幕末・浪漫千香〜どんな時代でも、幸せになれる〜   作:秋藤冨美

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総司兄ちゃん 下 〈日常編〉

先程からチクチクと沖田の視線を感じ、千香は正座のまま下を向いていた。ひくっ、ひくっと銀次のしゃくりあげる声だけが部屋に響いて、その他には一切音は聞こえない。ただただ時間が過ぎていき、冷静さを取り戻す内にやりすぎたか、と反省の念に駆られる。

 

「え、ええと。何故こんな状況になったかというと...。 」

 

「話をするときは、人の目を見るのが当然の礼節だと思いますが。 」

 

「は、はひ!申し訳御座いませぬ! 」

 

あまりにも沖田の声が低く冷たく聞こえ、千香は勢い良く頭を下げた。

 

「泰助です。失礼致します。沖田先生、副長がお呼びで御座います。 」

 

急に障子が開いて、あれ、と戸の方を見ると。

 

「た、泰助君...。 」

 

姿勢良く正座をした、井上の甥の泰助が沖田を見上げていた。実はこの少年、齢十程であり、近藤が江戸へ下洛した際、目を見張る程の剣の才があり、多摩で埋めておくには勿体無いと、父である井上松五郎の許しを得て、名こそ記されてはいないが新選組の一員となった。現在は、局長や副長の太刀持ちや、その他身の回りの雑務などを手伝っている。

 

「副長が。分かりました。すぐに行きます。...銀次、すまない。もう暫く此処に居てくれ。泰助も居るし、千香さんと二人きりではないから。 」

 

すまない、と言って沖田は部屋を去って行った。

 

部屋に残された三人に沈黙が走る。

 

「た、泰助君もどうぞ。座って?私、何か甘いもの持ってくる! 」

 

泰助に部屋に入って座る様に勧めると、千香はそそくさと部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「甘いもの持って行くとは言ったものの、何も無いやん。よっしゃ、作ろ! 」

 

大きめの器に小麦粉、片栗粉、蜂蜜を出し、水を少し入れ混ぜる。鍋で少し温め、団子の形に形成していく。

 

「みたらしって、この時代まだ甘くない醤油味よね。ほんなら、平成のみたらし団子作って、また驚かせちゃろ! 」

 

団子を竹串に刺し、皿に盛ると鍋に醤油、みりん、蜂蜜、水を入れて温める。最後に水に溶いた片栗粉を入れてとろみをつけると、少し味を見てみる。

 

「ん!ええ感じ。ようし!持って行こ! 」

 

皿に盛った団子にたれをかけ、千香は盆に皿を乗せて湯呑みを三つと急須を用意してから厨房を後にした。部屋の近くまで来ると、何やら騒がしい様子だった。声の主は、泰助と銀次で何か遊んでいるのだと伺える。

 

「泰助君、銀次君!遅くなってごめんね。お団子作ってきたから、一緒に食べよう。 」

 

「うわーい!みたらし団子や! 」

 

「団子は好物ですが、みたらし団子だと甘くはありませんね。 」

 

みたらし団子が食べられると手放しに喜ぶ銀次とは対照的に、泰助は少し残念そうな顔をした。

 

「ふっふっふ!侮りなさるな!実はこのみたらし団子、甘う御座りまするぞ! 」

 

千香は盆を置きながら、湯呑みに茶を注いでいく。

 

「ま、誠で御座いまするか!?甘いみたらし団子なぞ、初めて耳にしました! 」

 

千香の言葉を受け、泰助はパアッと顔が明るくなった。

 

「ささ、召し上がれ。 」

 

千香はにこにこと二人に団子を差し出す。

 

「いただきまあす。...甘い!美味い!団子がこんなに美味いんやったら、さっきのこと許したってもええよ! 」

 

銀次は満足気な顔で、咀嚼の合間に千香にそう投げかけた。

 

「本当!?良かった! 」

 

これで沖田が戻って来ても、長々と説教される様なことは無くなるだろうと、千香は胸を撫で下ろし。

 

「それでは、千香様。いただきまする。...美味です!生まれてこのかたこんなに美味なみたらし団子は食べたことがありませぬ! 」

 

泰助も年相応の反応を見せた。泰助は父である松五郎に幼い頃から厳しく育てられ、礼節弁えたそれでいて剣もできるしっかりとした子どもなのである。今迄も、これからも己を律していかなければならない環境に身を置くのだ。千香は泰助に少しでも子どもである今のうちに、息抜きをさせてやりたいと思っていた。故に、この時代には無い甘いみたらし団子を食べた泰助の笑顔を見られて、良かったとほっとした。いくら隊内に、叔父である井上が居ようとも、一度自分が隊士となったからには、先輩後輩の分別を付けて接しなければならない。泣き言も許されないのだ。

 

「良かったわ。...泰助君、何か辛いことがあったら、いつでも相談してね。泰助君、頑張り屋だから辛いことあっても誰にも言えずに溜めちゃうでしょう。そんな時は、此処に来て良いからね。 」

 

千香は湯呑みを手に取って、泰助に微笑みかけた。

 

「...はい。何かあれば、お話いたします。 」

 

泰助は茶を啜り、千香の方へ向き直る。

 

「もう!そんなに丁寧に喋らなくて良いよ!私は、此処で家事やってるだけで何も土方さんみたいに権限なんて持っていないんだし。 」

 

