幕末・浪漫千香〜どんな時代でも、幸せになれる〜 作:秋藤冨美
朝になり、不意に蔵の扉が開いた。千香は扉から差し込む朝日に目を細め、小さく瞬きを繰り返す。すると、だんだん目が慣れてきて沖田が食事を運んできたのを確認できた。
「あ...。沖田さん、おはようございます。 」
なんと声をかければいいか思いつかなかったたため、取り敢えず無難に挨拶をしておけば間違いはないだろうと思い至った。そして、その後ろに見えたのは。
「千香。本当にごめん。まさかこんなことになっていたとは...。 」
バツの悪そうな顔で、顔を伏せた。
「へい、すけ。帰って来たんだね。結構早く。 」
千香も目を合わせられず、下を向いて言葉を零して。それと同時に残されている記録よりも早い帰還に戸惑いも覚えた。
「久し振りに会えたんだから、仲直りしたらどうです。それに、今はこんな所で立ち止まっている場合じゃないでしょう。 」
沖田が痺れを切らして、千香と藤堂を向き合わせた。
「俺江戸に居る間に、いつもつまらない意地張って千香に迷惑かけてたんだって気付いたんだ。強情過ぎた。ごめん。 」
しかし、今はそれよりも。
「...ううん。その真っ直ぐさが平助の良いところだと思うから、今まで一度も迷惑だなんて思ってことはないよ。私こそ、頑なになっちゃって勢いで酷いこと言った。ごめんなさい。 」
二人が目を合わせて、微笑み合ったのを見て沖田が切り出した。
「さてそれでは、目出度く仲直りも出来たということで、先ず千香さんは腹ごしらえです。土方さんからお許しが出ました。朝餉を終えてから、これからの策を練りましょう。 」
千香は沖田から握り飯を受け取り、一口齧った。昨晩は夕餉を食べる前に蔵へ入れられてしまったため、程良く塩の効いた握り飯が何とも美味しく感じられた。二つ目を食べ終え、ホッと茶を飲んで落ち着くと三人膝を合わせて、具体的にどうすれば土方を説得できるかを考え始めた。
「私は率直に言ってみたんですけど、それでは納得してもらえずこの始末です。 」
千香は肩をすくめて、眉を下げた。
「土方さんも山南さんの気持ちは分かっているはずなんです。だけど、新選組のためになることを、近藤さんのためになることをしたいという思いも強い。かと言ってどちらとも取る訳にはいかない、と感じているからこそあの物言いなんでしょう。 」
「仮に大勢の隊士が屯所を変えることに反対すれば、土方さんも諦めるかもしれない。けどそれは、殆ど不可能だろうし屯所が広くなって喜ばない奴はいないだろうからなあ。 」
三人ともどうしたものかと頭を悩ませて。
「...ところで、沖田さんも平助もずっと蔵に居ても平気なんですか?私一応、監禁されている身の筈なんですけど。 」
千香はチラリ、と沖田の方を見やる。
「大丈夫です。蔵に入れておけと言ったのは土方さんだけですし、近藤さんが直ぐにでも出してやれと言っているのにも聞く耳を持たないんです。他の隊士たちも土方さんが怖くて表には出せませんが、千香さんが蔵に入れられるのはおかしいと思っている様子でしたよ。 」
沖田は全くあの人は、と呆れた。
「土方さんだけなんですか...。やっぱり私って嫌われてるんですね。 」
それを見て千香も、やっぱりと笑う。
「どこか土方さんと千香って似ている気がするし、同族嫌悪っていうやつかもな。 」
「それ、前に近藤さんにも言われたよね。一体何処が似てるって言うの。 」
「人に弱みを見せない所、かな。 」
沖田のその場にいたかのような言葉に、千香は驚きつつも、思考を切り替え、
「さ、さあ。この話はもう止しましょう。どうすれば土方さんの首を縦に振らせられるか考えないと。 」
千香の言葉を機に、二人の顔も真剣な表情に変わった。
「先ず確かめたいのですが、土方さんに山南さんがこの後脱走して切腹する、ということは伝えていますか。 」
少し間を置いて、沖田が千香の目を見て言った。
「...いいえ。気を病んでいて、このままでは危ないとは伝えたのですが。 」
すると、沖田は目を伏せて。
「この際、はっきり言ってしまったほうが良いでしょう。このまま土方さんが頑なになれば、山南さんは居場所を失い切腹をしてしまうのだと。 」
「俺も沖田さんと同じ考えだ。二人を大切に思うからこそ、土方さんにそのことを伝えないといけない。 」
藤堂も力強い瞳で二人を見つめた。それに二人も頷いて。
「千香さん、山南さんが脱走をする日まで後何日ありますか。 」
「如月の二十二日です。ですから、あと二十日程あります。 」
ううむと沖田が考えた後。
「平隊士にはこのことは内密にしておきます。幹部には説明をして協力を仰ぎましょう。 」
「はい...。 」
千香の弱々しい声に、藤堂がポンと肩を叩いて。
「大丈夫。まだ時間はあるだろう?それまでにはきっと、土方さんを説得できるから。 」
「そう、よね。やる前から弱気になっちゃ、駄目よね。 」
今度こそは、と千香は拳をギュッと握りしめた。