑顔で出迎えた。各々が席に着いた後、いつものように近藤の声を皮切りに食事に手を付け始めた。
「しっかり食べて、長旅の疲れを癒してくださいね。 」
一人だととてつもなく広く感じる広間も、今では所狭しと人がせめぎ合っているのを見て、千香は安堵の息を漏らす。
なんだか、昔読んだ広い屋敷に住んでいるお嬢様の話を思い出してしまった。
何処を歩いても、どの部屋を覗いても、誰も居ない。終いには自分は独りきりだと、屋敷中が囁いてくるような感覚さえ覚えてしまう。
夕餉を終え、千香は自分の部屋に帰ってくると、持っていた新選組の本を開いた。パラパラとページをめくり、池田屋事件、御陵衛士について書かれてある項を開く。
「今年は沢山の人が死んでしまう年だ。私がこの時代に来たのは、きっと新選組を救うため。お梅ちゃんと芹沢さんは助けられなかったけど、今度こそは絶対助けなくちゃ。 」
殆ど新選組に関することは頭に入っていたが、この間の間者のことを忘れていたため、再度読み返す。半分まで読んだところで、障子が空いた。
「千香。風呂空いたから入りなよ。 」
千香は慌てて本をしまう。
「ありがとう。でも、断りもなく女の子の部屋の扉を開けるのは、ちょっと... 」
「あ。ごめん。ここ男ばっかりだから、忘れてた。 」
藤堂は後ろ手で障子を閉めながら、部屋へ入って来て千香の隣に腰を下ろす。
「寂しかった? 」
藤堂は千香を愛おしそうに見つめた。
「うん。ここは一人でいるには広過ぎるよ。 」
「俺も、千香と会えなくて寂しかった。 」
千香の肩に藤堂が体を寄せる。
「でも、皆帰ってきたからもう大丈夫。 」
千香は安らかな表情を浮かべる。隣の藤堂の体温を肩から感じ、ふわふわと優しい気持ちになっていく。
「お風呂、入ってくるね。 」
千香は手拭いと寝巻きを手に持ち、立ち上がる。それに藤堂が名残惜しそうな視線を送って。
「お風呂から上がったら、また話そう。待ってて。 」
藤堂はこくん、と頷いた。部屋を出て、千香は手早く風呂を済ませた。千香も藤堂と一緒の時間を大切にしたいと思ったからだ。じきに藤堂は新選組を離れ、御陵衛士に入る。御陵衛士は新選組と袂を分かった間柄ということもあり、次第に関係を悪くして、最後には争いを始める。その最中に、藤堂は命を落としたと言われている。もし、助けられなかったとしたら。きっと一生後悔が残る。部屋へ戻ると、待ち疲れたのか藤堂は寝てしまっていた。
「疲れてるのに、待たせちゃってごめんね。 」
藤堂へ蒲団を掛けると、千香も蒲団を敷いて横になった。同じ蒲団で寝るというのは流石に戸惑ったが、あてがわれている蒲団は生憎一組しかなく。千香は藤堂の寝顔を見て、クスリと笑う。
「なんか子供みたい。...おやすみ。 」
明日の朝、この有様を見られたら皆から冷やかされるだろうか、などと考えたところで眠りについた。