幕末・浪漫千香〜どんな時代でも、幸せになれる〜 作:秋藤冨美
年が明けた元治元年の一月八日。土佐勤王党の残党が企てた大坂城乗っ取り計画を察知した新選組による浪士襲撃事件が起きた。世に言うぜんざい屋事件である。京に居た千香は、数日後にその噂を耳で聞く程度だったが、自分の知っている歴史通りのことが起きて内心ホッとしていた。仮にも人一人亡くなって居るのだから不謹慎だとは思ったが、森宮峻三のこともあったため、ずっと不安に思っていたのである。
近頃は年を越したというのに未だ藤堂からの返事は来ず、屯所の移転問題で土方と山南が揉めていた。山南以外は移転に賛成しているのだが、只一人首を縦に振らない。それを見ているうちに、千香も塞ぎ込むことが多くなっていた。止めようとは思うものの、山南や土方と話をする時間がなかなか取れない。千香が空いている時間、二人とも机に向かって何かしら書いており、とても声を掛けられる雰囲気ではないのである。
「これぞ正に八方塞がりってことなんかな...。 」
いつもは意識して話していた言葉さえ、剥がれ落ち、つい方言が出てしまう。あまり綺麗な言葉では無いという自覚があったので、上京してからはなるべく使うのを控えていたのに、千香はそれさえも取り繕えなくなる程、追い詰められていた。
「また、何か悩み事がある様ですね。 」
後ろから、声が聞こえた。それも京へ帰ってからも、なかなか忙しく長い間聞いていなかった声であった。思わず縋りたくなる様な。
「沖田さん....。私、私...。 」
振り向いて沖田の顔を見た瞬間、千香の視界はぼやけていった。
「もう。また泣きそうな顔して。良いですよ。先ずは思い切り泣いて下さい。それからいくらでも話を聞きますから。 」
沖田は千香の頭を優しく撫でて、安心させる様に微笑んだ。
「うう...。すみません。ああっ...。 」
今まで上手く言葉にできないまま胸に溜まっていた感情が、涙とともにこぼれ落ちて行く。
縁側へ座って漸く涙が治った頃に、千香はぽつり、ぽつりと事の次第を話し始めた。
「成る程。確かに、私も以前から山南さんと土方さんのことは気掛かりでした。それが、そんなことになるとは思いませんでしたが...。 」
千香が話し終えるまで、只黙って頷きながら聞いた後、沖田は顎に手を当てて、ううむと唸った。
「私はどんな手を使っても、止めたいと思っています。でも、伊東や外部から与えられる影響は防げても、山南さん自身の気持ちがその方向へ傾いてしまったら、どうしようもないなと思い始めて。この世の中に絶望して、活路を見出せない、と諦めてしまえば私には何も、出来ないなと。 」
下を向いたまま千香は、そう言葉を紡いだ。
「他人の気持ちは見えませんからね。殊更、山南さんは頭の良い人だから隠すのが上手い。そう簡単には見抜けないでしょうね。 」
沖田も遠い目をして、呟いて。
「けれど、その苦しみを分かち合えれば何かが変わるのではないかな。私も貴方も、自分の気持ちを人に打ち明けて初めて心が軽くなったでしょう。だから、山南さんもきっと。 」
空を仰いで、柔らかな表情を浮かべた。
「...そうですね。まずは、今悩んでいることはないか聞いてみることから始めてみます。沖田さんも、協力していただけますか? 」
沖田の方を見ながら、千香は胸の前でギュッと手を握り締めた。
「勿論です。私も、これ以上仲間を亡くしたくありません。出来る限り、山南さんに話をしてみます。 」
相も変わらず、沖田は自分に世話を焼いてくれるなあと千香は心強くなった。