幕末・浪漫千香〜どんな時代でも、幸せになれる〜   作:秋藤冨美

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不条理 下

「河合さん!駄目でした。説得失敗です!次の策を考えましょう! 」

 

部屋に戻った千香は、相変わらず生気の無い河合に力強く語りかけた。最後まで諦めては、いけない。僅かでも助かる可能性があるならば、それに懸けたい。

 

「...千香さん。 」

 

途端、戸が開いて声が聞こえた。

 

「沖田、さん。 」

 

くるりとその方を向くと、無表情の沖田が居た。

 

「河合さんは、組の公金を横領したんですよ。何をどうしてそんなに庇う必要があるのですか。 」

 

「今まで少ない隊費をやりくりしてきた河合さんなら普通は、五〇両無くなればすぐに気がつくはずです。それなのに、最近になって急に五〇両が消えたんです。まるで、誰かが河合さんに罪を負わせようとしているみたいで。 」

 

千香は強い意志を含んだ瞳で、沖田を見つめた。沖田にだけは、分かって欲しいと。

 

「まさか。公金の横領を疑うなら、まず勘定方でしょう。いつも金子を管理しているからこそ、多少無くなろうとも如何様にもちょろまかせます。 」

 

その気持ちに応えることもなく、そこにはいつもの沖田ではなく、一番隊組長としての沖田が居た。

 

「...やはり、沖田さんもそうなんですね。流石に、幼い頃からお世話になっている人をみすみす死なせるなんて真似、しませんよね。 」

 

ふう、と小さく溜め息を吐いて、目を伏せた。そうして、また顔を上げて沖田の瞳をしっかりと捉えて。

 

「でも、覚えていてください。どんな理由があるにしろ、真実を偽ればいつかそれが自分に返ってきます。それは、将軍様であろうと帝であろうと同じこと。...私は、新選組(ここ)で亡くなった方のことを一生忘れません。言いたいことは以上です。 」

 

千香は河合の側へ寄り、手を取って何も言わず涙を流した。沖田もやり切れない表情でその光景を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「河合。何か言い遺すことは。 」

 

あれから数日経っても金子が届く様子はなく、とうとう段取りが整えられてしまった。後は河合が切腹をするのみとなり。こうも性急に事を済ませようとするのは、近藤の居ないうちに片付けようとしているからだろう。

 

「...金子は、まだ届きませんか。 」

 

その問いかけに誰も応えることはない。皆一様にただ目を伏せて、悲壮な表情を見まいとするだけである。

 

「ああ。 」

 

土方でさえも、この時ばかりは叱責はしなかった。心のどこかで、矛盾を感じていたのかもしれない。人を助けるためには、他の人の命が代償にならなければならない、という考えに。

次第に河合の側に立っている沼尻小文吾が、ちらちらと土方に視線を送り始め。ああ、もう駄目だと、千香は河合に背中を向け両手で顔を覆った。

 

「河合耆三郎。局中法度書に背いた故、これより斬首を執り行う。 」

 

「え...。 」

 

これはどういうことだ、切腹では無かったのかと土方の言葉を聞いた隊士たちが騒つき始めた。千香も土方の方を向き直り、瞳を瞬かせた。そのさながら、状況を把握出来ていない者たちを置いてけぼりに、土方は沼尻へと合図を送った。

 

「土方さん!待っ...。 」

 

千香が土方に声をかけた瞬間。沼尻の刀が振り下ろされ。狼狽えてじっとしていなかった河合の背中を斬りつけた。

 

「ああぁぁあああ!!! 」

 

前屈みに倒れた河合は、痛みで身悶えした。そうだ。沼尻は確か、剣より柔術の方が得意だった。そして土方が沼尻にこの役を任せた理由。肝を練るため、つまり首を刎ねることによって度胸をつけさせるため。本来なら目も当てられない程、凄惨な光景なのに。土方の非情さに怒りが収まらず、視線がそこから離すことが出来なかった。

 

「ッ...。見てられねえよ。 」

 

ぼそりとこぼしたのは、藤堂だった。

 

「おい。代われ。 」

 

沼尻の方へ歩いて行ったかと思うと、刀を奪い取った。そうして、今度こそばさりと首を落としたのである。

 

「藤堂。お前...。 」

 

土方は、怒る訳でもない表情で言った。

 

「これ以上、苦しませたくなかったんです。何日も前から様子が違う様でしたし。 」

 

斬首を終え、平隊士が後処理をするのを横目に、藤堂は土方に目線を合わせずそう答えた。

千香は、よもや藤堂が手を下すのなど想像もついていなかったので、その恐ろしさ、驚きのあまり、屯所の外へと飛び出してしまった。溢れてくる涙を拭いながら、

 

「やっぱり、私には出来んのんや。歴史を変えることなんて...。それに平助が手下したっていう、違う歴史を作ってしもうた。 」

 

人で溢れかえる京の町を転がる様に走り続けた。次第に疲れ、人が疎らな所で座り込んだ。もう、どうすればいいんだろう。このままでは新選組が、史実通りに無くなってしまう。...ああ、もう。こんなことならば。

 

「幕末になんか、来んかったら良かったのに...。 」

 

千香の悲痛な叫びは、誰の耳にも届かなかった。

 

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