幕末・浪漫千香〜どんな時代でも、幸せになれる〜   作:秋藤冨美

44 / 93
松本良順

十月一四日。この日は近藤が、以前松本良順の元を訪ねたときに頼んでいた胃薬を取りに、良順の居る和泉橋へと再度向かっていた。千香は近藤に伊東の件と、藤堂が江戸に残留する予定のため、もう少し自分も江戸にいたいという旨を伝えようと思っていたものの、何かと予定があって、今日まで言えず仕舞いなのであった。実は、藤堂が引き続き江戸で隊士勧誘をして京に帰ると、既に山南は切腹してしまっている。千香はそれまでに藤堂を連れて戻りたいと考えているが、果たして上手く行く保証はない。一応永倉にその旨は伝えてあるが...。近藤が話している間、別室に通された千香はぼんやりと思考を巡らせていた。

 

「あ!そうだ。折角松本良順の所に来てるんだもの。労咳について聞いておかなきゃ。 」

 

千香がポンッと手を叩いて、立ち上がったところで、丁度近藤たちも要件を終えた様で、千香が居る部屋へ帰ってきた。

 

「やあ。待たせたな森宮さん。 」

 

にこにこと機嫌の良さそうな顔で、近藤は部屋へ入って来た。その後ろからは、松本が続いて。松本もまた、現存している写真と寸分違わぬ容姿で、千香はまたもや不謹慎にも、写真でしか知り得なかった人物を直に見たという感動を、深く噛みしめた。

 

「い、いいえ。 」

 

近藤に返事をしながらも、視線は無意識のうちに松本の方へ行ってしまう。それに気付いた松本は、不思議そうな顔をして、

 

「森宮さんとやら。私の顔に何か付いていますか? 」

 

「い、いいえ!ただ、松本様は奥医師を務めていらっしゃったり、蘭学を修めていらっしゃるので、私にも医術をご享受頂きたいなあなんて、思っていませ...、あ...。 」

 

しまった...と思うも、既に松本は険しい顔をしていた。近藤も眉を下げて、困った様に笑っている。

 

「女が医術とは、珍しいな。親が医者でもやっているのか? 」

 

松本が先程の丁寧な口調とはガラリと変わって、強めの物言いになったのに千香は驚きを覚えた。

 

「...いいえ。ただ、お救いしたい方がいらっしゃるのです。ですが、私一人の知識と技術では不可能だと思い、思わず松本様にお願い申し上げてしまいまして...。 」

 

この男外面は良いが、実のところは土方の様に身内に厳しいのだろうか。

 

「救いたい奴...。それはお前の男か? 」

 

「いいえ。大切な友人です。何かと色んな病にかかりやすくて、もしかしたら労咳にもなり兼ねないと思うんです。 」

 

今のところ、沖田のことだということは伏せておくのが良いだろう。いずれ何かで診ることもあるかもしれないし、何よりこれ以上千香は自分が未来から来たということを、広める気はなかったからだ。

 

「ううむ。労咳ともなれば、有効な治療法は今の医術では見つかっていないんだが...。 」

 

「それでは、何か予防策など御座いますでしょうか? 」

 

沖田が近藤にも事情は話しておいてくれていた様で、千香がチラリと目をやると近藤は少し辛そうな顔をして居た。

 

「清潔と滋養のあるものを食べることだろうな。これさえ守れば、なかなか病になることもないだろう。 」

 

「成る程。あとは、あまり自分を追い詰めないことですか?病は気からと申しますでしょう。 」

 

「まあ差し詰めそうだな。...森宮は、新選組の何なんだ?近藤さん。 」

 

余りにも熱心に自分の話を聞いている千香を見て、松本は近藤に小声でぼそりと聞いた。

 

「森宮さんには、隊士たちの世話全般をお願いしているんですよ。健康管理も家事も。よくやってくれて居ますよ。 」

 

近藤は何も疑う理由など無いんだと、松本に言い聞かせる様に、優しい声で答える。それを聞いた松本はようやっと、千香を疑うことを辞めたようで、先程から千香が感じていた圧がフッと消えた。

 

「また何かあれば、聞きに来ると良い。真面目に働いて、更に友を助けたいと言う奴に悪い者は居ねえと昔から相場が決まってるんだよ。 」

 

松本からは、千香の背中を押す気持ちが感じられる笑顔が溢れていた。

 

「本当に、ありがとうございます! 」

 

 

 

 

 

 

 

残された時間は、あと三年___...。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。