幕末・浪漫千香〜どんな時代でも、幸せになれる〜 作:秋藤冨美
屯所跡へ入るとグワンとした感覚が千香を襲った。ああ、これで帰れると安心したが...。
「え...と、ここ、屯所じゃない、よね? 」
目を開けて辺りを見回すと、どうやら千香は屯所ではない場所に居た。寺院があるので、寺の様に見える。
「ここ、もしかして壬生寺?じゃ、じゃあ、幕末に戻れたの!? 」
本当に幕末に戻って来れたかどうか確かめるため、千香は寺を飛び出した。屯所を見ればきっと分かるはずだ。確か、屯所は壬生寺の近くにあったと記憶している。
「はあ、はあ...。つ、いた。 」
千香は『新選組屯所』と書かれた看板が掛けてある八木邸へと辿り着いた。それを見て、やっとここは幕末だと確信することができた。
「誰か居ないかな...。というか、私が居なくなってから、どれくらい経ったんだろう。 」
屯所付近の風景が、池田屋の頃とは少し変わっていて、青々と繁っている若葉の隙間からジリジリと日差しが照りつけていた。長袖の千香にとっては、できることなら避けたい気候だと言える。
「...ッ!千香!! 」
不意にギュッと後ろから抱き締められた。その温もりには覚えがあって。
「へ、いすけ?本当に、本当の本当に平助? 」
さっきやっと、幕末に帰って来れたと確信したばかりなのに、平助と会えるなんて、今度こそ夢でも見ているのではないか。とつい半信半疑になる。
「あははっ!それ、どの平助だよ。...千香、おかえり。 」
それでも、この温もりと声は夢ではなく現実のものだということを理解した。生きた人の温もりだと。
「た、ただいまぁ...。本当に、私帰って来たんだね。 」
たった一日離れていただけなのに、心が酷く風邪を引いた様になってしまった。しかし、こうして会うと今までややこしく悩んで居たのが嘘の様に思えてくる。
「二月もどこ行ってたんだよ。皆心配したんだからな...。 」
藤堂の言葉に千香は驚愕を顔に滲ませて。
「二月!?そ、そんなに経ってたの!?...現代じゃ一日だったのに。 」
「そう。もう暑いのなんのって。あーあ。何か久し振りに千香の料理食べたくなってきた。あの時みたいにさ、手打ち素麺作ってよ。 」
パッと藤堂が千香から体を離し、にかっと爽やかな笑みを咲かせた。それに名残惜しく感じる自分は、もう平助無しでは生きていけないかもと苦笑いし。
「うん!腕によりを掛けて!でも先ずは、長い間無断で屯所を開けたんだもの。土方さんと近藤さんに謝りに行かないと。 」
「俺も行くよ。だって千香は自分の意思でここを出た訳じゃないんだろ?だったら、誰も文句を言う筋合いは無い! 」
腕を組んでムンッと顔をしかめる藤堂を見て、千香は堪えず噴き出す。
「な、何で笑うんだよ!ほら、荷物貸して。早く土方さんと近藤さんのところに行くんでしょ? 」
返事を返す前に荷物を奪い取る藤堂は、千香がここに居たときから変わっていないと少し懐かしく思えた。
「ごめん、ごめん!平助が変わってなくて安心しただけ。特に悪気は無いよ。さあ、早く行こう。 」
土方と近藤に事情を説明した千香は、何とか納得してもらうことができ、めでたく以前と同じく新選組隊士たちの身の回りの世話をすることを許された。その後早速厨房へ立とうと考えた千香だったが、長袖でしかも春物の素材の物を着たままでは調理もしづらいと気が付き、自分の部屋に着替えに入ると、障子を開けたと同時にふわっと埃が舞い上がり、千香は咳き込んだ。
「こりゃ、ずーっと掃除してないな?来る途中に見えた廊下も部屋も。落ち着いたら、全部綺麗にしないと。病気が蔓延しかねないわ。 」
行李から出した薄物に袖を通しつつ、仕事は沢山あるなと腕を鳴らした。
厨房へ着くと、千香はたすき掛けをしてつっかけに足を通す。小麦粉と水を用意し、生地をまとめるとつっかけを脱いで手拭いを敷いて足で踏んでいく。
「ふう。こんなもんかな。後は茹でて、つゆを作らなきゃ。今回は薬味用意できないけど、まあいいでしょ。その分麺を美味しくすれば問題なし! 」
額の汗を腕で拭うと、まな板に打ち粉を広げ、麺を包丁で切り始める。再びこの時代に戻って来た自分の役目はきっと、こんな風に皆の世話をしながら、危険を回避すること。一人でも多くの命を救うこと。それが自分の存在意義なのだろう。千香は麺を細く切りながら、改めて幕末に来た意味を考えた。
「平助の話だと、今は八月、葉月。後一月で平助たちは江戸に行く。そこで、伊東甲子太郎を新選組に誘って...。 」
伊東が入隊した後のことを思い、千香は心臓をギュッと掴まれた様な苦しみを感じた。
「...私が一緒について行けば、何か変えられるかもしれない。だったら。 」
茹で終えた麺を大きな器に移し、つゆを作るべく鰹節で出汁を取る。
「例えそれが、許さないことでも私は平助を助けたい。 」
昼餉の支度を終えた千香の目は、ゆらゆらと揺れて居た。