幕末・浪漫千香〜どんな時代でも、幸せになれる〜 作:秋藤冨美
「明里さん、入ります。 」
女中部屋へと着いた千香は、近藤から許可が出た旨を明里に伝えた。すると、言うまでもなく明里は溢れんばかりの笑顔を見せ、千香へと向き直り深々と頭を下げた。
「ほんまに、ありがとうございます。それで、えと、何とお呼びすればええどすか? 」
それから明里は顔を上げて、不思議そうな顔をした。それで千香もハッと気付いて。
「あ。まだ名前を言ってませんでした。此方ばかりが勝手に明里さんを知っているままでは失礼ですよね。すみません。私は森宮千香と言います。よろしくお願いします。 」
千香の方も深々と頭を下げ、ゆっくりと顔を上げるとにこにこと笑みを浮かべた。
山南の部屋へ着いて千香が戸を開けると、なだれ込む様にして明里が部屋に上がり込んで。二人は見つめ合ったかと思うと、身を寄せ合い涙を流した。そこまで見たところで、千香は後のことは二人に任せようとその場を後にした。
さて、これからどうしたものかとあてもなく歩いていると。
「千香。 」
藤堂が歩いて来て、千香に声をかけた。本当に声を聴くだけで、胸が騒がしい。
「平助、どうしたの。 」
トクントクン、と鼓動を感じながら千香は藤堂の方へ近寄った。
「近藤さんから、聞いたよ。明里さんっていう山南さんの想い人が来ているって。さっき、会わせてきたんだろ? 」
「うん。二人とも泣きながら、抱きしめ合ってた。やっぱり、長い間愛しい人に会えないのは苦しいし寂しいよね。 」
千香は両手を胸の前で重ねて、目を伏せた。
「俺もそうだよ。千香と離れている間、何であの時感情に任せて怒っちまったんだろう、ちゃんと謝っておけばって後悔ばっかりだった。だから、今こうして千香に会えているだけで幸せだって感じてる。 」
藤堂の声色がいつもより少しだけ、暗くなっているのを感じ千香は、ふと顔を上げると。藤堂が千香を引き寄せ、きつく抱きしめた。
「へ、いすけ? 」
どうしたんだろうと藤堂の様子を伺うも、顔が見えない状態ではよく分からず。そのまま何も言わない藤堂に身を委ねていようかとも思ったが、仮にもここは屯所内の他の隊士も通る廊下だったので千香は一旦、藤堂から離れようと試みた。
「ち、千香? 」
藤堂は千香の行動に疑問を覚え、どうして離れようとするのか分からない様子だった。
「あの、ここ一応他の隊士も通るところだから、取り敢えず女中部屋行こう。 」
「あ...。そうだよな。ごめん。 」
女中部屋に着くと、どちらともなく身を寄せ合ってお互いの体温を感じていた。言葉は必要なく、ただ一緒に居るだけで心が休まっていく。お互いに仕事があるのと、山南の件が重なって心が少しくたびれてしまっていたのだ。次第に陽が傾いて来るのを感じると、千香は立ち上がった。
「そろそろ、明里さん帰るかもしれないから様子見てくるね。あと夕餉の支度も。 」
藤堂は名残惜しそうな顔をして、千香を見上げながら頷いた。
女中部屋を出て、千香はもう少し藤堂と一緒に居たかったと思ったが、仕事モードに切り替えなくては!と煩悩を振り払った。