幕末・浪漫千香〜どんな時代でも、幸せになれる〜   作:秋藤冨美

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明里さん

その数日後、晴れて千香は自由の身となった。ひとえに幹部たちが土方に抗議し、近藤が追い打ちをかけるように説得した賜物である。

ある日、千香が屯所の門の掃き掃除をしようと、箒を手に持って門の所へ向かっていたとき。チラチラと中の様子を伺いながら、門の前を行ったり来たりしている女の姿が見えた。

 

「あの、何か御用でしょうか。 」

 

一応千香も組の一員であるため、この人が誰かに用があって来たのか否か確かめなければならない。今周りに隊士が居ないため、これも仕事だと思いながら。

 

「さ、山南さんは、お元気どすか?近頃、すっかり会っておらんものどすから。 」

 

そこまで聞いてああ、と納得した。この人は山南の恋人だと言われている人だと。

 

「もしかして、明里さんですか? 」

 

すると明里は顔を引きつらせて、

 

「な、なんでうちのこと知っとるの...。 」

 

と言った。千香は明里を安心させる様に笑って、優しく言った。

 

「よう話してくれるんどす。明里はんって言う恋仲の相手がいるんやって。 」

 

少しおどけて見せながら、明里の目を見た。すると、明里がプッと吹き出して。千香もそれを見て目を細めた。

 

「ふふ。笑ってくれて良かった。 」

 

笑いを治めつつも、明里は本題に入ろうと試みて。

 

「と、ところで、山南さんは今どうしとるんどすか? 」

 

「山南さんは、具合が良くなくて寝ています。...あれ。明里さん、文のやり取りとかは無かったんですか? 」

 

「何月か前からぱったりなくなったんどす。そやし、局長はんの許可もなく会えへんのは知ってて、此処に来てみたんどすけど...。そうどすか。具合が悪いんどすね。 」

 

明里は目線を下に落として、声が暗くなった。それを見て千香は、二人を会わせようと思い立って。

 

「明里さん。山南さんに会えますよ。 」

 

もしかすると、明里に会えば山南も元気になるかもしれない。恐らくは二人とも会いたいのになかなか会えないことが続いて、明里はやっとの思いで此処までやって来たのだろう。千香にはその気持ちが、痛いほど分った。

 

「近藤さんなら、快く許してくれますよ。よく山南さんのことを心配していますし。 」

 

「ほんま!?はあ...。良かった。実は此処まで来たはええものの、もし会えんかったらどないしよと思てました。おおにき。 」

 

千香はパッと笑顔になった明里を見て、不意にその笑顔が梅のものと重なりチクリと胸が痛んだ。

 

「それでは聞いて参りますので、それまでお部屋でお待ち下さい。ご案内しますね。 」

 

もし客間に通して事情を知らない隊士と鉢合わせて問題が起きては不味いため、明里を女中部屋へと通した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、聞いて参ります。堅くならずに寛いでいて下さい。 」

 

「お、おおきに。 」

 

明里は、どこか緊張している様に見えた。初めて来る場所であり、いくら山南が居るとはいえ京では多くの人間に忌み嫌われている場所に居るのだから仕方がないのやもしれない。

千香は局長部屋へと向かう最中、こんなに想い合っている二人をなんとしても引き離してはいけないと強く思った。もう、芹沢と梅の様な人間を出してはいけないと。局長部屋の前に着き、深く深呼吸をして正座の体勢をとる。

 

「近藤さん。森宮です。今宜しいでしょうか。 」

 

「森宮さんか。どうぞ中へ。 」

 

返答を待ってから、正しい作法を守りながら戸を開けて部屋の中へと入る。

 

「どうしたんだい。何かあったのかい? 」

 

近藤が千香の顔を見て心配そうな顔をした。色々なことが目まぐるしく起こったため、女の身である千香を気遣ってのことなのだろう。

 

「実は...、山南さんに会いたいという人が来ているのですが、会わせても宜しいでしょうか? 」

 

すると、近藤の顔が不思議そうな顔に変わった。

 

「山南さんに、会いたい。はて。思い当たる節が無いな。 」

 

うーむと記憶を辿る様に唸るも、分からず。といったことが暫く続いて、それを見守っていた千香も痺れを切らして、

 

「明里さん、ってご存知ではありませんか? 」

 

と聞いた。それで漸く思い出したらしい。パッと顔が明るくなった。

 

「成る程。その名前を聞くのは久しいな。でもどうして此処まで来たんだ? 」

 

近藤はどうも肝心なことには気付きにくい質なのだろうか。ガクリとしつつも持ち直して。

 

「話を聞いてみたところ、元々文のやり取りをしていたそうなんですけど、急にパタリと途絶えてしまったらしいんです。いくら待っても返事が来ないものだから、屯所まで来てしまったと言っていました。 」

 

「成る程。それで森宮さんが、会わせてもいいかと聞きに来たのか。合点がいった。 」

 

そうかそうかと腕組みをしながら頷いた。

 

「それでですね。山南さんもずっと伏せっているより、明里さんに会えば元気が出るのではないかと思うんです。...加えて、近藤さん。沖田さんから山南さんのことについて聞きましたか? 」

 

「ッ...ああ。私としては、山南さんを死に追い込みなんてことはしたくないから、休みを出すことに賛成だ。 」

 

千香はその言葉に大きく頷いて。

 

「私もです。...明里さんが山南さんに会うお許しを戴けますか? 」

 

「勿論。少しでも山南さんが元気になれるならば。愛おしい者に会うということは何よりの糧になるだろう。 」

 

「ありがとうございます。それでは、明里さんに伝えてきますね。 」

 

千香は三つ指を添えて、深々と礼をした。良かった、と心から思った。

 

「森宮か...。 」

 

部屋を出てから女中部屋へと向かう最中、背後から声が聞こえた。如何してこんな時に、と思いながらも面倒は御免だと軽く会釈を返して通り過ぎようとした時。

 

「いつも辛く当たっちまってすまねえ。この間は特にやり過ぎたと思ってる。お前はお前なりに組のことを考えて言ったことなのにな。 」

 

「ひ、ひじかたさん? 」

 

何時もと様子が違う土方に千香は思考が追いつかない。顔を見れずに視線を泳がせるしかないまま、どうしたものかと思い悩む。

 

「山南さんのことは、お前に言われるまで全く気が付いていなかった。...もう少ししっかり考えてみようと思う。 」

 

それだけ言うと土方は去って行き、未だに何が起こったのか整理がつかない千香がその場に残された。

 

「きゅ、急にしおらしくなられても困るわ。でも、あの様子やったら、山南さんのお休み貰えるかもしれん。 」

 

 

スッと心が軽くなってきた千香は、足取りも軽く女中部屋へと向かって行った。

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