幕末・浪漫千香〜どんな時代でも、幸せになれる〜   作:秋藤冨美

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小さなことから

千香は自分が居ない間に起こった禁門の変で負傷した、永倉原田の分の昼餉を持って二人の部屋を訪れた。

 

「永倉さん、原田さん。森宮で...。千香です。お二人の昼餉をお持ちしました。失礼します。 」

 

障子を開けると、二人ともぎょっとした顔をしていた。

 

「ほ、本当に森宮か?あ、いや森宮って呼んだら新入りの奴との区別が付かなくなっちまうな。 」

 

「そ、そうですね。では、下の名前で呼んでください。 」

 

「いやあ。森宮が急に消えたもんだから、驚いちまって。本当、どこ行ってたんだよ。誰かにかどわかされたんじゃないかって大騒ぎだったんだぞ!平助なんかもう生気を失っちまって...。 」

 

「ご、ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。 」

 

千香は永倉と原田が忙しなく左右から言葉を浴びせてくるものだから、応対に精一杯になった。そのうちに冷静を取り戻すと、両人に盆に乗せた粥を差し出す。

 

「...あ。昼餉、持って来たので召し上がってください。少しだけ卵があったので、卵粥にしました。早く怪我を治して、また元気な姿を見せてください。お二人が居ない稽古は何だか寂しく見えましたよ。 」

 

千香はなんとか話を別の方向へ持っていこうと試みる。

 

「そうか、そうか!やっぱり組長が居ないと稽古にもハリがないってもんだよな!なあ、がむしん! 」

 

「おうよ。さっさと傷を治さないとな。 」

 

話が逸れてくれて良かったとホッとした。実のところ、千香には今迄どこに行っていたと聞かれて説明したとしても、この時代の人間が納得するように話せる自信がなかったのである。土方や近藤はこの時代の者の中でも取り分け聡明な人間だったので、説明がおぼつかない点があっても各々で補ってくれたので助かったが、この二人に話すとなると少々厄介だ。原田に話しても、細かいこたあいいと一蹴され兼ねないし、永倉は妙に勘の鋭い節があるので、問い詰められるとその凄みで何も言えなくなりそうな気がしてしまうのだ。

 

「その意気です!では、私はこれで失礼しますね。 」

 

これ以上この場にいればまたもや同じ話題になり兼ねない。折角話が有耶無耶になったのだから、今ここを去るのが賢明だと思い、千香はすっくと立ち上がった。

 

「おう。世話かけてすまねえな。 」

 

永倉が蒲団から半身を起こして千香を見送る。原田は早々に卵粥を頬張っていたので、何かモゴモゴと言っていたが聞き取れなかった。

 

「いえいえ。あ。食べた後は、お盆ごと廊下に出しておいて下さい。片付けておきますので。それでは。 」

 

千香が部屋を出て行くと、永倉も卵粥に口を付け始めた。

 

「なんか、千香って不思議な存在だよな。急に現れたかと思ったら、ぱたりと数ヶ月の間姿を消しちまうし。おまけに自分のことを全然話さないときた。左之助、千香って一体何者なんだろうな。近藤さんたちの様にあっさりと、先の世から来たって言うのも信じられねえし。何よりこの時代に馴染み過ぎだ。だから余計、分からなくなるんだよなあ。...って、寝てるのか。蒲団くらい掛けろよな。 」

 

話しかけても返事がない原田の方に目をやると、空になった器を放ったまま蒲団も掛けずに眠ってしまっているのが見受けられた。やれやれ、と言いつつも蒲団をかけてやる永倉はやはりお人好しである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一段落した千香は、早々に屯所内の掃除を始めた。はたきで埃を落として、箒で掃き出し、雑巾で拭いていく。玄関には掃き掃除と、八木家から分けて貰った蕣を置いておいた。

 

「これで少しでも隊士の人たちの心が癒されれば良いんだけどね。 」

 

永倉と原田の器を回収して厨房へと向かう。食器を洗いながら、これから自分はどうしようかと考えていた。

 

「えーと、えーと。先ずは、平助の江戸行きについて行くでしょ。後は、山南さんでしょ、伊東甲子太郎に...。あー!!!もう色々考えてたら分かんなくなってきた。もう! 」

 

ぐちゃぐちゃと考えるのはよそう、と止めていた手を動かそうとした瞬間。

 

「森宮、さん。無事だったんですね。相変わらず元気そうでよかった。 」

 

「お、おおお沖田さん!?ご無沙汰してます!? 」

 

誰も居ないと思っていたのに後ろから声を掛けられ、千香は肩をビクッとさせた。くるりと沖田へ向き直るも、驚きを隠せずしどろもどろになってしまう。

 

「これはこれはご丁寧にどうも。...漸く戻ってきたと思ったら、どうやらまた何か悩んでいるみたいですね。 」

 

「あはは。沖田さんには何でもお見通しですね。正直怖いくらい。 」

 

こうも見破られると、千香は沖田がエスパーなのではないかとさえ思えてきた。

ふと、沖田に新選組の行く末を伝えたらと考える。そうすれば、自分の手助けをしてくれるかもしれない。けれども、そう易々と信じてもらえない可能性は否めない。だが、沖田は新選組のため、近藤のために働いている。それらがもし、失われる運命にあることを知ったら、或いは...。ここは一縷の望みに懸けてみるのも良いかもしれない。

 

 

「...沖田さん。どうか今から私が話すことを信じて下さい。そして、協力をお願いします。 」

 

 

 

二人を取り巻く空気が、ピリッとした物に変わった。

 

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