幕末・浪漫千香〜どんな時代でも、幸せになれる〜 作:秋藤冨美
「あのね...。 」
未だ見たことのない程の切羽詰まった表情の千香がそこには居た。
「ど、どうしたんだよ? 」
只事ではない雰囲気に、思わず藤堂は声を震わせる。
「...言いにくんだけどね、私が平助について来た本当の理由を、言おうと思って。 」
藤堂の方へと向き直った千香は、瞳をキラキラとさせていて、グッと涙を堪える様なそぶりをして見せた後。千香は言い放った。
「私が平助について来た本当の理由は、伊東大蔵を新選組に入れさせないためなの。 」
途端藤堂の頭の中は、真っ白になる。体も何処か空へ投げ出されて様な感覚がして、地に足がついていない気分になり。
「え...?伊東先生を?どうして...? 」
千香の思惑を全くと言っていいほど、理解出来ない。どうして、自分の尊敬する人と共に居たいと思うことは駄目なことなのか。
「私が知っている史実では、伊東大蔵が新選組に入った後、仲間割れして組を二つに分けてしまうの。それで、平助は...。 」
「いくら千香でも、俺の師を悪く言うのは許せない。 」
千香が言い終わる前に、藤堂が遮った。頭より口が先に動き、感情のままに怒りを露わにし、刀の鮎口に手を掛ける。
それは、正に、武士のものであり、人を斬る者の目に相違無かったのである。
「ッ...。ごめん、なさ、 」
本物の武士の剣幕を目の当たりにし、千香は声が上手く出せず、息も絶え絶えになった。
「俺...。最低だ。千香に怖い思いさせた。千香の前じゃこんな姿見せるつもり無かったのに。ごめん。 」
ハッと我に返った藤堂は目線を下げ、両手で顔を覆う。
その後の道中は、どちらとも無言のままで、ただ足を進めるだけでしかなかった。
旅籠に泊まっても、必要最低限の会話しかせずに、江戸へと辿り着いた。
そして、藤堂と千香は伊東道場の門前へと立って居て。
きっとこれが、最後のチャンスだ。今を逃せばもう、藤堂を助けることは出来ないだろう。このまま事が進めば、歴史の流れに逆らうことはまず不可能だ。
千香は道場へと足を踏み入れようとする藤堂の袖を掴んだ。
「...何?また伊東先生のことを悪く言う気? 」
千香の方を見ずに、藤堂の低い声が響いた。
「ううん。そうじゃない。ただ、このまま行ってしまったら平助が戻って来れない様な気がするの。怖いの。 」
千香は藤堂が何か考えている様子でいるのを眺めた後、ギュッと後ろから抱きしめた。
「私、平助に死んで欲しくないの。きっと平助や新選組を助けるために、この時代に来たんだと思う。だから、行かないで。一緒に居て。 」
腕を震わせながら、千香は言った。
藤堂は千香の方へ向き直り、少しきつく千香を落ち着かせる様に抱き寄せる。
「大丈夫。俺はどこにも行かないから。ずっと一緒に居るって約束しただろう?ただ伊東先生に新選組に入って頂いて、組の知恵と武芸の両翼を担う様な役割をお任せするだけ。何も不安になることなんてないんだ。何たって俺の先生だからさ。 」
「で、でも、 」
「俺ってそんなに弱そうに見える?頼りないかな。 」
「ううん。そんなことない。 」
「そうか。なら良かった。さ、行こう。 」
藤堂は千香から体を離すと、右手を掴んで歩き始める。
千香は顔の陰りを濃くし、心の中が近藤たちに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「また、助けられないの...? 」
千香の呟きは、藤堂の耳には届くことはなかった。