幕末・浪漫千香〜どんな時代でも、幸せになれる〜   作:秋藤冨美

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西本願寺へ

山南が屯所を出てから二〇日が経過したあくる三月十日。この日はかねてから決めかねていた屯所を西本願寺へと移す日だった。山南は反対だったが、結局は山南が屯所を出た後に土方が無理矢理決めた事なので、千香はあまり気が進まなかった。しかし、事実、新選組を取り仕切っているのは土方なので自分も此処にいるのならば従うしかないと諦める以外ないのだ。

 

「とは言っても...。 」

 

自分の部屋の荷物をまとめ終わった千香は、隊士部屋の片付けと掃除を手伝いに来ていた。

 

「汚すぎる!毎日お掃除してるはずなのにどうしてなの!! 」

 

部屋に居る隊士たちの目も憚らず、声を上げた。その場に居た隊士たちは、びくりと肩を震わせ、チラチラと様子を伺いつつ各々掃除を進めている。日頃千香の感情的な所を見たことが無いため、より一層驚いていた。

 

「あれ...。ごめんなさい。私ったら。 」

 

行李を退けた後や箪笥の後ろからあまりにも大量の埃を発見し、無意識的に言葉を発してしまった。千香は先程の言葉をごまかすように、箒で埃を掃き出していく。羞恥で顔を赤らめながら、早くこの部屋の掃除を終わらせてしまおうと。

 

「ッぷ!あははは!千香さんらしいなあ。 」

 

「沖田、さん...!急に現れないで下さい!心臓に悪い! 」

 

急に声が聞こえて、びくりと体を震わせ顔を上げると。腹を抱えて笑う沖田が居た。沖田は決まって千香の心がざわついている時に現れる。それも足音も気配も消してだ。千香は小さく溜め息をついて、箒を掃く手を動かし始めた。

 

「結局、山南さんの意見は聞き入れられなかった、という訳ですね。 」

 

「でも、最悪の事態は免れたので良かったです。 」

 

詳しい事情を知らない隊士たちもその場に居たため、無闇に色々と悟らせない様に言葉を選び取っていく。ちりとりに埃を集めながら、周りに塵が残っていないことを確認し。

 

「この部屋の掃き掃除は終わりましたので、塵を捨てて来ますね。後の雑巾掛けはお願いします。 」

 

そう言って沖田の方まで歩いていき、小さく耳打ちする。

 

「どこか話せる場所に移動しましょう。 」

 

「そうですね。...皆、怠けると鬼の副長からのお叱りが待っているから、頑張る様に。 」

 

どうやら部屋に居たのは、一番隊の隊士だった様で心なしか沖田の声が優しかった。

 

「沖田先生、御心遣い痛み入ります。 」

 

部屋に居た全員が沖田に頭を下げ、口々に礼を言っていく。

 

「まあ、土方さんならやりかねないわね。お掃除適当にやっちゃったら、凄い剣幕で怒りそう。 」

 

土方の怒り狂う様子が眼に浮かぶ様で千香はクスリ、と笑う。

 

「さて、行きましょう。 」

 

「はい。 」

 

沖田もそうだったのか、口許を緩ませながら千香の前を歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここなら誰も来ないでしょう。 」

 

暫く歩いて人気の少ない蔵の前へと辿り着く。

 

「...そうですね。ここに来るとあまり良い気分はしませんから。 」

 

古高俊太郎が拷問されている姿は、当時から居る新選組隊士であれば見ている筈であるし、新入りの者も引越しの手伝いやらで自由に動き回る余裕も無いだろう。

少し間が空いて先程の会話の続きは、千香から切り出された。

 

「山南さんがこのことを知ったらどう思うでしょうか。久し振りに帰ってみると、隊士たちが居ない訳ですから...。 」

 

「文で、知らせてみますか? 」

 

「私には、ようやく得た安らぎを奪うなんて真似出来ません。 」

 

千香は、下を向いて裾をギュッと掴む。

 

「...さてはて、何か上手い策はありませんかね。 」

 

顎に手を当てて、沖田はううむと悩んだ。そうしているうちに、遠くの方からそろそろ出発するという近藤の声が聞こえてきた。

 

「一先ず、新しい屯所に移ることを考えましょう。この件のことは、それから。 」

 

声のした方へ顔を向けて、沖田は落ち着いた声で言った。

 

「はい。優先すべきは目の前のことですよね。 」

 

千香も同じ方を向いて、頷く。

 

「あ!いたいた。二人共、そろそろ出立するって近藤さんが。 」

 

藤堂が二人が見つめていた方から駆けてきて、元気の良い笑顔を見せた。

 

「ありがとう。沖田さん、行きましょう。 」

 

「ええ。前に進むために。 」

 

藤堂は二人の様子に不思議そうな顔をしながらも、先陣を切って門の方向へ歩き始めた。

 

「折角助かった命やもん。もう二度と、山南さんを傷付けたらいかん。 」

 

 

 

二人に聞こえない声で、千香は小さく呟いた。

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