幕末・浪漫千香〜どんな時代でも、幸せになれる〜 作:秋藤冨美
昨晩。千香は抱えきれない程の想いを、藤堂から受けた。なにぶん初めてのことで、受け止めるだけで精一杯で。しかしこうして目が覚めて、横に眠る顔を見ると、今一度自分たちがどうなったかを思い出し。かあっと顔が熱くなり、心臓が早く脈打つ。
「改めて考えたら、す、凄いことしたんやな...。 」
およそ自分の人生のうちに、こんなにも男から求められるとは予想だにしておらず。まだ寝ている藤堂を起こさない様、蒲団から出ると、着物を着替えて身支度を始める。ふと鏡に映った首筋には、くっきりと跡がついており。どうしたものかと、悩んでいると。
「千香...。お早う。 」
何処と無く掠れた声がやけに艶めかしく聞こえた。
「へ、平助。お早う...。 」
千香は恥ずかしさから、目線を合わせることが出来ない。
「千香。こっち来て...。」
蒲団から手を伸ばす藤堂へ近づくと、ぐっと引き寄せられ、視界は藤堂の胸元でいっぱいになった。
「平助、あの。私、朝餉の支度しなきゃ、 」
「ごめん。怖かったよな。優しく出来なくて、本当に申し訳ない。 」
下ろした髪を指で梳きながら、そう繰り返して。
「...ううん。前よりもっと平助を近くに感じれる様になったけんええんよ。 」
藤堂の背に腕を回し、千香も身体を密着させる様にしてそう答えた。
「でも、ちょっと歩くん辛い...かも。 」
先程起き上がって身支度を整えている間も、足腰が痛み、さすりながらだった。
「いざとなると抑えが効かなくなっちまった。というか千香も、満更でもなさそうだったし。 」
「言わんといて!思い出すだけで、恥ずかしいんやけん...。 」
藤堂と通じ合えた嬉しさと恥ずかしさで、くすぐったい気分になった。
「ずっと、こうしていたいな。 」
「うん。 」
いずれは離れ離れになる。それがいつか明確に分からないが、少なくともあと四年のうちには必ず。それを知ってか、知らずなのか藤堂の千香を抱きしめる腕に力がこもった。
「...そろそろ、私。朝餉の支度せんと。離れるの寂しいけど...。 」
暫く藤堂の温もりを感じた後、千香が小さく切り出した。
「そう、だな。俺も隊務があるし、支度しないといけない。 」
藤堂は身体を起こし、大きく伸びをした。千香もその流れで立ち上がり、首の跡を下ろした髪で隠す。すると、藤堂がそれに気づき。
「それ、隠さなくていいよ。土方さん居ないし、そう目くじら立てる人は居ないでしょ。 」
「や、でも、恥ずかしいし。原田さんとかが見たら、私だけやなくて平助も冷やかされるよ。 」
「いや。寧ろ逆に見せつけたいから。 」
藤堂は千香の髪で跡を隠そうとする手を下ろして、にやりと悪戯っぽく笑った。
「え...。でも、でも! 」
「駄目。もし隠したら仕置きするからね。 」
「わ、分かった...。 」
こう言われては、千香も断れない。
「よし。じゃあ、俺も着替えるか。 」
そう言って、藤堂は寝間着を脱ぎ始める。
「も、もう。急に着替えんといて!目のやり場に困る! 」
「もう全部見たんだから、恥ずかしがることないだろう。 」
「それとこれとは別よ! 」
藤堂と反対を向きながら、顔を赤らめて。
「ま、そういうところも可愛いんだけどな。 」
そう言いながらも着物を着替え終わると、千香の肩をぽんと叩き。
「行こう。また一日が始まる。 」
「うん。 」
障子を開けて歩き出した藤堂の後ろに続いて歩きながら。先は見えないけれど、今はただ振り返らずに進むしかない。今自分が出来ることを、精一杯。一人でも多くの命を救うために。