幕末・浪漫千香〜どんな時代でも、幸せになれる〜   作:秋藤冨美

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心に寄り添う

数日後。千香は適当な本を持って山南の部屋に訪れた。最初は何か読めない字があると切り出して、それとなく今の悩みや考えを聞き出そうと。山南の部屋の前に立って、深くゆっくりと深呼吸をして、呼吸を整える。大きく息を吸い込んで、

 

「山南さん。読めない文字があるので、教えていただきに来ました。今よろしいですか。 」

 

と言った。すると直ぐに返事が返って来て、失礼します。と千香は部屋へと足を踏み入れた。

部屋へ入ってみるとどうだろう。以前ならきちんと整頓されていた本や書類が部屋中に散乱している中に座っており、一目で山南がおかしいことに気がついた。顔を見てみると、何処となく顔がやつれていて到底健康そうには見えなかった。実際史実でも、岩城升屋事件で傷を負ったことを機にしてか、何かと体調を崩しやすくなり池田屋事件の際も出動していない。それ以降山南の名は脱走時まで新選組史から消えている。何処からか、近藤たちとの思想のずれを感じ始めたが昔からの仲間であったが故に言い出しづらく、結局は行き場の無い感情を抱えて脱走という形をとってしまったのだろうか。千香はギュッと胸が締め付けられた様に思えた。

 

「さ、山南さん。この本なんですけど...。 」

 

山南の前に腰を下ろしながら、千香はこのまま普通に会話するのに戸惑いを覚えたが、一先ずカモフラージュとして質問をする方がいいだろうと思い至った。

 

「ああ。ここはね...。 」

 

以前よりも大分弱々しくなった声で、山南は答えた。ああ。きっと心が、限界なのだろうと。千香は声を聞きながら、そう悟った。山南が話し終え、少し間を置いてから千香は思い切って本題に入ろうと試みる。

 

「山南さん。近頃体調が優れない様ですが、大丈夫ですか。私で良ければ何でも話して下さい。...話せば気が楽になることもあるものですよ。 」

 

少し顔を強張らせて、ドキドキと煩い心臓を抑えながら千香は山南へと促した。すると、千香が何を言わんとしているのか気づいたのだろう。小さく開目して、少し諦めた様な声で笑った。

 

「いやあ...。森宮さんには敵わないなあ。気づいていたんだね...。 」

 

「ッ!山南さん。良いんです。何でも思っていること言ってください。 」

 

山南の消え入りそうな表情を見て千香はじわり、と涙が溢れた。それを見て、山南も話さざるを得ないか、と千香へと向き直って。

 

「実は近頃、近藤くんや土方くんたちと考えの違いを感じているんだ。森宮さんも見たと思う。例えば、屯所を西本願寺に移すという件。他にも細かいことだが、意見が食い違っていてね。...正直、何もかもに疲れてしまった。出来ることなら、試衛館に居た、江戸に居た頃に戻りたいとさえ思う。何にも縛られることもなかったあの頃へ。 」

 

零すまいと堪えていた涙が、ツーッと千香の頬を伝った。山南が今後どうなるかも知っているからこそ、余計に涙が止まらなかった。

 

「山南さん。私もきっと山南さんの立場だったら同じ様に思います。そして、考えることを一度辞めたいと。...ですから、私に考えがあります。 」

 

それは山南の言葉を聞いてから、急遽考えたことだった。しかしこのまま何もせず歴史の通り脱走の後切腹してしまえば、一生後悔が残る。助けられる命を見殺しにしたという罪悪感が付いて回る。それだけでなく、千香がこの時代に来た目的は新選組の未来を守ること。隊士を死なせないことだ。そのためには、どうなってもいい。

 

「私が土方さんに、お休みを頂けないか話をしてみます。脱隊ではなく、正式な休みです。一度屯所を離れて、養生出来る所でゆっくり過ごして下さい。体調も崩しがちですし、それに...。 」

 

え、と山南が固まっているのをそのままに、千香は続けた。

 

「明里さんのこともありますし。早く身請けして、幸せにしてあげて下さい。 」

 

「あ、明里のことまで...。だが、土方くんは許すだろうか。唯気が滅入っているだけだと、足蹴にされないだろうか。 」

 

「いいえ。山南さんはこの時代では病だと認められていませんが、気を病んでいます。それは私が生きていた時代では、れっきとした(やまい)だと認められていて治療が必要だと言われています。...残念ながら、私はその治療が如何なるものか知りません。ですが、愛する大切な人と共にいる時間を大切にすれば、それが一番の薬だと思うんです。だから、私が命を懸けて首を縦に振らせてみせます。 」

 

千香はすっくと立ち上がった。

 

「い、命なんて、女子(おなご)がそんなこと言うものじゃな... 」

 

女子(おなご)だからこそ、命を懸けるんです。もしこのまま山南さんが気を病み続けて何かあったとしたら、明里さんはどうなると思いますか。私だったら、きっと後を追ってしまう。そうならないために、私も土方さんにそのくらいの覚悟で臨まないといけないと思うんです。 」

 

千香の強い眼差しと言葉に気圧され、山南は出しかけた言葉を飲み込んだ。

 

「藤堂くんは、森宮さんに何かあれば悲しむと思う。 」

 

それでも上手く見つからない言葉を探して、山南は必死に言った。

 

「もし本当にそうなってしまった時は、そういう運命だったんだと教えてあげて下さい。案外間違っていませんし。 」

 

千香はそれにふわりと笑って、答えた。

 

「それでは早速、言ってきます。大丈夫ですよ。そう簡単に死んだりしません。でも、もしもの時は平助をお願いします。では、失礼しますね。 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山南の制止の声を打ち消す様に、障子を閉めて千香は副長部屋へと向かった。

 

 

 

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