幕末・浪漫千香〜どんな時代でも、幸せになれる〜 作:秋藤冨美
一月二四日。寺田屋騒動が勃発した。これにより、伏見奉行の林#忠交__ただかた__#の命により薩摩藩士として宿泊していた坂本龍馬が襲撃された。これにより龍馬は左手の指を負傷。しかしながら、外の異変に気付いたお龍の迅速な対応により龍馬は難を逃れた。ああ。もう寺田屋か、と千香はめくるめく移り変わる事象に、自ら体験するとこうも思考が追いつかないものなのかと呆れ返ってしまう。幕末の動乱というものは、己の身をもって体験しなければ理解し得ないのだと。しかしそれと同時に、世の流れは確実に本当の倒幕へと近付いているのだと確信も持てた。
「ああ。またようけ、人が亡くなってしもた...。新選組ももうすぐ二つに割れてしまう。止めたいけど、もし止めれんかったとしたら、私はどっちにつくんやろか...。 」
後二月程で、新選組も袂を別つ。尊皇思想が強い伊東派と、京へ来てから根付いていった佐幕思想の近藤派とに。その際、藤堂は御陵衛士という名前を拝命した伊東側につき新選組を脱退する。しかも、どちらかの隊に移籍することは禁じられていた。つまり、一度新選組を抜ければもう二度と帰ることは出来ない。
「いかん!ごちゃごちゃ考えてしまいよったら、また沖田さんとか平助に迷惑かけるもん。ようし!買い物でも行こ! 」
今日の賄い方当番の隊士に声をかけてから、千香は京の町へと繰り出した。
「ええと、確かお醤油切れとったよね。重いけど、買っとかんと後から困るけん、こうとこ。 」
あらかた足りないものを買い終え、最後に醤油を買おうと急ぎ足で角を曲がったとき。
「うわあ!す、すみません!お怪我はありませんか? 」
出会い頭に人とぶつかってしまった。
「いえいえ。頭を上げてくいやんせ。そちらこそお怪我はあいもはんか? 」
その言葉で、恐る恐る頭を上げると、見るからに相手は武士でしかも薩摩藩士だと気づいた。その男はにこにこと人の良さそうな笑顔を浮かべていて。
「は、はい。あ、あの。何かお詫びをしたいのですが。お時間ありますでしょうか? 」
それでも、やはり自分より身分が上の者であるし、さらに自分の不注意で起こしたことなので、千香の心は純粋に申し訳ない気持ちで一杯になった。
「そげん!此方もきちんと前を見ていなかった訳ですから、お詫びだなんてよかどど。 」
薩長同盟以降、会津と薩摩の関係性が変わってくる。けれど今は、まだ同盟を結んだばかりなので大きく変化は無いだろう。それ以前に、千香が新選組の者だということが知られなければ深く考える問題でも無い。
「いいえ。やはり此方の不注意が招いたことなので、何かお詫びさせて下さい。 」
「そこまで言うなら、お願いしごとか。 」
「はい。...ええと、お侍様はお団子好きですか?美味しいお店知ってるんですよ。 」
「はい。大好物ござんで。ちゅうか、そげんに改まって呼ばなくてもよかどど。おや西郷吉之助と言おいもす。西郷とでん呼んでしてたもんせ。 」
「ええ!さ、西郷さん!? 」
途端、千香は仰け反った。まさか、話題沸騰中の薩長同盟を結んだ張本人に会うとは思っておらず。さらに、後年に残されている肖像画は似ていないという説もあり、それでも特徴は捉えているだろうと思い込んでいたのを見事に打ち砕かれた。というか、薩摩藩の筆頭がこんな風に気軽に出歩いていて平気なのだろうかと心配にもなった。
「貴方の様なお嬢さぁいも知られとうとは、驚きござんで。ああでん、固くならんで下さいね。今おやただの町人として京の町を歩いとうだけなですから。 」
「は、はい。 」
千香はかの有名な西郷隆盛相手とあっては、団子なんぞで許しを乞うなどあっていいことなのだろうかと悩み始めた。
「それでは、案内をたもいやはんか。そん団子が美味しか店とやらに。 」
「...はい。 」
しかしもう西郷に言い出してしまったので、後戻りは出来ない。そう判断した千香は、お千代の切り盛りする団子屋へと歩き出した。