幕末・浪漫千香〜どんな時代でも、幸せになれる〜 作:秋藤冨美
数ヶ月後の六月五日。
特に大きな問題も無く日々を送っていたが、今日、池田屋事件が起こった。
少し前から監察方が動き、京に長州の浪士が潜伏していると突き止め、隊士たちがその都度出向き、捕縛するのを繰り返して居たが、一向に収まらないままでいた最中に起きた出来事であった。
夜明け前から目を覚まし、聞き耳を立てて居た千香は、隊士たちがヒソヒソと『枡屋喜右衞門が捕縛され、土方が蔵で拷問をしている』と噂しているのを耳にした。
「...とうとう始まるんだ。夜までに支度しなきゃ。未来を知ってる私が居れば、皆を助けられるはず。 」
いつものように家事をこなしながらも、徐々に気持ちをしっかりとしていく。
刀は扱えないが、自分には言葉と知識があるんだから。
「__...誰も死なせるもんか! 」
一通り仕事を終えて、近藤にその旨を伝えると、快諾してくれた。
そして、だんだら羽織を手渡される。
「森宮さんも、俺たちの仲間だ。しっかり働いてもらう。 」
「勿論です!誠心誠意、皆さんをお助けします。 」
部屋を出た後は、この事件で命を落とす者や怪我をする者に一人一人注意喚起をしていった。
後は、傷の手当てができるように、手拭いや薬、止血用の紐、度数の強い焼酎、砂糖と塩を溶かした経口補水液を入れた水筒を肩から掛けられる鞄に入れ、支度をした。
そして、夜。
長州浪士が潜伏しているのは四国屋か池田屋か。
どちらが正しいか確証が無かったため、史実では二手に分かれて踏み込んだとあるが、千香はこの二手に分かれたことにより、武力が分散し命を落とす者や怪我を負う者がいたことが分かっていたため、それを避けるため正解は池田屋だとあらかじめ告げてあった。
たすき掛けをし、羽織を着て先を行く隊士たちの後を追いかける。
久し振りに走ったので、息が切れ、隊士たちを見失いそうなくらい離れてしまうが、必死でついて行く。
「絶対、死なせないんだから! 」
いつか役に立つだろうと、現代で止血などの応急処置から心臓マッサージに至るまでありとあらゆる講習を受けてきた。
その経験が、今やっと活用できそうだ。
流石に池田屋内に入ることはできないので、少し離れたところにある空き家を拝借して、簡易的にベッドを作った。
ドキドキしながら、池田屋の方を見つめる。
誰も怪我しませんように。死んだりしませんように。
時々聞こえてくる怒声や叫び声に肩を震わせつつ、どうか何事も起こらないでほしいと手を胸の前でキュッと握った。
治療室を準備してから、何時間経っただろうか。そっと戸を開けて外を覗くと既に街が静まり返り、辺りに人は歩いていない様に見えたはずが。
突然、ぬっと黒い影が差して。
「だ、誰? 」
恐る恐る顔を上げ、その影の主を見ると、血だらけでただその場に立ち尽くしている男が居た。
その凄惨さに思わず息を呑んだとき。
ドサリ、と男が倒れた。
「え!だ、大丈夫ですか!?ええと、一先ずRICEだ! 」
千香は慌てて男の意識の有無を確認した。息はまだある。身元が分からない人間でも、目の前で倒れていれば助けるしかない。
「意識が無い!まずは!止血しないと!よいしょ! 」
男の体は千香の力だけでは到底持ち上げられないため、怪我をしているところに触れない様にしながらズルズルと引きずり、足を心臓より高い位置に置いてベッドへ寝かせる。
鞄から紐を取り出し、止血を始めた。
「よし。止まった。後は傷口を洗って消毒して、手拭いを巻かなきゃ。腫れてるところは冷やす! 」
血が止まると水で傷口を洗い、手拭いに焼酎を付け傷口を拭いていく。
あらかたの手当を終えると、ほっと一息ついて。
「この人、誰なんだろう。早く目、覚めるといいな。 」
真夜中の空き家には、千香と眠ったままの男だけ。