幕末・浪漫千香〜どんな時代でも、幸せになれる〜   作:秋藤冨美

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試衛館

その後、近藤たちに会えたのは二日後の九月十一日のことであった。

到着したのは夕方であったし、その翌日は会津藩邸に行っていたことから、すぐに会うことは叶わなかった。

そして今日。千香は目の前にそびえ立つ道場に釘付けになっており。

 

「し、試衛館だ!!ヤバい本物だ!!! 」

 

千香はあまりの感動にぴょんぴょんとその場を飛び跳ねた。

それを見た藤堂は、

 

「試衛館ってそんなに危ない場所だっけ。 」

 

と不思議そうにううむと唸った。

 

「ううん。そういう意味で使ったんじゃないの。憧れの場所が目の前にあって感動しているって意味なの。私の時代では、程度が著しいことを総称してヤバいって言うのよ。そうか。江戸時代では矢場から発展して、そういう使い方をするんだったね。忘れてた。 」

 

「へえー!先の世ではそんな風にいろんな意味で使う様になったのか!今ある言葉が残っているのってなんか、凄いな。 」

 

藤堂は興味津々と言った顔で大きく頷いた。

 

「ねえ。早く入ろうよ! 」

 

千香は目をこれでもかというくらい輝かせて、藤堂へ促す。そわそわしていて、余程楽しみなのだと言うことが伺えた。

 

「うん。...久しぶりだなあ。此処へ来るのは。 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ。久しぶりだね。平助に森宮さん。 」

 

玄関で声をかけると、奥から千香たちを近藤が出迎えた。

 

「近藤さん、お疲れのところにお邪魔してすみません。 」

 

冷めやらぬ興奮をなんとか押さえつけて、千香は深々と頭を下げた。

 

「昨日は会津藩邸に行かれていたとお聞きしたのに、ご都合も考えずにすみません。 」

 

藤堂はと言うと、申し訳なさそうにしょぼんとした表情を浮かべていて。

 

「いやあ。構わないよ。狭いところだけど寛ぐと良い。さあ、上がって。 」

 

勧められるまま近藤の後ろへ藤堂、千香が連なって奥へ進むと部屋に通され、暫く談笑をしていると。

 

「お茶をお持ちしました。 」

 

扉の向こうから声が聞こえた。そして、スーッと襖が開き、顔を覗かせたのは。

 

「ツ、ツネさんだ...。 」

 

現存している写真からそのまま飛び出て来た様な姿に、ついぽろりと零してしまった言葉は、ハッとした時にはもう消すことはできないもので。

 

「あ、ああ。森宮さんはツネのことも知っているのか。いやあ、凄いなあ。 」

 

「い、いえ。 」

 

どことなく気まずい空気が流れる中、それを気にも留めずツネは千香たちに茶を出すと足早に去って行った。その後ろ姿に千香は心の中で、こういう詮索しない所が近藤さんは良いと思ったのだろうかと考えていた。

次第に足音が遠のいていくのを感じると、近藤が空気を変えようと切り出した。

 

「...森宮さん、江戸は初めてだろう?暫く留まる予定だから、良ければ案内しようか。 」

 

「え!良いんですか!やったあ! 」

 

千香は近藤の言葉にこれ以上ない程に頬を緩ませた。試衛館だけではなく江戸の街並みまで見られるとあっては、もうたまらない。

 

「そうか。江戸に来てからは、俺と先生の分の食事とか掃除があってゆっくりする間も無かったし、街に出ても迷子になったからなあ。 」

 

藤堂はニヤニヤと悪戯っぽく笑いながら千香を見た。

 

「ちょ、ちょっと!それ内緒にしててよ!この歳でなんて、土方さんに知られた日には何て言われるか! 」

 

それに千香は少し顔を赤らめて頬を膨らませる。

ちら、と近藤を見やり目で訴えると、

 

「大丈夫。トシには黙っておくから。...っぷぷ! 」

 

その様子に笑いを堪え切れない近藤は、言葉を言い終えた瞬間ついにそれを零してしまい。

 

「な、何で笑うんですか!そりゃ、私だってこの歳で迷子になるとは思ってもいませんでしたよ。でも、江戸は初めて来たから、その...。 」

 

声を発したは良いものの上手く言葉が出て来ず千香はごにょごにょと言葉の端を濁した。

 

「いやあ。別に馬鹿にしている訳では無いんだよ。森宮さんは、いつもきっちり仕事をしてくれているから、そんな風に抜けているところもあるんだなと思ったんだ。 」

 

近藤の邪気を含まない笑顔の前には、千香のムッとしていた気持ちも嘘のように消えていく。やはり近藤は人の心を掴む何かを持っているのだと、再認識した。

 

「そんな!よくボーッとしちゃってるのに、そんなに褒めていただかなくても。そもそも私は、近藤さんに助けて頂いたので恩返しをするのは当然ですよ! 」

 

千香は体の前でブンブンと両手を振り、そんなことはないと否定する。

 

「いや。やっぱりそういう面があると、親しみやすく感じるものだよ。何でも完璧にできてしまうと、何となく近づき難く思ってしまうこともあるからね。 」

 

「土方、さんですか?普段は鬼の副長って恐れられてて、でも本当は人より少し不器用なだけで句なんか作ったりする風流人で...。 」

 

すると、近藤が小さく目を見開いた。

 

「森宮さんは、本当によく人のことを見ているんだなあ。そうだよ。トシも近頃は隙を見せないというか...。まあ組のためだから仕方がないんだがね。 」

 

近藤は昔からの付き合いがある土方のことを心配しているように見えた。確かに、隊士が少ない今の状況では気を休めることもできないだろう。加えて伊東の件もある。千香が上手く片を付けられなかったとあっては、ますます心労が増える一方だと言える。

 

「そう、ですね。 」

 

千香は己の行いが、土方を巡って近藤にまで返ってくるとは思わなかった。本来なら試衛館を見られるだの、江戸の街がどうだの言っている場合では無いのだ。浮かれている暇などあるはずも無い。千香の胸の中に黒くもやもやしたものが広がって行った。

 

「じゃあ、時々皆で腹割って話す時間を設けましょうよ!だったら、土方さんも素を出しやすいでしょうし。ずっと気を張っているのは疲れるでしょうから。 」

 

千香が思い悩んでいると、藤堂が切り出した。すると、近藤はにこにこと笑って。

 

「そうだな。たまにはそういう時もないといけないだろう。元を返せば、俺もトシも多摩の百姓なんだ。慣れないことを続けるといつか潰れてしまうやもしれん。 」

 

近藤の言葉に、は、と千香は視線を上げた。気を張っていたのは何も自分だけではなかったのだ。

確かによく考えれば、土方などが良い例ではないか。どうして今まで気付かなかったのだろうと、千香は心の中で少し反省した。

 

「私もお力になれるか分かりませんが、その時には呼んでください。...今まで土方さんに酷い態度を取って来てしまったので...。 」

 

「勿論だよ。トシと森宮さんは少し似ているところがあるから喧嘩にもなるのだろうし、反対に分かり合う事が出来るのだと思う。宜しく頼むよ。 」

 

「どんな時でも一人じゃないって言うことを、土方さんに教えてあげないとな! 」

 

「はい。 」

 

 

心が温かくなった千香はそう返事を返すと、少し緩くなった茶を啜った。

 

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