幕末・浪漫千香〜どんな時代でも、幸せになれる〜   作:秋藤冨美

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あたたかい

朝餉を終えると、千香は食器を洗いに厨房へ向かった。

先程、伊東が藤堂の前で人らしい顔を見せていた。もしあの姿が真の伊東ならば、こんなに思い悩むことはなかったのにと何とも言えない気分になってしまう。

 

「んー。やっぱりあんなでも人の子って訳か。 」

 

カチャカチャと食器を洗いながら、千香はぼそりと呟く。

 

「千香ー!!今文が来て、近藤先生たち府中宿にいるって!だから、今日くらいこっちに着くかもしれない! 」

 

ドタドタと元気な足音を響かせながら、藤堂が近寄って来る。

 

「ひゃ!へ、平助!びっくりしたー。 」

 

ぼんやりと伊東について考え込んでいた千香は、突然耳に飛び込んできた藤堂の声にびくりと肩を揺らした。

 

「あはは。ごめんごめん。 」

 

面目無い、と後頭部をさすりながら藤堂は眉を下げた。

 

「ううん。近藤さんたちもう着くんだ。早いなあ。...というか、平助が江戸に来た目的って、隊士勧誘よね?今の所伊東さんだけしか誘えてないと思うんだけど、大丈夫なの? 」

 

千香も、色々あって忘れていたが本来は隊士募集のために藤堂は江戸に来たのだ。それも、近藤たちより先立って来ているのに、未だ一人しか仲間が居ないというのは如何なものだろうか。

 

「大丈夫、大丈夫!先の池田屋や政変の活躍で、新選組の名は江戸まで轟いてるって聞くし。だから、自分も入隊したいって言う奴らがそこら辺にうじゃうじゃ居るんじゃないかな。 」

 

「そうか。幕府がある江戸の人なら、大樹公を他の国の人よりも一層敬ってるだろうし、お役に立ちたいと思ってるから...。 」

 

「そう。まあ、近藤局長が『武士は東に限る』って言ってたのもあるけどね。 」

 

藤堂はへへっと人差し指で鼻をさすった。

 

「そうと分かれば!ちょっとお財布の紐緩めて、卵買ってこようかな。確か近藤さんたちは夕方に着いたはず。好物のたまごふわふわ作って、精を付けてもらわなきゃ。これから色々忙しくなると思うし。 」

 

ポンッと手をついた千香は、残りの洗い物を片付けようと止めていた手を動かし始めた。

 

「そんなことまで知ってるのか...。すごいな。っと、じゃあ俺は隊士の勧誘してくる。昼餉は外で済ませるよ。夕餉、楽しみにしてるね。 」

 

やっと千香らしさが戻ってきたのかもな。と藤堂は思いつつ伊東に一言声を掛けて、道場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

洗い物を終えた千香は、伊東の部屋へ行き買い物に行く旨を伝えた。すると、『付いて行きましょうか』と揶揄う様に言われたので、『結構です! 』と膨れっ面で返してそそくさと買い物に出た。

あんな態度を取られては、昨晩本当に自分と腹の探り合いをしあった人物なのだろうかと疑ってしまう。

...駄目だ。心揺らいでは、またすぐに足元をすくわれてしまいかねない。自分はそこまでキレる頭は持ち合わせていないのだから、せめて何にも動じない強い心を持たなければ。

気付けば、一体何処を歩いてきたのだろう。辺りには店の一軒も見当たらなかった。代わりに田畑が広がっており、街中から抜けてしまっていた様だった。

 

「...う、嘘。これって、迷子?でも、江戸は初めてだし!でも、でもっ! 」

 

十九にして、迷子。文明が発達した現代ではまずあり得ないが、この時代、道は人伝に聞くというのが当たり前という訳で。

 

「ううっ。この歳にして迷子なんて。恥ずかしいったりゃありゃしない...。 」

 

右手で額を抑え、己の軽率さに呆れ返ってしまう。

 

「それに、伊東さんの昼餉用意しなくちゃいけないのに!こんな所で油売ってる暇なんて...。あ~あ。どうしよ。 」

 

足も段々疲れてきて、立っていられなくなり、千香は膝を抱えて座り込んだ。

誰か人は、と探すも人っ子一人居ない。次第に心細くなってきて、思考も後ろ向きになっていく。

 

「このまま帰れなかったら、近藤さんにも会えずに、京へも帰れずに、平助も助けられずに、皆を助けられないまま明治迎えちゃうのかなあ。 」

 

じんわりと込み上げてきた涙で視界が悪くなっていく。

 

「なんだかんだ言ったって、結局私はこの時代じゃ一人だったのよね。今頃身に染みて分かるなんて、周りが見えてない証拠だわ。馬鹿みたい。皆が普通に接してくれてるからって、自分がこの時代の人間になれるわけなんて無いのに。 」

 

涙を止めようとゴシゴシと目を擦っても。止まらず。

 

「泣いたって何も始まらないんだから。それに、もう泣かないって誓った側から泣いちゃってるし。弱いなあ、私って...。 」

 

