幕末・浪漫千香〜どんな時代でも、幸せになれる〜 作:秋藤冨美
屯所を西本願寺へ移してから、一〇日程経った三月二一日。この日は土方、伊東、斎藤の三人が隊士募集のために江戸へ向かう日だ。早朝に出立する予定なので、夜明け前から他の隊士たちが起きてくる。千香も予め土方と斎藤に、伊東に気を付けるようにと言付けてあるが、最後にもう一度念を押しておかないと何が起こるか分からない。土方も斎藤も聡い人物だが、未来を知っている自分だからこそより一層注意深くなるのだろう。
身支度を済ませて、厨房へと向かう。朝餉の支度と、江戸へ行く三人は朝餉を食べないまま出立してしまうので、握り飯を握ろうと思い立った。
「んー。どかたは沢庵で。斎藤さんは、お酒強いけん辛い物好きなんかな。あ!卵薄く焼いて、お握り包んだらオムライスみたいになってええ感じやね。伊東は、無難に塩?でも二人がそんな感じやったら、何か具入れたほうが良さそうなし...。おかかにしよか。 」
中身は塩握り一つと、もう一つはどうしたものかと考えているとぽんぽんと調子良く良い案が浮かんできた。炊きたてのご飯を軽く濡らした手に取り、形成していく。
「あつつ。でも炊きたては美味しいはずや。あー。お味噌汁も持って行けたらええけど、この時代は持ち運びと保温できる容器ないけんなあ。 」
ほう、と軽く息を吐いて竹皮に塩握りを並べていく。そして、沢庵を細かく刻み握り飯を作り、土方の分を包む。
「よし。一丁上がり。次は伊東の分。 」
鍋に醤油と酒と蜂蜜を入れて、一煮立ちするまで待ってから鰹節を入れ炒める。水分が飛ぶまで炒めて、掌に乗せたごはんの上に乗せしっかりと握り、伊東の分も包み終えた。
「さーて。最後は斎藤さんの分。だし巻き卵の味付けで卵焼こ。 」
鍋に油を広げ、だし汁を入れた卵を軽く混ぜてスーッと卵液を流し入れる。なるべくふわふわになるように、焼き過ぎず焼かなさ過ぎずのちょうど良い頃合いを見極めて。
「よしよし。ええ感じに焼けた。後は包んでっと。美味しそうに出来た。今度こそちゃんと斎藤さんに驚いて欲しいなあ。 」
斎藤の分を包みながら、千香は水筒も用意して三人分の包みと水筒を持って、玄関へと向かった。
「あの、朝餉を召し上がらないまま出立されるとお聞きしたので、握り飯を作りました。お荷物になるとは存じますが、是非お持ち下さい。 」
大勢の隊士が見守る中。千香は、土方、伊東、斎藤の三人に握り飯を包んだ竹皮と水筒を渡していく。
「すまない。世話をかけたな。 」
斎藤が千香の作った鞄に竹皮と水筒を入れて僅かに口角を上げた。土方はと言えば、目線を合わせずに、じっと竹皮を手に持ち見つめている。
「森宮さん。有難う。 」
伊東も千香に礼を言い、にこりと笑った。千香にとっては相も変わらず、気味の悪い笑顔だと感じたが。ふいに斎藤が土方に目線を送ると、それに気付いた土方が状況を察し、
「...気が効くじゃねえか。 」
と一言ぽつりと零し。伊東はその後ろで苦笑し、斎藤はやれやれといった風な顔をしている。
「そ、それでは行ってらっしゃいませ。 」
千香は土方の態度にムカッとしたが、冷静を装い笑顔を作った。
屯所を出てから暫く歩き、朝餉には丁度良い頃合いの時間になったので、近くの石垣に腰を下ろし土方たちは竹皮の包みを広げた。すると、斎藤が小さく目を見開いて。土方の方へ向くとばちりと視線が絡み合い、お互いが言わんとしていることが分かった。
『道中、十分に御用心下さい。 』土方と斎藤の握り飯の下にはそう書かれた紙切れが入っていたのである。二人が顔を引き締める最中、伊東は嬉々として握り飯を頬張っている。
「そんなに要注意人物だ、ということなのかよ。此奴は。 」
「何れにせよ、気を付けるべきでしょう。 」
伊東に聞こえない様に、ボソボソと小さな声で土方たちは言葉を交えた。
「そういや森宮は平助が、どうとか言ってやがった。大方、この男が何か藤堂に働きかけるんだろうな。 」
「俺たちは、懐に入られぬ様にしなければ。 」
「...そうだな。 」
土方は握り飯を一口頬張って、空を見上げた。