幕末・浪漫千香〜どんな時代でも、幸せになれる〜   作:秋藤冨美

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帰京、お互いの気持ち。

それから一月後の三月一二日。広島へ行っていた近藤たちが伊東と篠原を置いて帰京した。寺田屋騒動の数日後に、松平容保から再度広島へ出張の命が下っていてのことだった。実は一度目は、昨年の一一月四日に行っている。その際は、幕府が大目付の永井尚志を広島へ長州訊問使として派遣されたのに同行を願い出て、長州藩の実態を探るべく、国泰寺で長州藩の人間と会見をした。けれども長州側の人間が、近藤たちが長州へ立ち入るのを阻み広島までしか行くことができなかった。

そして今回。前回のことについて報告を受けた幕府は、長州処分案を決定し、老中小笠原長行ら使節を派遣することに至った。それで近藤たちは、その使節に同行し再度広島へと向かった。しかしその際、二つのグループに分かれて行動しており、伊東らは諸藩の代表と面談をして、上手く取り入ろうとしていた。そうして行動を違えたまま、近藤と尾形は帰京したのである。

千香は近藤と顔を合わせたくないと感じたが、ここは何も言わず笑顔で迎えようとグッと堪えた。

 

「おかえりなさいませ。長旅でお疲れかと思いますので、お部屋に蒲団を用意しておきました。どうぞお休みください。 」

 

水が入った桶を差し出しながら、三つ指をついて頭を下げた。

 

「丁度長旅でくたびれていたところだ。有り難く休ませてもらうよ。 」

 

近藤は足を洗いながら、背を向けたまま千香にそう返した。

 

「食事も用意しておりますので、召し上がりたいときはお声かけ下さい。 」

 

「いつもすまないね。 」

 

「いいえ。ここに置いて頂いている身ですから当然です。 」

 

ただただ淡々と、やり取りは続く。

 

「尾形様も、足を洗い終えたら桶をお渡し下さいね。 」

 

「ああ。 」

 

尾形も同様に、抑揚の無い声で千香にそう返して。

 

「それでは少し寝て来る。 」

 

足を洗い終え、すっくと立ち上がった近藤は、局長部屋へと歩いて行く。その後ろ背を見とめ、目線を下に下げて千香は小さく溜め息を漏らした。

 

「...女子(おなご)のお前に、要らぬ苦労をかけてすまない。 」

 

「いいえ。女子(おなご)だろうとそうでなかろうと、私は新選組の一員です。皆さんが何かあれば、その責を一緒に負います。少しでも皆さんの力になれれば、それが本望です。 」

 

近藤が去った後、尾形が急に千香を思い遣る言葉をかけた。それで千香は、ああ。この人は、河合のことを知っているのだと気づき。

 

「何度も仲間が死んでいくのを見ると、いつしか何とも思わなくなるのかもしれませんね。 」

 

「...そうだな。でもそうなれば、仕組みが成り立たんのだろうな。そうしたいという気がなくとも、せざるを得ないところまできているのだろう。 」

 

「今はそういう時代、なんですもんね。分かってはいても、私にはどうともできませんよね。 」

 

千香の脳裏に今までに死んでいった仲間の顔が走馬灯の様に蘇った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実はあれ以来、藤堂と会うことを避けていた。向こうが何か話したげな顔をしていても、挨拶を交わす程度に留めている。このままではいけないとは思うものの、顔を見ることができない。姿を見かける度に、河合とのことが頭をよぎり身震いが止まらなくなる。そして藤堂の視界に入らない様に、身を隠してしまうのだ。

 

「...千香。 」

 

背後から声が聞こえ、すぐにその声の主が誰か勘付いた千香は、その場から離れようと足を前に出したとき。

 

「なんで逃げるんだよ。近頃ずっと話してないじゃないか。 」

 

行かせまいと、手首を掴まれた。

 

「特に意味は無い、けど。 」

 

「けど何だよ。 」

 

「何も無いって、言よるや、うあッ! 」

 

言い終わる前に、藤堂が千香を引っ張り、丁度目の前にあった女中部屋へと連れ込んだ。入った途端戸を閉め、千香を壁に縫い止めるように押さえつけた。瞳すらも逸らせない程に、貫く様な視線が千香の動きを封じ。

 

「やっと目見てくれた。俺、千香に避けられててずっと辛かったんだ。 」

 

ほっとした様に、小さく溜め息を零した。

 

「...ごめんね。でも好きで避けよったんじゃないんよ。なんて言うか。 」

 

先程までの切迫した雰囲気が緩み、千香はようやっと藤堂以外の物を視界に捉えることが出来た。

 

「怖いと思て、しもたんよ。平助が河合さんの首切ったの見たとき。ほやけん、避けてしまいよった。 」

 

