幕末・浪漫千香〜どんな時代でも、幸せになれる〜 作:秋藤冨美
山南の長期休暇の許可が下りて数日のうち。その後の屯所を出る日取りなども決まって、一段落ついた頃。掃除を終えると千香は藤堂を探し始めた。二人は想い合ってこそはいるが、よくよく考えればお互いの過去を知らないままで。千香は一通り藤堂の経歴を知っているが、藤堂の方は特に聞いてくることもなかったので言わずじまいなのであった。
「平助。今、話せる時間ある? 」
千香は庭に藤堂の姿を見つけ、声をかけた。
「あれ、千香。どうしたんだよ急に。時間はあるけどよ。 」
木刀で素振りをしていた藤堂は、首にかけた手拭いで汗を拭う。千香は稽古着から覗いている手足に自然と目が行き、やはり鍛えているのだなあと胸をドキリとさせた。
「...私たち色々あって、今までお互いについて知らないままだったじゃない?だから、平助が良ければなんだけど昔の話を聞かせて欲しいなって。勿論、私のことも話すんだけどね。 」
千香は縁側に腰掛け、藤堂を見上げる。
「ああ、成る程。そういえば今まで気にもしてなかったかもなあ。 」
藤堂も千香の隣へと腰掛け、腕組みをした。
「やっぱりこの時代に一緒に居られるのって奇跡だと思うの。それに純粋に平助のこと知りたいし。 」
藤堂の瞳を見つめ、千香は真剣な顔をした。それで、藤堂もなんとなく千香の思惑を察する。恐らく、いつ離れ離れになるか分からないこの状況に不安を感じているのだと。
「そうだよな。俺たちがずっと一緒に居られるのは難しいかもしれない。良い機会だ。 」
一呼吸置いて、藤堂は自分の幼少期の話を始めた。武蔵国に生まれたということ。はっきりと生まれた月日は分からないということ。そうして、次第に話は両親の話題へと移り変わった。
「俺の父上は、千香も皆も知っている通り伊勢津藩主11代目当主の藤堂高猷だって母上から聞かされてきた。藤堂家の家訓も幼い頃からずっと聞かされて育ってきた。けど、実は今まで一度も会ったことがないんだ。だから、本当かどうか分からない。 」
藤堂は地面を見つめ、くしゃりと笑った。現代ならば、余程の事情がない限り自分の父親が分からないことなどないだろう。しかし今は、江戸末期。しかも、父親の身分が高く、母親が側室である場合では父親にその子供を認識されないままになることが多い。幼い頃から続いている、苦い思いがあるのだと伺えた。自分には起こるはずもない出来事だが、藤堂の痛ましい笑顔を見ていると千香は何も言葉が出てこなかった。
「それからは、江戸で暫く母上と暮らしてた。大体10くらいの頃から千葉玄武館という道場で剣を学んで、その後伊東道場へ通って、それから近藤さんの試衛館へ入門して今に至る。...変な話だけど俺自身、自分のことなのによく分かってない節があるんだよな。 」
「...ずっと、不安だったよね。今も昔も、分からないことだらけで。前に進むしかなくて。...私には平助の気持ちを全部理解することはできないと思うけど、寄り添うことならできると思う、から。 」
千香は言葉よりも、心の面で藤堂に安らいで欲しいと隣に置かれていた手に自身の手を重ねた。きっと上手く何かを言おうとしても、逆に藤堂が疲れてしまう。いくら通じ合っていても、その全てを理解出来るわけではない。自分には藤堂が欲しい言葉をかけられるとは思えなかったのだ。
「...ありがとう。 」
藤堂は目を伏せて、ぽつりと呟いた。今まで溜まっていた感情が吐き出されて、ツーッと一筋涙が伝い落ちた。
「千香のことも聞かせてくれよ。 」
気持ちが大分落ち着いてから、藤堂が切り出した。
「私のことは...。言ってもいいのかな。未来のことをこの時代に生きてる平助に教えちゃっても。 」
うーんと千香は顎に手を当て考え込んだ。
「俺のことも教えたんだし、千香のことも教えるってのが筋だろう。 」
いつのまにか、千香が藤堂に重ねていた手を藤堂が力強く、しかし優しく握っていた。まるで、大丈夫。何も恐れる必要はないと物語っている様で。その姿に、大切に思ってくれているんだなあと顔が緩んだ。
「うん。...私は伊予で生まれたの。結構方言があるんだけど、江戸にいる時に使うと田舎者って馬鹿にされちゃうでしょう?だから、何時もなんとか使わない様に気をつけてるの。 」
藤堂は何も言わず、ただ千香の言葉を聞いている。
「...ええと。私の家は、父も母も居て姉が一人居るの。特段裕福って言う訳でもなくて、普通の家。身分っていう身分はこれと言ってないかな。この時代じゃありえないことだけどね。 」
上手く言葉がまとまらず、思い浮かんだ言葉を言っているだけなので藤堂には伝わりにくいかと目をやるも、ただ黙って頷いて。気にしなくて良い、続けて。と言っている様に思えて、千香は空を見上げながら、記憶を辿った。
「それから、この年まで学校って言うこの時代の寺子屋みたいなものに通っていて。それが休みの時に、京へ旅しに来てたの。それで、私新選組が好きだから現代、平成って言うんだけど、平成に残っている新選組屯所跡、八木邸、ここに来てね。それから、中に入ろうと思って足を踏み入れたらこの時代に来ちゃったって訳。 」
「...そうだったのか。旅に来ていて、それで何故か、過去に来てしまったと。 」
藤堂も空を見上げ、だんだんと落ちてきた夕日を眺めた。
「うん。私も最初絶対夢だと思って。普通ありえないでしょう?過去に行ってしまうなんて。でも夢なんかじゃなくて、本当に一五〇年前に来てしまったから、もうここで生きていくしかないって開き直っちゃった。 」
あははと千香は笑った。
「でも、不安だっただろ?周りに頼れる人は居なくて、土方さんなんかには酷い目に遭わされて。俺だって怖いよ。 」
「でも、土方さんがそういうことする人って知ってたし、怖くなんてなかった、よ。 」
藤堂は千香を優しく抱き寄せた。
「震えてる。...もう一人じゃないだろう?俺がいる。だから、もう大丈夫だ。 」
「...うん。ごめんね。力になれなくて。平助も辛いのに。 」
千香は何とか声を絞り出す。
「俺は、千香が側にいてくれるだけで、力が湧いてくる。それだけで十分だよ。 」
藤堂は目を伏せて。千香も藤堂の体温を感じ安心して呼吸を落ち着かせる。
夕焼けに照らされた二人の影が、細く伸びていた。