千香があはは、と乾いた笑いを浮かべていると、視界の先にぬっと影が差した。

驚いて、その主を見上げると。

 

「千香?こんな所で何やってんだよ?もう昼だぞ。 」

 

「...平助~!!助かった!会えて良かった!! 」

 

千香は安堵と嬉しさから藤堂にギュッと抱き着いた。

 

「...もしかして、迷子になってた?まあ、江戸は初めてだろうから仕方ないかもしれないけど...。っぷぷ!十九にもなって迷子かあ。可愛いなあ千香は。 」

 

「ううっ、酷い~。本当に困ってたんだから~。 」

 

ぐすぐすと、止めようとしていた涙がぶり返して溢れていく。

 

「でも、平助ってあったかいから安心する~。生きてるって実感出来る。 」

 

「それもこんな時代だから、かもしれないな。明日どうなるか分からない身の上だからこそ、きっとそう感じるのかも。 」

 

藤堂が珍しく、感慨に耽る様な口調で言った。

 

「そう、かもね。 」

 

千香は、普段と違う藤堂に少し戸惑った。

 

「寝屋を出るよりその日を死番と心得るべし。かように覚悟極まるゆえに物に動ずることなし。これ本意となすべし。 」

 

「___...それ、家訓よね? 」

 

如何して今それを、と藤堂の思惑を読めない千香。スッと涙まで止まっていた。

 

「うん。朝目覚めたら、今日が己の最期の日だと思って生活することって意味。小さい頃はよく分からなかったけど、今になってようやく理解できた。 」

 

藤堂が言う家訓とは、かの有名な藤堂高虎が定めたとされるもののことである。確か藤堂は、藤堂家宗家十一代藤堂高猷の落胤とされる説があった。ならば、その家訓を幼い頃から聞いて育っていても不思議はない。

 

「俺さ、京に上洛してから島原で遊ぶ女は居ても、実際に夫婦になりたいと思う相手を作ろうとは思わなかったんだ。絶対、辛い思いさせるし。それに、もし俺が死んだら誰が面倒見るんだって話になるしさ。 」

 

パッと体を離して、藤堂の目が千香を捉えた。

 

「でも。 」

 

力強い瞳に、ギュッと心臓を掴まれた様な感覚がする。

 

「千香を初めて見たあの日。それから、毎日一緒に過ごす内に自然と惹かれていったんだ。ずっとそばに居て欲しいと思うようになった。想いを告げずにいるなんて、後悔しか残らないと思った。 」

 

「...そう言ってもらえてすごく嬉しいけど、私この時代の人じゃないのよ?いつ帰ってしまうかも分からないのに、夫婦になるなんて...。 」

 

治まりかけた涙がまた、じわじわと溢れてくる。

 

「なあんだ。千香がずっと悩んでたのってそれ?関係無いよ。生まれた時代が違ったって。今こうして一緒にいるんだから。それに、想い合ってる二人の間を裂こうなんて言う野暮な奴居ないだろ? 」

 

「急に帰っちゃって、二度と戻って来れなくなっちゃうかもしれないのよ!? 」

 

「もし本当にそうなったら、迎えに行くよ。一五〇年の壁がなんだってんだ!俺の千香を想う気持ちの前ではそんなの意味を成さないに決まってる! 」

 

藤堂の予想外の返答に、千香は気付けば張り詰めていた気がふと緩んでいた。

 

「あはははっ!何それ!平助らしい!...でも、ありがとう。実はずっと言い出せなくて...。 」

 

手の甲で涙を拭いながら、千香は微笑んだ。

 

「良かった。じゃあ、今度は迷子にならないように手でも繋ぐ? 」

 

先程の真剣な表情を翻し、藤堂はニヤリと悪戯っぽく口角を上げた。

 

「...うん。お願いします。 」

 

いつもならなんだと!と突っかかる所だが、今日ばっかりは甘えてみたい気分になった。

存外素直な千香に、内心藤堂は驚きつつも繋がれた手に力を込めた。

 

「絶対、離さないでね? 」

 

「勿論。死んだって離さないよ。 」

 

「死ぬのは駄目! 」

 

「じゃあ、何度生まれ変わっても見つけるよ。そして、どんな時でも側に居る。 」

 

「...。」

 

現代の男子からは到底聞けそうもない台詞の応酬に、言葉を失ってしまう。

 

「千香? 」

 

黙りこくった千香を疑問に思った藤堂は、千香を覗き込んだ。

 

「照れてるのよ!そんなこと今まで言われたことないから...。 」

 

「そうか。じゃあ、これからずっと言ってやるよ。照れる千香をもっと見たいし。 」

 

「っもう!そろそろ行かないと、買い物も伊東さんの昼餉にも間に合わないから行こうよ! 」

 

二の句が継げないのを歯痒く思った千香は、それを悟られまいと、早く!と藤堂に促した。

 

「そりゃ大変だ。急がないとね! 」

 

そう言って藤堂は千香の手を引いて走り出した。

 

 

しかし、幸せな瞬間は、そう長くは続かないのである...___。

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