「そうか。そうだよなあ。千香は、人を斬ることは無いし、前に間者騒ぎのとき目の前で人が斬られたときも震えてたよな。 」

 

そして、千香の拘束を解いたその手で千香を優しく抱き寄せた。

 

「ごめんな。普通は怖いよな。でも俺は新選組の一員だから、これからも人を斬ると思う。それにまた、千香に俺が人を斬るところを見せちまうかもしれない。 」

 

「分かっとったんよ。私も。ほやけど、いざ目の当たりにしてしもたら、いかんかった。 」

 

千香も藤堂の背中に腕を回し。お互いの鼓動が早いことを感じ、苦笑いした。

 

「正直言うて、今でも怖い。でも、逃げたらいかんよね。現実から目、逸らしたらここに居る理由無くなるし。私は、皆を助けるために、この時代に来たんじゃと思う。ほんなら、精一杯出来ること、せなね。 」

 

千香は藤堂から身体を離して、微笑んだ。

 

「千香の居た時代は、こんなこと無かったんだろ? 」

 

「ほうじゃね、よっぽど、ええと、この時代で言う人斬りじゃない限り、刃物なんか持ってなかったよ。 」

 

「平和な、世だな。...羨ましいと思うけど、ということは、武士が帯刀しない世になるのか。 」

 

「というか、武士って言う身分も無いなるよ。身分が皆一緒になって、結婚やって自由に相手選べるし、女の子やって自分で自分の人生を選べる様になるんよ。 」

 

「武士が、無くなる、かあ。なんか変な感じだな。 」

 

藤堂は千香の言葉を受け腕組みをして、ううむと考え込んだ。

 

「ほやけど、辛い思いせないかん人が減るし、ええと思うんじゃ。ありゃ、完全なる平和ボケじゃねこれ。 」

 

「でも先の世は千香みたいに笑える人ばっかりってことだろ?それは、幸せなことだと思うぞ。 」

 

「ほうじゃね。幕末(ここ)に来て思たけど、私はえらい恵まれた時代に生まれたんやなって身に染みて感じたわ。...でも、この時代ならではのええとこもあるんよ。 」

 

話しているうちに背筋を伸ばして、千香は藤堂に向き直った。

 

「皆人情があって、優しい人らばっかり。お隣さんとかご近所さんが何かと助け合いよって、人と人との繋がりがしゃんとあるんやなって思たよ。...ほんで、 」

 

「ほんで...? 」

 

一息置いて、呼吸を整えて。

 

「私の好きな人は、この時代にしか居らんもん。 」

 

俯き加減で、頬を赤らめてぼそりと呟いた。

 

「帰って欲しく無くなるな。そんな言葉聞いちゃあ。でも、いつかは帰っちまうんだろう?先の世に。 」

 

藤堂も千香の手を握って、かあっと顔を赤くした。

 

「この時代での役目が終われば、帰ることになると思う。でも、それがいつかは私にも分からん。 」

 

「...そうか。だから余計に、繋がりが欲しいって思うのかもしれないな。必ず離れる運命(さだめ)だからこそ、今まで色々急いちまったんだと思う。本当なら、千香の気持ちをきちんと確かめないといけないのにな。 」

 

「繋がり、かあ。例えば何? 」

 

今まで色恋沙汰に縁の無かった千香には、この類の話になるとてんで予想がつかなくなる。

 

「た、例えばってそれは...。 」

 

藤堂がますます顔を赤らめ、千香の手を握る力が強くなったところでようやっと、藤堂が言わんとしていることに気づき。

 

「子ども、欲しいけど、産むってなったら、新選組で働けんようになってしまうね。それに、平助が命懸けて戦いよるのに、ただその帰りを待ち続けるんは私には出来ん。ちょっとでも力になれたらって思うし。ほんで、この時代じゃ私の歳でもお嫁に行くんが当たり前じゃけど、私の時代じゃこの歳で結婚するんは早い気する。土方さんにも、隊の風紀が乱れるとか言うて、結局追い出されそうなし。 」

 

「...そうか。それじゃあ、子どもは諦めるしかないな。 」

 

「何も気にせんでええ状況やったら、私はいつでも平助との子ども欲しいよ。 」

 

「...これは、状況を恨むしかないな。 」

 

藤堂は空いている方の手で、照れを隠す様に顔を覆い隠した。

 

「ほやけん、ようけ想い出作ろ。離れても、絶対絶対、忘れんようにするために。 」

 

「...うん。 」

 

ぽすっと、藤堂が千香の肩に寄りかかった。

 

「ほやけど、ほんまに不思議なね。平助と一緒に居ったら、さっきまでどんなに辛かってもすぐ笑顔になれるんじゃけんね。私にとって平助は、運命の人なんじゃろね。 」

 

「俺も、そう思う。 」

 

 

 

 

 

久し振りに、お互いが向き合って話すことが出来たひと時だった。

 

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