幕末・浪漫千香〜どんな時代でも、幸せになれる〜   作:秋藤冨美

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労咳

五月二二日。この日は松本良順が屯所にて診察を行なっていた。史実では、屯所内の衛生状態を憂うとされているが、千香の徹底した掃除と隊士たちへの念入りな呼びかけにより特に指摘を受けることは無かった。しかし。

 

「森宮。一段落ついたら診察室に来てくれ。 」

 

「?はい。分かりました。 」

 

全隊士の診察が終わった後、診察に使った書類の整理を手伝っていると松本に呼び出された。

部屋に入ると、近藤と土方が既に居て、何やら重々しい空気に包まれており。正面に見据えた松本の顔も険しいものだった。如何して呼ばれたのだろうと、今の今まで考えていたものの、三人の顔を見て察しがついた。

 

「...沖田さん、やはり労咳なんですね。 」

 

後の世に残されている資料にも、この松本の診察の際に労咳を患っている隊士が居るとの記録が記されている。この記録は、沖田ではないという説もあるが、三人のこの顔の暗さからそうだとしか言いようが無い。

 

「...そうだ。だが。まだ、程度が軽い。だから、十分に休養を取って精の付くものを食えば回復が見込める筈だ。 」

 

「そう、なんですか。でしたら、私が食事と休養をきちんと摂らせます。 」

 

しかしそれでも、近藤と土方の顔色は以前として暗いままで。千香は、これは嘘なのだと悟るも、恐らく気を使っているのだと分かったため、知らぬふりをした。

 

「話は以上だ。沖田のこと、頼んだぞ。 」

 

「はい。失礼します。 」

 

最後に笑顔を作った。涙が溢れてくるのを誤魔化す様に。千香が部屋を出た後、近藤がぽつりと呟いた。

 

「あれは、気づいているな。 」

 

「森宮は、聡い女だ。 」

 

誰に話したでもない言葉に、松本が返した。

 

「...。 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千香はなんとか溢れそうな涙を堪え、女中部屋まで下を向いて歩いた。部屋に入ると、隅に背を凭れさせフッと気が抜けた。すると次第に涙で視界がぼやけてくる。

 

「やっぱ、り。歴史、は変えられん、のんやぁ...。うっ...。ああっ。 」

 

拭っても拭っても、溢れてくる涙に止まれ止まれと言い聞かせた。

 

「沖田さん...!嫌や。死なんといて...。 」

 

外に声が聞こえない様、声を出さない様にするも抑えが効かない。近付いてくる足音にも気付かず。

 

「千香さん。声が、だだ漏れですよ。 」

 

障子を開けながら、諦めた様な声色が千香の耳に届いた。

 

「おき、たさん。な、何でもないです! 」

 

ごしごしと手の甲で涙を拭き、顔を沖田の方へ向け笑顔を作った。

 

「私はやはり、労咳なんですね。千香さんから聞いていた症状が出てきたなと思っていたら。 」

 

沖田は千香の目線に合わせて、腰を下ろした。

 

「こればっかりは、仕方がない。だからどうか、我慢しないで。私に遠慮なく。 」

 

「沖田さん。ごめんなさ、...私、分かっ、とっ、たのに!なんで、何も出来んのん。なん、の力にも、な、れんのんよ! 」

 

再び泣き始めた千香を安心させる様に、沖田は千香を抱き寄せた。

 

「今だけ。ほんの少しの間でいいから。嫌なら、離れてくれればいい。 」

 

その声は震えていて、流石に沖田も自分が不治の病と分かればどうしようもない不安が胸を占めていた。千香も沖田に身を委ね、胸に縋って。

 

「沖田さんが...。俺、そんなの一言も聞いてない。 」

 

女中部屋へと立ち寄ろうとした藤堂が、部屋の中から聞こえてきた会話に、部屋の前で一人茫然と立ち尽くしていた。ただただ、何が起きているのか理解が追いつかない。いつもならすぐに出てくるであろう沖田に自分の断りもなく千香に触れられたという怒りの感情も、この時ばかりは芽生えなかった。

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