「いえ。普段お世話になっているのですから、敬意を払うのは当然のことです。それに、千香様はいずれ藤堂先生と夫婦になられるお方です。そんな方に、ぞんざいな振る舞いなど許されませぬ。 」

 

対して歳の変わらぬ泰助の大人びた口振りに、銀次はもちゃもちゃと咀嚼し、ぽけーっとしている。

 

「そ、そうか。なら仕方ないね。...ささ、いっぱいあるからもっと食べて良いよ! 」

 

やはり、泰助も己の中にぶれない芯を持っている。ともすれば、勿論そう簡単に考えを変えることはできないだろう。この歳で、と驚くと同時に、大人に囲まれて成長すると、こうも大人びるものなのだろうかと考えるところもあり。

二人ともの団子を食べる手が止まり、満腹の心地よさに微睡んでいると。障子が開いて、沖田が帰ってきた。

 

「千香さん。先程の話の続きを、って。みたらし団子じゃないですか。もしかしてこれも...。 」

 

「はい。作りました。沖田さんも召し上がりますか? 」

 

「こほん。それでは一つだけ。 」

 

障子を閉め腰を下ろすと、皿から一本団子を取り一口ぱくりと頬張った瞬間。目を大きく見開いた。

 

「甘い...。何故みたらし団子が甘いんだ...。 」

 

本来ならば醤油味の筈が、甘い。そのおかしな事態に沖田は驚きを隠せない。

 

「あれ。お口に合いませんでしたか?やはり、みたらし団子は醤油味の方がいいですよね、 」

 

「いいえ。此方の方が、美味です。醤油も良いものですが、甘い方が断然良い。 」

 

沖田はいつに間にやら、早くも一本団子を平らげてしまっていた。そしてすかさず二本目を手に取り、口一杯に頬張るとゆるゆると頬が緩んでいく。

 

「総司兄ちゃんもやっぱり甘い方がええよね!千香姉ちゃん、俺を苛めるけど団子美味いから、また来たるわ! 」

 

沖田を見上げ、ケラケラと笑う銀次。

 

「沖田先生。千香様は、以前聞いたお話の通り、本当に何でもお作りになられるのですね!しかも、大変美味に! 」

 

泰助も、活き活きとした表情で沖田に語りかけている。千香はその様子を見てああ、なんだか兄弟みたいだなあと微笑ましく感じた。

 

「銀次。壬生から此処へは少し遠いから、今度は私が迎えに行くからな。泰助。嫁にするなら、千香さんみたいに器量の良い(ひと)にすると良い。 」

 

「そ、そんなに器量ええことないですよ! 」

 

「まあ、気が抜けると後は中々調子を取り戻すのに時間がかかるが。 」

 

先程、銀次と話していた際に方言が出ていたのを聞かれてしまったため、そこを突っ込まれると痛い。

 

「沖田さん!それ、褒めとんのか貶しとんのかよう分かりません! 」

 

途中まで褒めてくれているのだと嬉しくなっていたのに、沖田がちらりと目線を此方に寄越した後言い放った一言に、その高揚感が削がれた。

 

「...なーんか総司兄ちゃんと千香姉ちゃんって、痴話喧嘩してるみたいに見えるなあ。 」

 

銀次のその一言で、ピシリと空気が凍りつき。

 

「銀次、千香様には藤堂先生というれっきとした恋仲の方が居られるんだぞ。沖田先生にもそういう方が居られるかもしれない。何も知らずに、そういう失礼極まりない言葉は止せ。 」

 

すかさずその空気を察した泰助が、銀次に諭す。

 

「ええんよ。何でも、思ったことは言ってみるものよ。まあ流石に度過ぎとるのはいかんけど。 」

 

千香が、にこりと銀次に微笑んで。

 

「それに、そう誤解される様な言動をしてしまった私にも非がある。だから、私も銀次も反省しなければな。 」

 

沖田も千香にうんうん、と頷き。

 

「ほんまに夫婦になればええのに!俺、二人はお似合いやと思うけどな。 」

 

「うーん。あはは...。そうだろか? 」

 

返す言葉が見つからず、苦笑いを浮かべた。

 

「私としては、千香さんさえ良ければ嫁に迎えたいところだが、 」

 

「え。何言よんですか沖田さん...。 」

 

沖田のまさかの発言に、千香の鼓動が早まっていく。

 

「というのは、嘘で、 」

 

ええ!?と千香はずっこけた。

 

「嘘なんですか!もう!心臓に悪いこと言わんといてください! 」

 

「というのも、嘘で、 」

 

「も、もうええです。突っ込まんときます...。 」

 

千香はこれ以上沖田の応対をするのは疲れると思い、皿や湯呑みなどを盆に乗せ部屋を後にした。

 

「あの、沖田先生。 」

 

「ん?何だ泰助。 」

 

千香が去った後、沖田の顔が何処と無く寂しそうな顔に見え、泰助は思わず声をかけた。

 

「沖田先生は、本当は、千香様のことをす...。 」

 

沖田はそこまで言いかけた泰助の口に人差し指を当て。

 

「それ以上は、言うな。 」

 

「本当は、総司兄ちゃんは、千香姉ちゃんのこと好いとるんやな。せやから、さっきも。 」

 

「こら。銀次も。...千香さんには、決してこのことを口外しないように。 」

 

沖田の有無を言わせぬ雰囲気に、こくりと、黙って二人は頷いた。

 

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